テラーノベル
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玄関に入ると、香ばしい匂いと「他人の家の匂い」、そして賑やかな声がする。
何度かお邪魔したことがあるリビングに向かう。
広々とした部屋は、奥にキッチン、手前は琉球畳敷きの明るいリビング。ところどころにボールやら筆箱やら漫画本やらが転がる。
大きな掃き出し窓の向こうには、家庭菜園が見える。
そして、リビング右手のテレビ前には……。
「あー、もう、また負けた!」
「祐輔、相手になんねえなぁ」
「くっそー! 勝つまでやる!」
「それじゃ俺帰れないじゃん」
「にいちゃん泊まってけばいいじゃん!」
テレビに向かって祐輔と郁が並んで座り、兄弟……というよりは対等な友達同士のように言い合っている。
テレビ画面には、雪緒も見たことがあるキャラクターがカートに乗って疾走しているところが映し出されている。
郁の馴染んだ様子にぽかんとしていると、美智がテーブルに食材を運んできて雪緒に肩を竦めてみせた。
「すっかり懐いちゃって」
「……えっと、初対面……でしたよね?」
「うん。弟さん、子供の扱い上手いねー。下に年の離れた兄弟でもいるの?」
「あ……いえ、いないと思いますけど」
真は3人兄弟で、郁は末っ子だったはずだ。
美智は雪緒の言葉に瞬きして、
「え、桐野さんの弟……なんだよね?」
「あっ、いえいえ――元、旦那の、弟です……」
どう伝えたものかと、『元』と言う声が小さくなった。
「えー! あぁ、そういうことかぁ! 実の弟さんかと思ってた! あんまり似てないなーとは思ったけど」
けらけらと笑って、美智が台所に向かう。
雪緒は手にさげた紙袋の存在を思い出し、
「あ、少しですけどこれ……何かお手伝いできることないですか?」
「いいのにー、気を使わせてごめんね。準備は野菜切っただけだからもう終わり。ちょっと早いけどはじめちゃおうか」
夕方に差し掛かったばかりの時間。夕食にはまだ早いと言えば早いが、適当なブランチしか食べていない雪緒は空腹ではあった。
「野郎どもー、ご飯にするよ! ゲームは終わりー」
「はーい。これラスト! 今終わるー」
画面を観たまま、祐輔が返事をする。
その祐輔をちらりと見て、郁が笑う。
「祐輔、次までに修行しとけよ」
「うん。オレには伸びしろしかない」
「俺だって育ち盛りだからな」
小学4年生と同じレベルで言い合う郁を見て、雪緒の内心の強張りが薄れていく。
あの、バーから連れ出された時の冷え切った目と、子供とこうして笑いあっている屈託ない表情と。
――どれが本当の顔なんだろう。
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