テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
やや冷めてしまったピザを、梨都子は美味しそうに頬張る。味わうようにもぐもぐと口を動かし、ごくんと飲み込んでから言った。
「参考までに聞きたいんだけどさ。もしもうちで碧ちゃんを泊められないって断ってたら、どうなってたわけ?」
私はちらりと拓真を見てから梨都子に答える。
「今夜はひとまずその辺のホテルに泊まって、と思ってました。で、この週末にウイークリーマンションを探して、見つかり次第そこに移ろうかな、って」
「ふぅん、そうなんだ」
「あ、さっき梨都子さんは落ち着くまでいていいよって言ってくれましたけど、早くウイークリーとか探して移りますから」
梨都子は小首を傾げて私を見た。
「もしうちがダメだったら大変だったかもね。だって今日は金曜だから、目ぼしいホテルの部屋なんかはほとんど埋まってそうよね」
「そうなんです。だから、梨都子さんがいいよって言ってくれて、すごく助かったって思ってるんです」
安心しきった私を見て、梨都子は急に申し訳なさそうな顔をした。
「やっぱりうちには泊めてあげられないかなぁ」
「えっ、どうしてですか?『いいよ』って言ってくれたじゃないですか。せめて今夜だけでも何とかお願いできませんか?」
「うぅん、でも、やっぱり夫婦水入らずがいいしなぁ」
「そんな……。梨都子さんも言った通り、これから空いてるホテルを見つけられるかどうか……」
私はおろおろしながらスマホの画面の上に指を走らせる。
その様子を見て、梨都子がふふっと笑う。
「だから、北川さんに泊めてもらってね。落ち着くまでずっと」
スマホを操作していた指が止まる。
「えっ、いや、でもそれは……」
「もうさ、北川さんに頼ってもいいんじゃないの?彼、この後のことも色々と考えてくれてるみたいだし。素直に『うん』って言った方が可愛いわよ」
梨都子はにっと笑う。
「今言った通り私の家には泊めてあげられないし、もちろん史也君のとこも駄目よ。ホテルは恐らく全滅なんじゃないかしら。カプセルとかネカフェなんかは言語道断だし。それに、ウイークリーマンションなんて、解決までどれくらいかかるか分からないのに、経済的に大丈夫?となると消去法で、おいでと言ってくれている北川さんの部屋、ということになると思わない?そもそも、どうしてそんなに頑なに行かないって言っているのかが分からないわ。この緊急事態に彼氏を頼らないなんて、ナイんじゃない?あぁでも、もともと碧ちゃんには、史也君みたいないい加減さが足りないから仕方ないのかしらねぇ」
「俺のこといい加減って言った?」
「あら、ほんとのことでしょ」
涼しい顔をして言い切る梨都子に、清水は苦笑する。
「梨都子さんって、時々失礼だよね」
ぼやくように言った後、諭すように言う。
「事情が事情だし、お互いに目の届くところにいた方が安心できるんじゃないの?」
私はちらりと拓真を見て、もじもじと答える。
「それはまぁ、そうなんですけど……」
梨都子はくすくす笑う。
「それで、どうする?」
「どうするも何も、選択肢は一つしかないじゃないですか」
拓真の表情は、「自分の所に来てほしい」と言っている。他の二人からは「うんと言ってしまえ」と圧のようなものを感じる。私は観念した。
「……すみませんが、拓真君の所にお邪魔してもいいでしょうか」
ぱっと嬉しそうな顔をして彼は首を縦に振った。
「もちろんだよ。無期限でね」
「無期限……」
「よし。この話はこれで決まりね」
梨都子が両手をパンと打ち鳴らし、この話を締め括る。
「北川さん。碧ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
「はい」
力強く頷く彼の横顔に安心感を覚える。しかし本当に行ってもいいのかと念を押したくなった。
「拓真君、私、本当にお邪魔じゃないかしら」
「邪魔なわけないだろ。そもそも最初から、うちに来ていいよって、言ってたはずなんだけどな」
「だけどやっぱりそこは、けじめみたいなものが必要かなって思ったから……」
「碧ちゃんにはやっぱり少し、いい加減さが足りないね」
拓真はわざとらしく苦笑を受かべながらため息をついた。
こうして、彼の部屋への私の居候が決まった。なんとなくそういう流れに持って行かれてしまった気もするが、かと言ってホテルが見つからなかった場合、自分の部屋へ戻って一人でいるというのはやはり心細くも恐ろしい。
「拓真君、ありがとう。当分の間、よろしくお願いします」
「俺こそよろしくね」
「お話し中、お邪魔してごめんなさいね」
からかうような梨都子の声に私は赤面する。
それを見て彼女はふふっと笑い、それから私たち三人の顔を見回した。
「明日、みんなで隣県のモールにでも行かない?碧ちゃん、当面必要なものなんかもあるでしょう?買いに行きましょうよ。気晴らしにもなると思うしさ。どう?」
「私に気を遣って言ってくれているのなら、大丈夫ですよ?第一みんな忙しいでしょう?わざわざ遠出までしなくてもその辺のお店で事足りるし」
「そんなこと言わないで、たまにはそういうのもいいでしょ?車で出かけて、途中で観光っぽいことをしてみたりしてさ。北川さん、いいでしょ?」
「もちろんです。碧ちゃん、せっかくこう言ってもらってるんだし、気分転換に出かけてみない?俺はいくらでも付き合うよ」
「ほら、彼もそう言っているし、行こうよ。史也君は用事ないよね?」
「確かに別に何もないけどさ……。俺に運転させるつもりでしょ」
苦笑いを浮かべる清水に、梨都子は陽気に笑って答えた。
「あはは、分かった?」
「まあ、いいけど」
「じゃ、そういうことで決まりね!明日、ここの前で十時に待ち合わせってことでいいかな。北川さん、碧ちゃんのこと、よろしくお願いします。何かあったら、いつでも言ってちょうだいね。私の連絡先は碧ちゃんが知ってるから」
梨都子のうきうきした気持ちが伝染する。私もまた翌日の約束が楽しみに思えてきた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!