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文化祭当日、旭高校の体育館は、かつてない熱気に包まれていた。演目『アントニーとクレオパトラ』。しかし、幕が上がった瞬間に観客が目にしたのは、単なる演劇ではなく「帝国の降臨」だった。黄金の舞台と九つの言語
舞台中央、パピルスと金箔で彩られた玉座に座るのは、村雨雄大。本家を凌駕するクオリティのクレオパトラ姿は、照明を浴びて神々しいまでの光を放っている。
「Is it sin to rush into the secret house of death…(死の秘められた館へ急ぐのは罪でしょうか……)」
雄大の口から流れるのは、完璧な発音の古英語。かと思えば、エジプトの神々に祈りを捧げるシーンでは、喉を震わせるような神秘的な古代エジプト語を響かせる。その語学力の魔法に、観客は字幕を見るのも忘れ、ただ彼の「声」という旋律に酔いしれた。
相手役のアントニウスを演じる風太郎は、雄大に手を取られ、その至近距離の美しさに台詞を飛ばしそうになる。
「お、おい……村雨、近すぎる……」
「……上杉さん、いえ、私のアントニウス。今はただ、私の言葉の海に溺れなさい」
雄大はラテン語で愛の言葉を囁き、風太郎の耳たぶに触れる。その指先の震えさえも計算された演技に、客席からは悲鳴に近い歓声が上がった。
五つ子たちの「王妃(?)争奪戦」
舞台裏では、劇の成功を喜びつつも、雄大という「劇薬」に毒された五つ子たちの火花が散っていた。
「……あんなの、反則。フータロー、完全に腰が抜けてるじゃない」
二乃は、雄大のために用意した最高級の香水瓶を握りしめ、悔しそうに舞台を見つめる。
「ねえ、劇が終わったら、雄大君を私の特製ケーキで労ってあげるんだから。邪魔しないでよね!」
「……二乃。甘いものだけじゃ、彼は動かない」
三玖は、雄大から教わった「愛を囁くコプト語」をノートにびっしりと書き込み、呪文のように唱えていた。
「……私は、言葉で彼を……捕まえる」
「あはは、二人とも熱いねぇ」
一花は余裕を見せつつも、女優としてのプライドが燃えていた。
「でも、あの演技の後の『クールダウン』を助けられるのは、同じ表現者の私だけだと思わない?」
四葉は「応援団長として、雄大さんのために黄金のポンポンを作ってきました!」と明後日の方向に全力疾走しているが、五月は違った。
「……村雨君の教え方は完璧でした。ならば、私はその教えを完璧に体現し、彼に『最高の生徒』として認められなければなりません!」
五月は、もはや恋なのか師弟愛なのかわからない形相で、エジプト史の資料を読み耽っている。
終幕、そして新たな「帝国」の始まり
劇のクライマックス。雄大は毒蛇に身を噛ませる名シーンで、九つの言語を織り交ぜた独白を行った。世界中の嘆きを凝縮したようなその声に、会場中が涙し、幕が降りた後もしばらく拍手が鳴り止まなかった。
楽屋に戻った雄大を、五つ子たちが一斉に取り囲む。
「雄大君、お疲れ様! ほら、これ私の新作よ!」(二乃)
「……この言葉の意味、もう一度教えて」(三玖)
「村雨君、これからの進路について相談が……!」(五月)
風太郎は、衣装のままぐったりと椅子に座り込み、その光景を眺めていた。
「……村雨。お前、この学校を『帝国』にするって言ってたが、本当になっちまったな」
雄大は、黄金の冠をゆっくりと外し、一人の「男の子」としての瑞々しい笑みを風太郎に向けた。
「上杉さん。帝国を維持するのは大変なのですよ。……でも、彼女たちのこの騒がしさは、エジプトの市場のようで嫌いではありません」
雄大は、群がる五つ子たちを扇で制し、風太郎にだけ聞こえる声で多言語の呪文を呟いた。それは「愛している」でも「ありがとう」でもない、彼ら二人だけが試験勉強で解いた、古い文献の「秘密の合言葉」だった。
旭高校の日常は、美しきクレオパトラ・村雨雄大の手によって、今日も鮮やかに、そして混沌と塗り替えられていく。
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