「よく効く薬草は、急斜面に生えていることが多いんです。慣れている山だから、私も登れていますけど」
まだ目的地まで遠いが、休憩することにした。
荷物は小野寺さんが持ってくれたため、一人で行く薬草摂りに比べて苦ではなかった。
「これ、疲れが取れるお茶です。皆さんどうぞ」
朝、家で作ってきたお茶と茶菓子を全員に渡す。
「甘いものが苦手な方がいたらすみません」
疲れた時に食べる甘味が私は好きだった。
「ありがとう。なんか、旅行に来ているみたいで楽しいね」
美味しいと言いながら食べてくれる小野寺さん、私から見ても楽しそうだった。
「あんまり詳しいこと話せないんだけど、いつもは重役さんの護衛とか、罪悪人を追ってたり、訓練ばっかりだから、休日みたいで気が楽だよ」
「大変なお仕事ですね」
「うーん。まあ、その分お金には困らないけどね」
休憩が終わり、薬草が生えている場所へ向かう。
薬草や山菜などの特徴を伝えると
「誰が一番摂れるか勝負しよう」
そう言うと彼は、軽々と身をこなしながら、斜面を散策し始めた。
しばらく個人で散策をし、最終的に全員で収穫したものを確認する。
「やっぱり、小夜ちゃん一番だね。俺、二番」
残念だ、と言うが小野寺さんはどこか嬉しそうだ。
「皆さんのおかげでこんなに摂れました。ありがとうございます」
一人で行くより、倍いや、それ以上の薬草が採れた。しばらくは山に登らなくても大丈夫そう。
「帰りましょう」
下山を始めてからしばらくして、一番後ろの隊士を見ると顔色が悪いように感じられた。
「あの、具合が悪いんですか?顔色が悪いように見えるんですが」
「実は、途中で蜂に刺されてしまいまして。刺されたところが痛むんです」
見せてもらうと、手の甲が真っ赤に腫れていた。
とりあえず応急処置をする。
「蜂の毒は人によっては拒絶反応がかなり出てしまい、命の危険性が出てきてしまう人もいます」
「そうなんだ!蜂って恐いんだね」
小野寺さんは、私の話を聞いて驚いていた。
隊士は顔色が悪くなってきており、冷や汗だろう、かなり具合が悪そうに見えた。早く家に戻って、解毒剤を飲ませてあげなければ。
今にも歩けなくなりそうな隊士を、どう下山させるか悩んでいると
「解毒剤って小夜ちゃんの家にあるの?」
小野寺さんが尋ねてきた。
「はい、調合したものがすでにあります。早く飲ませてあげたいんですが」
「そっか。うん、でも、歩けなさそうだしね」
隊士の様子を見て、どうしようかと悩む彼。
「わかった。じゃあ、俺がおぶって連れて行くよ。それで、小夜ちゃんは抱っこしていく。これが一番早いんじゃない?」
「へっ?」
私を含め、その場にいた全員が言葉に詰まった。
「よし、命令。俺、こいつと小夜ちゃんと先に帰ってるから、お前たちは小夜ちゃんの荷物を持って後から無事に下山すること」
「副隊長、我々は土地勘がありません。迷ってしまう可能性も」
一人の隊士が口を挟む。
「自分で考えなよ。ちゃんと見ればこの山道、同線が確保されているだろ?それ辿って来ればわかるし、難なら、自分の鳥を遣えばいい」
ある程度の階級以上になると、青龍のような鳥が一人に一羽付くようである。
「それくらいの判断力がないと、いつまで経っても上の階級になれないよ」
いつもと違う小野寺さんの雰囲気に私は戸惑ったが、言っていることは間違ってはいない。
「申し訳ありません。では、私たちは自分たちで下山します。なので先に行って下さい」
「よし、決定」
そう言うと小野寺さんは、蜂に刺された隊士を背負い、私を両腕で抱えた。
「えっ、小野寺さん。私は歩けます。重いですし、それじゃあ、両腕が塞がってしまいます」
小野寺さんに降ろしてくださいと頼む。
「これが一番速いから。小夜ちゃん、俺を信じて。これでも副隊長だよ?ちょっと飛ばすから、恐かったら目を閉じててね」
そう言うと彼は、信じられない速さで山道を走り始めた。もちろん斜面は、段差や岩、倒木、枝などの障害物だらけだ。それを次々と超えていく。
「うぁぁぁ!!」
体験したことのない速さと振動に思わず声が出てしまう。
「小夜ちゃん、舌を噛まないように気を付けてね」
しばらく怖くて目を瞑ってしまっていたのだが、一瞬目を開け小野寺さんを見ると、見たことのないような真剣な顔をしていた。いつもは穏やかな彼、愛嬌のある彼だけれど、本来はこちらの姿を隠すための演技なのではないかと感じた。
「はい、着きました」
小野寺さんの声を聞き、目を開けてみると、もう家の前に来ていた。
小野寺さんに彼を部屋まで運んでもらう。
「今、解毒剤とお水持ってきます」
薬を飲ませて、しばらくは横になってもらった。
あんなに走った小野寺さんは、顔色一つ変わっていないし、息も上がっていない。
「すごい、ですね」
ついそう伝えてしまった。
「何がすごいの?」
不思議そうな顔をする小野寺さん。
「二人、人間を抱えてあんな速さで走って来たのに、汗もかいていないし、息も上がっていないじゃないですか?」
「小夜ちゃん、褒めてくれるの?嬉しいな!ありがとう」
先ほどの彼とは違い、愛嬌のある表情。
「これくらいのことできなくちゃ、副隊長ではいられないんだよ」
「でもやっぱり、ちょっと疲れちゃったかな」
嘘なのか本当なのかわからなかったが、家にあったお茶とお茶菓子を出すと上機嫌になった。
「俺、甘い物好きなんだよ」
美味しいと言っている彼、その言葉に嘘はないようだ。
「良かったら、こっちは桜の花びらを使った和菓子なんですけど。ちょっと癖があるので、口に合うかどうか」
「おいしい!変わった味だね。でも、俺は好きだよ。小夜ちゃん作ったの?すごいね」
彼はパクっと勢いよく食べてくれた。
お茶のお代わりを淹れていると
「小夜ちゃんって、本当に気を遣える子だね。なかなかいないよ。こんな子」
「普通ですよ、これくらい」
うーんと考えながら、小野寺さんの言葉が続いた。
「もしかしたら隊長も言っていたかもしれないけれど、俺たちの周りの女性ってなんか損得勘定で動く子が多くてさ。俺たちがお知り合いになる女性ってどこかの令嬢だったり、上官の娘だったりするんだけど。一緒にいても息が詰まるって言うかさ、楽しくないんだよね。自然体でいられないっていうか。小夜ちゃんは、そんなこと考えていなさそうだし、ご飯も美味しいし、家事もできるし。こういう子がいいよなって思うわけ」
「この甘味すごく美味しいよ、また作ってね」
「はい、もちろんです」
そんな話をしていると、後から下山予定の隊員たちが戻ってきた。
「お、戻って来れたじゃん」
「只今戻って参りました」
そういう隊士たちは疲れているようで、顔つきも厳しい。
「あの、お茶を淹れますので休んでください。蜂に刺されてしまった隊士さんも無事なので」
「ありがとうございます。一条様」
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