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そう考えたところで、耳に届く雨音が鮮明になった。
店舗入り口のドアが開いた為だ。柚は先ほど入り口にあるライトの電源を落としたばかりだ。その状態で躊躇なく開かれるドア、そんなことをする人物は柚の中で限られている。
「なんだ、お前今日も来たのか」
キッチンで、営業中に終わらせることのできなかった仕込み作業をしている航平がそう言って、うーん、と少し考えるそぶりを見せる。
「一週間ぶりか。半年以上も顔見せなかった奴が甲斐甲斐しいもんだな」
「航平が彼女をこんな悪遅くまで働かせるから。 こっちも大変なんだよ?」
そう言って首をちょっとだけ傾けて、黒のキャップ帽のつばを摘み。
ふんわりと柚の視界がしなやかに揺れる髪に占領される。深く被ってたそれに隠されていた表情が見えた。
ああ、また楽しそうに、
胡散臭い笑顔を惜しみなく見せてくれているな。と、柚は思うのだ。その反面、自分の口元が緩んでいる気がしてしまって、慌てて引き結んだ。
(別に嬉しいわけじゃない)
誰に向けたのか、柚は心の中で言い訳をする。
(ううん、そもそもちょっと嬉しくなってもおかしくない相手なんだ)
少し意識をして見渡せば、関わっていること自体が不思議な相手なのだから。
相手はプロのシンガーで、自分はアルバイトの二十代。本来なら柚の存在など彼の目には映らない。
「……まあ、それについては悪いと思っちゃいるけど。 しかしまあ過保護なこった」
歯切れ悪く答えた航平がチラリとこちらを見る。
咄嗟に大きく左右に首を振り「とんでもない!」と否定をした。
僅かに眉を下げるその表情は、柚に向けられたものであったから。