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「お、お邪魔致します……」
玄関で弱々しく発した柚へ、どーぞ。 と笑う優陽の後ろを恐る恐る歩く。
マンション? と、自分が出入りした記憶があるそれとは違い、首を傾げたくなる程にホールは広く左右に長い廊下が広がっている。
正面の扉を優陽が開けると、これまた大きなリビングとダイニング。
右側にはドアは開け放っているものの、独立して、広いキッチンがある。
左手には本来客室なのだろうか?
しかし、何も家具の置かれていない、そんな一部屋。
「一応俺が使ってる部屋以外で、あと二部屋あるからね。 どっちでも好きな方使って」
「…………はい」
道中、彼は『3LDK』の部屋だと言った。
ならば、今見ているだだっ広い全てをLDKだと言い張ろうと、しているのだ。
やはり自分とは住む世界が違うな、と。柚は現在の自宅を頭の中に思い描いていた。
すると優陽は上機嫌な様子でうんうん、と頷きながら呆然としている柚の手を半ば強引に引く。
黒いカーテンで覆われた大きな窓近くにある、これまた黒っぽいソファーに座らされた。
……ふわふわ、してる。
なんて呑気に思っている場合ではない。
「……広くて素敵なお部屋ですね。あ、でも、その……長居するわけにはいかないのでお構いなく」
わざわざ部屋を用意されるわけにはいかない。
その一心で柚は言葉を挟んだのだけれど。
「広すぎるよね、一人だとさ。ただ前のとこはファンの人たちにバレちゃってたから。ここはうらっちが決めてくれたんだけど」
前置きの方を会話として広げられてしまった。
そわそわと落ち着かない柚の隣には、広いスペースなど存在しないかのように密着して優陽が座る。
人がまばらな電車の中で、誰かが隣に座ってくる、そんな違和感。
「まぁ、そんなことよりもさ。柚はあんなタイプの男が好きなの?」
「あんな、とは?」
「いや、こうやってさ」
言いながら優陽の手が柚の肩を掴んだかと思えば、視界が揺れる。
「力任せに、扱ってくるような?」
ドサっと、豪快に自分がどこかへ沈み込む感覚を覚えた。
柚の目には僅かに見慣れない高い天井。
そして優陽の顔が映る。
それと同時、口元に視線を向けてしまう。好き、なんてつい先ほどそんな単語が今柚の目に映る口元から吐き捨てるようにして聞こえてきた、その事実。
それを間に受けているわけではない。ないけれど、では一体今何が起こっているのか。
「……な、なに」
「それとも大きな声で命令でもされてれば、嬉しい? あれが好みだっていうなら、気は乗らないけどできる」
「何言ってるんですか?」
少し刺々しくなった声色に、先ほどまでの上機嫌なものは一切含まれていない。
この乱高下が彼の心を読めない原因なのだろうか。
「気になって気になって、俺このまんまじゃ他に何にも手につかないなぁ。どんな経緯であんなやつと付き合ってる気になってたのかなぁって」
飄々とした言葉選びとは相反して、柚に触れる優陽の手にはさらに力が込められる。