テラーノベル
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深夜二時。自販機の明かりだけが白く浮かび上がる渡り廊下のベンチに、禪院真依は一人で腰掛けていた。
「……はぁ。」
(……何やってんだろ、私)
小さく吐き出したため息は、雨の音にかき消される。
真依は入学時から頻繁にここに来ていた。
ここは唯一、自分を置いていかないような気がした、というのは変かもしれないが、落ち着ける場所はここ以外なかった。
「みーっけた。やっぱりここにいた」
頭上から降ってきたのは、聞き慣れた声。
驚いて顔を上げると、そこにはいつもの箒を片手に持った西宮桃が立っていた。
「……桃…、?。どうしてここに。」
「真依ちゃんが部屋にいないの気づいちゃったから。……ほら、これあげる。」
桃は真依と同じく、ベンチへ腰を掛け、箒を持っていた手ではない方の手に持っていた缶ココアを真依に差し出した。
「…………ありがとう。桃。」
「 、いいって!。後輩の幸せは私の幸せだし!。」
にっ、と笑う先輩につられて、真依の強張っていた肩の力が少しだけ抜ける。プルタブを引くと、甘いココアの湯気が白く立ち上った。
「……また、なんか嫌なことあった? ……禪院家関連?」
見透かすような桃の言葉に、真依はココアを口に含んだまま、視線を斜め下にそらした。
「……別に。慣れたことよ。」
「……………………はぁ、」
桃は息を吐いたあとこう言った
「…………私はさ、真依ちゃんの口から、」
「…………………慣れてる、なんて聞きたくないな。」
桃の声から、いつもの軽快さが消える。真依がハッとして隣を見ると、桃は真剣な、だけどどこまでも優しい瞳で真依を見つめていた。
「……真依ちゃんはもっと可愛くワガママに生きていいんだよ。」
「誰が何と言おうと、真依ちゃんは私の特別な後輩なんだから。……ねえ、私の前でくらい、泣いていいんだよ、」
そう言って、桃は小さな手を真依の後頭部に添え、自分の肩へと優しく引き寄せた。
ふわりと、桃の髪から甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。自分よりずっと小さくて華奢な先輩のはずなのに、その肩は驚くほど温かく、大きかった。
「っ……、子供扱い、しないでちょうだいっ、……」
拒絶するような言葉とは裏腹に、真依の手は桃の制服の裾をぎゅっと握りしめていた。
抑えていた感情の堤防が、決壊していく。
「子供だよ、私にとってはね。」
桃の優しい手が、真依の短い黒髪をゆっくりとなでる。
その温もりに耐えかねて、真依の目からは涙がこぼれ落ちた。
「……、……っ……」
声にならない嗚咽を漏らしながら、真依は桃の胸に顔を埋めて静かに泣き続けた。
桃は何も言わず、ただ雨の音に混じる真依の泣き声を、溢れ落ちる涙を、世界で一番優しい特等席で受け止めていた。
(真依ちゃんを泣かせる奴らなんて、私が全部ぶっ飛ばしてやるんだから)
腕の中の愛しい後輩をさらに強く抱きしめながら、桃は夜の闇に向かって、心の中でそう静かに誓った。
コメント
2件
めっちゃええやん! 感動もんやで泣
「……『慣れてる、なんて聞きたくない』の台詞に、ぐっときました。口では子供扱いしないでと言いながら、桃の制服の裾をぎゅっと握る真依ちゃんの手が本当に切なくて。雨音と缶ココアの湯気、「世界で一番優しい特等席」という表現も美しかったです。小さな先輩の大きな温もりに、私まで涙がこぼれそうになりました。素敵な作品をありがとうございます。