今日は、渡辺が完全オフの日。
携帯のアラームを掛けずに寝たのは約3週間ぶりだった。
しかし、渡辺からすると、まんじりともせずに夜が明けてしまった感じがする。
連日の仕事でたび重なる疲労はまったく抜けていない。
そして最近は眠りがとにかく浅い。
寝返りを何度も打っているうちに窓から朝日が差し込んで来た感じだった。
睡眠不足は美容の大敵。
美容男子を世間的に売りにしている渡辺にとっては、これは由々しき事態である。
あの忘年会の日以来、これまでこつこつと積み重ねてきたストイックな自分磨きもどこか疎かになってしまっているような気がする。
鏡もあまり見たくない。
数日前に撮影の時に見た自分の顔が、あまりにも酷かったから。
渡辺は空いた時間ができると、どうしても岩本のことを考えてしまう。
これなら体はキツくても休みなく働いてるほうがましだったとすら思う。
思考だけが悪いほうにフル回転してしまっている。
枕元の携帯を見た。
今日も岩本からのメッセージは入っていない。
電話もない。
もう大分慣れたが、少しは落ち込む。
他の用件の連絡に適当に返事をする。
日課になっているインスタの投稿も今日はおっくうだ。
休みなんだし、やめておこう。
渡辺は携帯を置く。
携帯ばかり見て、いつまでも来ない連絡を期待してしまうくらいなら、いっそ今日は一日電源を切っておこうか。
しかしわずかな期待を捨てきれずにそれすらできない渡辺。
はっきり言って今の自分は女々しいと思う。
渡辺は自分の弱さを呪った。
あれから渡辺と岩本は現場や練習で一緒になっても、仕事の話以外は一切言葉を交わしていない。
あの日の出来事などまるで何もなかったかのような寂しい日常が続いていた。
照のバカ…
渡辺から見て岩本の態度は告白以前と全く変わってないように見える。
自分だけがやきもきして、意識している気がする。
それは渡辺にとって悔しくもあり、やるせなくもあり、そして何より悲しかった。
自分はおそらく失恋したのだろうと渡辺は思っている。
しかし、岩本に決定的な何かを言われたわけでもないため、わずかな希望を捨て去ることもできない。
💙照のバカ
誰もいない部屋で今度は声を出して一人つぶやいてみる。
誰もいない空間に毒づいたところで、何にもならない。
とめどなくため息だけが漏れる。
今日は このまま布団にくるまって、夜まで寝ていようかとぼんやり考えていると、電話が鳴った。
目黒だった。
💙もしもし
🖤しょっぴーおはよう。寝てた?
💙いや、起きてた。
🖤朝早くにごめん
💙今日めめ撮影じゃなかった?
🖤うん、そうなんだけど。意外と早く終わりそうだから、夜からしょっぴーと遊ぼうかなと思って…
💙そっか。ごめん、俺今日外出る元気ないかも
渡辺の様子を察したのか、目黒がそれなら家まで顔を見に行くと言う。
渡辺もそれならと了承した。
人と話していたほうが気が紛れる。
話し相手が、自分の弱いところを隠さずに見せられる目黒ならなおさらだ。
少しだけ渡辺の心が和らぐ。
それまでは布団にくるまっていよう。
渡辺は静かに目を閉じる。
やがてうつらうつらと優しい睡魔が訪れる。
目黒の優しさが渡辺を包み込む。
インターフォンの音で目を覚ました。
気がつけば部屋の中がすっかり暗い。
携帯を見ると、既に午後7時を回っている。
すっかり眠ってしまったようだ。
渡辺はのそのそと起き上がる。
🖤来たよ
💙いらっしゃい
目黒は手に持った袋を玄関カメラに映して笑っている。
💙今開ける
ほどなくして、目黒が部屋に上がって来た。
🖤寝巻のままじゃん
💙うん、今起きた
🖤しょっぴーの好きなお弁当もらって来た。二人で食べよう。
渡辺の部屋には基本何もない。
食料は渡辺が好きで常備しているグミくらいだ。
それを知ってから、目黒は渡辺の家に寄る時にはだいたい差し入れを持って来ていた。
🖤ほんとに人をもてなす気がないよねこの家(笑)
💙汚れるのやだから。一人だし別にいいだろ
🖤何してたの今日
💙なんもしてない
渡辺はぼそぼそと目黒が持って来てくれた弁当を食べる。
元気な時なら大喜びで頬張る大好物のはずだ。
しかし今日の渡辺は空腹感もあまりないらしく、半分ほどで箸を置いてしまう。
🖤もう食べないの?
💙いらない、ごめん。
🖤あんまり体調も良くなさそうだね。
💙んー
渡辺はなんとなくテレビを点けた。
ちょうど不二家のCMが流れる。
岩本が大写しになったところで、渡辺の目が画面を見つめていたのに目黒が気づいた。
🖤相変わらず岩本くんから連絡ないの?
💙……もう駄目なんじゃないかな
ぽつり、と渡辺が言った。
🖤……
💙それとも、もう忘れてる…とか?(笑)
やや自嘲気味に笑う。
歪んだ渡辺の顔がいかにも悲しそうで泣き出しそうに目黒の目には映った。
🖤岩本くんってそんな人?
💙わかんないけど…
渡辺が黙る。
本人は気づいていないかもしれないが、あの日から渡辺は日に日に元気をなくしている。
目黒はそのことがどうしても放って置けずにこうして家まで来ている。
本当に辛い時は一人で黙って我慢する人だから。
目黒はずっと渡辺のそばにいて、そう感じている。
正直、目黒にも岩本の気持ちは分からない。
目黒も岩本が気になり、注意深く観察していたが、 完璧なポーカーフェイスでまったく本心を見せなかった。
目黒も岩本の責任感の強い性格をメンバーとして間近で見て知っている。
今後の渡辺との関係を壊さないようきっと岩本なりに気を遣っているのだと思う。
結果、岩本が渡辺を受け入れるにせよ、拒絶するにせよ、目黒はなんとか渡辺の力になりたいと思った。
🖤このまま黙って待つの?それとももう一度話す?
💙……どうしたらいいかわからない
もう一度言って同じことになったら耐えられるだろうかと渡辺は思う。
しつこいと思われたら?
渡辺は怖くて答えが出せない。
だから同じところを堂々巡りしてしまう。
結局その日は落ち込む渡辺を慰め、励まし、目黒は渡辺と別れた。
最後自分に手を振る渡辺は、弱々しかったけど、少しだけ笑っていたので目黒は嬉しかった。
そしてマンションから出ると、目黒はおもむろに携帯電話を取り出した。
🖤もしもし。今、話せますか?
目黒は、渡辺の家の近所の公園のベンチで岩本と落ち合った。
街灯もまばらにあるだけで、周囲は薄暗い。
時刻も遅く、他に人影はなかった。
岩本は戸惑っている。
電話で急に目黒に呼び出されたものの、理由がわからない。
わからなかったが、目黒の声にいつもとは違う迫力を感じて、わざわざ車を走らせて岩本はやって来たのだった。
🖤俺、怒ってます。翔太くんのことで
目黒は言った。
🖤岩本くんはどう思ってるんですか?
💛……どうして目黒が?
岩本は少なからず驚いたようだ。
🖤俺が個人的に相談に乗っているので。本当は見てようと思ったんですけど。翔太くん食べないし。あまり寝てもいないみたいだから。
岩本は黙って聞いている。
あれから3週間ほどが経つ。
しかし岩本は未だ答えが出せずにいる。
何が最適解なのか分からないまま時間だけが過ぎていた。
最近渡辺の顔色が悪いことには気づいていたが、まさか体調を崩すほどだとは思わなかった。
デビュー前にメンタルから調子を崩していた渡辺のことを思い出す。
🖤翔太くんは本気ですよ。本気で岩本くんのことを想ってるのに、どうして応えてやらないんですか?
💛……
🖤好きと言われて、あとはどっちか選ぶだけじゃないですか。何を迷ってるんですか?
なおも目黒は言う。
🖤俺に岩本くんを見損なわせないでください
💛…わかった
岩本はそう答えるのがやっと。
すると目黒が言った。
🖤俺、翔太くんのこと好きなんで
💛目黒?
真意を測りかねている岩本に目黒は追い打ちをかけた。
🖤どういう意味か、わかりますか?
目黒の目が真っ直ぐ岩本を見つめる。
その強い意志を感じさせる視線に、岩本はその意味をようやく理解した。
🖤俺、本当に怒ってるんで、今日はもう帰ります
それだけ言ってしまうと、目黒は頭を下げ、背を向けて帰って行った。
岩本はその背中を黙って見送ることしかできない。
全ては動き出している。
もう岩本と渡辺だけの問題ではなくなっている。
決してこのことはなかったことにはならない。
SnowManに加わる以前から、目黒は渡辺と親しくしていた。
初めは綺麗な顔立ちの先輩だと思った。
線が細く、美しい渡辺。
目黒にはない儚い魅力がある。
なんだか目が離せなかった。
なぜか守りたいと思った。
もし渡辺が女性に生まれていたら、迷わずすぐに告白していただろうと目黒は思った。
それからしばらく経ち、滝沢からSnowManへの加入を打診された時には、嬉しいやら信じられないやらで目黒は身震いしたのを覚えている。
これからは渡辺を間近で見ることができる。
渡辺ともっと近づける。
目黒の胸が人知れず躍った。
それでもSnowManの、目黒が存在しない過去の歴史だけは、後から加入した自分には埋めることはできない。
その事実に抗いたくて、目黒は渡辺に自分から接近した。
渡辺は渡辺で、目黒の持つ温かい包容力に居心地の良さを感じ、心を開き、やがて二人は何でも話す間柄になっていった。
すべては目黒のたゆまぬ努力のおかげだった。
いつかこの友情が愛情に変わるといいな、と目黒は淡い期待を抱くようになった。
しかし、なまじ二人の距離が近づいたゆえに、皮肉にも目黒は最初に気づいてしまった。
渡辺がいつも追っている視線の先にいる人物に。
渡辺の心を唯一かき乱す、ある一人の男の存在に。
彼は目黒が知らない昔の渡辺を知っている。
それはSnowMan結成当時からのリーダー、 岩本照だった。
それまでと同じように知らん振りをしていれば、いつか渡辺が自分で岩本を諦めてくれるかもしれない。
あるいは先に岩本の方に決まった相手ができるかもしれない。
そうしたら渡辺の失恋は決定的なものになるだろう。
その時は弱った渡辺に自分が優しい言葉を囁き続ければいいのだ。
地道な努力の先にいつか目黒に順番が回ってくるかもしれない。
だって今、渡辺の一番近くにいるのは目黒だから。
渡辺の中から岩本の存在が完全に消えたら、その時こそ自分の想いを伝えよう。
目黒はそう思って、自分をずっと慰めていた。
そんなある日のことだった。
目黒は渡辺が泣いているのをたまたま見掛けた。
少し前に岩本と深澤が互いを信頼し、岩本が深澤を放っておけないと言った趣旨の動画が公開されたからだった。
動画の中で岩本は、よりによって深澤と渡辺を比較していた。
たちまちその動画は拡散され、岩本と深澤は「夫婦」だと言われるようになった。
岩本も深澤もそれから夫婦を何かとネタにするようになった。
練習後のもう誰もいない稽古場で一人、静かに泣いている渡辺を見た目黒は強烈な自己嫌悪に襲われた。
愛する人の苦しみを想像すらしていなかったなんて。
目黒は自分のことばかり考えていた。
こんなのは本当の愛情じゃない。
自分は渡辺を守ると決めていたのに。
それから年末も近づき、二人きりになったあの時。
ついに目黒は渡辺に言ったのだった。
🖤しょっぴー岩本くんのこと好きでしょ
今まで助けてあげなくてごめん。
目黒は優しく渡辺の背中を押したのだった。