テラーノベル
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ゆうき あきや
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第41話:伝書鳩と四十歳の困惑〜暗黙のルールと、飛び交う鳥たち〜
「……もうダメだ。今日は店仕舞い。領収書の束なんか見たくねえ」
二月下旬の帯広市。深夜の四畳半。
俺はダンボールから溢れ出したレシートの山に背を向け、三十一万八千五百円のゲーミングPCの前に座っていた。
「メイドカフェの領収書」や「五千円の育毛トニック」をリスナーの有識者(税務調査官)たちに片っ端から経費否認され、完全に心が折れた俺は、癒やしを求めて雑談配信枠を立ち上げていた。
『【現実逃避】確定申告から逃げてきた四十歳。ただ話を聞いてくれ』
配信を開始して数分。
星乃宮アリスとのコラボ以降、すっかりミリオンVTuber(登録者百万人超え)の仲間入りを果たしてしまった俺のチャンネルには、深夜にも関わらず数万人のリスナーが押し寄せていた。
『おっさん、逃げるなww』
『ジェミニ先生が泣いてるぞ』
『育毛剤の仕訳終わったか?ww』
「うるせえ! 終わってねえよ! 俺の頭皮の平和(プライベート)はもういいんだよ! 今日はな、ただ四十歳の愚痴を聞いてくれるだけでいいんだ……」
俺がヤサグレながら缶コーヒー(※これは経費になるのか後でジェミニに聞こう)をすすっていた、その時だった。
滝のように流れるチャット欄のコメントの中に、いくつか見慣れない不自然な文章が混ざり始めた。
『ルシフェル和尚! 今、〇〇(別の企業勢VTuber)が配信で和尚のこと話してるよ!』
『和尚、××ちゃんがマイクラ配信で和尚の税金の話して大爆笑してる! 反応して!』
『△△ちゃんが今病んでるから、枠に行って説教してあげて!』
アリスとのコラボで『アイドルの駆け込み寺』という不本意な称号を得てしまった俺の元に、他のVTuberのファンたちが「うちの推しも見てくれ」「あっちでお前の名前が出てるぞ」と、頼まれてもいない報告を次々と書き込み始めたのだ。
「ん? 〇〇って誰だ? なんか他の配信で俺の話が出てるのか。へえ、ありがてえな。俺も有名になったもんだ……」
俺がそのコメントを拾って呑気に答えようとした、その瞬間。
俺の古参リスナーたちと、アリス騎士団(ガチ恋勢)たちが、一斉に牙を剥いた。
『おい鳩! やめろ!』
『鳩飛んでんぞ! 帰れ!』
『ルール違反だろ! 鳩はブロックな!』
『おっさん、そのコメント拾うな! スルーしろ!』
『和尚、鳩は無視でいいからな!』
チャット欄が突如として「鳩、鳩」と大荒れになり始めた。
俺はデュアルモニターを見つめながら、ぽかんと口を開けた。
「……はと?」
俺は無意識に、ゲーミングチェアから立ち上がり、四畳半の窓の外を見た。
帯広の深夜の空には、雪がチラついているだけで、鳥の影など一羽も見当たらない。
「おいお前ら、急にどうしたんだよ。鳩ってなんだ? この寒い北海道の深夜に、鳩なんか飛んでるわけねえだろ。カラスなら昼間にゴミ漁ってるけどよ」
俺の純粋すぎる(四十歳の無知全開の)疑問に、チャット欄が一瞬フリーズした。
『えっ』
『おっさん……マジで言ってんの?』
『VTuber界隈の「鳩」の意味知らないの!?』
『wwwwwwwwww』
『リアルな鳥だと思ってて草』
『平和ボケおじさんww』
「笑うな! だって急にお前らが『鳩飛んでる』『鳩やめろ』って怒り出すから、部屋に鳥でも迷い込んだのかと思ったんだよ! なんだよ鳩って! 俺が昔パチンコ屋で負けた帰りに公園で餌やってたアイツらのことじゃないのか!?」
俺が顔を真っ赤にして喚き散らすと、見かねた有識者ニキ(古参リスナー)が、赤いスーパーチャットを投げて解説を入れてくれた。
『スパチャ:10,000円(ルシフェルさん、VTuber界隈で一番嫌われるマナー違反が「伝書鳩」です。頼まれてもいないのに「〇〇ちゃんが今配信してるよ」とか「〇〇ちゃんがこう言ってたよ」と、他人の名前を出して情報を運ぶリスナーのことです)』
「……はあ?」
俺は眉間に深いシワを寄せた。
「なんだそれ。他の配信者の話題を出しただけでマナー違反? 別に悪口言ってるわけじゃないんだろ? 『あっちで名前出てたよ』って教えてくれてるだけじゃねえか。なんでそんなことでお前ら目くじら立ててキレてんだよ」
俺の感覚からすれば、ただの世間話の延長だ。
コールセンターの休憩所でも、「そういえば隣の部署の佐藤さんがさ〜」なんて他人の話題は日常茶飯事である。それを「伝書鳩だ!」と怒る人間など見たことがない。
『おっさんは分かってない』
『VTuberは箱(世界観)が大事なんだよ』
『急に他人の名前出されると、話の腰を折られるだろ』
『おっさんのリスナーと、他のVTuberのリスナーで喧嘩になる原因になるんだよ』
チャット欄のリスナーたちが、必死にVTuber界隈の「暗黙の了解」を説明してくる。
だが、四十年間、ネットのオタク文化から切り離された底辺を生きてきた俺の脳細胞は、その繊細すぎるルールを全く理解できずにいた。
「めんどくせえ!! なんだそのギスギスした村社会は!!」
俺は机をドンッと叩いた。
「いいか!? ただ名前を出されたくらいで『世界観が壊れる〜!』とか『リスナー同士の対立が〜!』とか、どんだけ温室育ちのひ弱なメンタルしてんだよ!
俺なんか毎日、市役所のケースワーカーの鈴木さん(実名)に『仕事探してますか?』って詰め寄られ、国税庁(国家権力)から『予定納税払え』って茶色い封筒で脅迫されてんだぞ! 現実のリアルな名前の暴力に比べたら、他人の配信で名前出されるくらい、ハナクソみたいなもんだろうが!!」
俺の魂の叫びに、チャット欄が再び爆笑の渦に包まれた。
『出たww 底辺の屁理屈www』
『おっさんの前ではVTuberの暗黙のルールも粉砕される』
『確かに国税庁(伝書鳩)は一番怖いなww』
『鈴木さんという最強の鳩』
『おっさんの価値観が強すぎるww』
「だいたいな! お前らがそんなに『他の奴の名前を出すな!』って怒るなら、俺の確定申告(青色申告決算書)の代わりをやってくれる有識者の名前を出しやがれ! 今、俺が一番名前を出してほしいのは、経理がタダでできるヤツの名前だけだ!!」
俺がヤケクソになって叫ぶと、アリス騎士団の一人が冷静なコメントを落とした。
『でもおっさん。この「伝書鳩禁止」のルールを破って他所の企業勢VTuberを怒らせたら、相手の運営からクレーム入って、最悪チャンネルBAN(収益化剥奪)されるリスクあるぞ』
「…………え?」
俺の喉が、ヒュッと鳴った。
収益化、剥奪。
それはつまり、俺の現在の唯一の収入源が絶たれるということ。
もしそんなことになれば、手元に残るのは「三十一万八千五百円のPC」「大量のラーメン」「数百万円の貯金」、そして――。
「……今年発生したバカみたいな額の所得税と、来年の予定納税、それにバク上がりした国民健康保険料……!?」
俺は滝のような冷や汗を流し、血走った目でカメラを凝視した。
収入がゼロになっても、税金は『去年の稼ぎ』に対して容赦なく襲いかかってくる。払えなければ、全財産差し押さえからの、確定ダンボールハウス行きだ。
「……お、おいお前ら」
俺は、今までで一番低い、地の底から響くような声でマイクに語りかけた。
「絶対に、他の奴の名前を出すな」
『wwwwwwww』
『手のひら返し早すぎwwww』
『税金の恐怖で即堕ちする男』
『さっきまでの「温室育ち」発言はどうしたww』
「俺は温室でいい! 無菌室でいいんだよ! 頼むから俺の配信で他所のVTuberの名前を出さないでくれ! 鳩を飛ばすな! 俺のチャンネル(命綱)を守ってくれ!! 万が一クレームが来たら、俺は税務署に殺されるんだよォォォ!!」
深夜の帯広市。
四十歳の新米VTuberは、「VTuber特有の繊細な文化」を理解したからではなく、「税務署の取り立ての恐怖」という極めて物理的でリアルな理由によって、自らのチャンネルに『伝書鳩・全面禁止』の厳戒態勢を敷くのであった。
「あぁ……もう嫌だ。ルールが多すぎる。誰か、俺の代わりに全部やってくれよ……っ」
俺の涙ながらの悲痛な叫びは、リスナーたちの大爆笑と、さらに税金を増やすための「赤スパ(お布施)」にかき消されていくのだった。
コメント
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あらためて読んだよ〜!!もうね、ルシフェルおじさんがリアルな鳩探して窓の外見ちゃうところ、マジで爆笑した😂💕「平和ボケおじさん」ってタグつけたいレベル!笑 でも最後の「温室でいい!無菌室でいい!」って手のひら返し、税金の前には誰も勝てないってことを痛感させられたよ…現実の圧力強すぎる😭✨ おじさんの涙ながらの叫び、可愛すぎて応援したくなっちゃった!次回も楽しみにしてるよ〜🌸