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「お、怒ってなんかないよ……」
「ウソだ。怒ってる」
有夏チャン、ついと手を伸ばすと幾ヶ瀬のシャツの裾をつまんだ。
「ありか……」
ヘンタイメガネは明らかにキュンとしたようで、急に物言いが優しくなる。
「有夏、疲れてるよな。ごめんね、気付いてあげられなくて。このクソビッチ働かすから、有夏は休んでて」
「ん」
有夏チャン、にっこりほほ笑んで幾ヶ瀬の服から手を放す。
オイオイ、なかなか高度なテクを披露してくれるぜ。
モテテクってやつだな。チクショー!
それにしても有夏チャン、スラッとのびた白い腕が眩しいな。
長くてキレイな指……これは何ひとつ労働をしていない故の美しさだな。
よく見ると首も細っそ! 顔小っさ! 目ぇ大っき! 肌スベッスベ!
何だろな。美人で線も細いけど、女っぽくはないよな。
ちゃんとした好青年に見えるんだよ──黙ってたらの話だけど。
どっちかって言うとナヨナヨして見えるのはヘンタイメガネの方なんだな。
今だって有夏チャン甘やかす代わりにアタシに向かってキーッと怒鳴ってくるし。
「ちゃっちゃと手ぇ動かしてよ! ガムテやゴミはこの袋、ダンボールはサイズ別に玄関に並べて。ああ、潰してからでしょ。この無能!」
「はぁ、すんません」
やりづれぇな。
バイト先でもこんなに怒られんわ。
ひどい話だよ。
アタシだってバイト上がりで疲れてんのに。
関係ない人たちの部屋を掃除させられるなんて。
「まぁ食事は俺の部屋でとってるってのもあるけど、生ごみがないのは幸いだよね。この時期、生ごみ混ざってたら防毒マスクが必要になるかもね」
怖いことを言いながら、幾ヶ瀬は緩衝材でいっぱいになったゴミ袋の口をくくっている。
「俺が週イチで入って片しゃいいんだけどね。つい放ったらかしになっちゃう。俺の部屋も有夏が散らかすから、そっちの片付けもあるし。休みの日におかずいっぱい作ってストックしときたいし」
マメだなぁ、ヘンタイメガネ。
肝心の有夏チャンがちっとも聞いちゃいない感じなのが気の毒になってきたよ。
有夏チャン、ダンボールの中に座り込むと、何年か前のジャンプを発掘して読みふけっているじゃないか。
ウム。お掃除あるあるですな。
「有夏さん、有夏さん? 俺の出勤まであと8時間を切りましたよ? この上、邪魔までする気なの?」
「礒兵衛が面白くてつい……」
「ほら、雑誌もまとめて古紙に出すから。貸して」
「は? やだよ。読んでんのに。それにこれは神回だから永久保存版で……」
「今は漫画を読む時間じゃないよね」
「う……」
「どうせ単行本で買ったんでしょ。雑誌まで買ったら二重の出費で勿体ないじゃない。それにこれ分厚くて場所とるし」
「だって雑誌じゃ煽り文句みたいなとか、次回へのヒキの文章とか入ってて、それがたまに神がかってて。それに単行本になるまで待てない……」
「はいはい、ちょっとごめんね」
全身を耳にしながらも、おとなしくダンボールをくくっていたアタシの頭上を、よりによってまたぐ形で幾ヶ瀬が玄関へ向かう。
「ちょ、どこ行くんだよ!」
有夏チャン、ジャンプを置いて立ち上がった。
「紐がなくなりそうだから家から取って来るだけだよ。有夏は待ってて」
有夏チャン、チラッとアタシの方を見て、顔を強張らせた。
「あ、有夏も行くっ!」