『手、離してくれる? もう帰るんだけど』
「えっ、今「帰る」って言わなかったー?」
「言った言った! これはチャンスじゃーん!
このままカラオケとかに引っ張っていっちゃえ。
なんか言われたら、英語わかんなかったふりすればいーし!」
「いいねー!
こんなイケメンなんだし、絶対遊び慣れてるはずだしさぁ。
きっと薄暗いところならキスくらいしてくるでしょ」
レイを取り囲みながら、三人は歩き出す。
それを眺めながら、私は鼓動が速くなった。
家につけてこられたら困るし、レイが寄り道してくれればいいと思ったけど、このままじゃ彼はどうなるんだろう。
……いや、べつに私が心配することじゃないし、そもそもレイは本当に遊び慣れているのかもしれないし。
すぐに顔を近付けるし、キスだってするし、あまつさえ二重人格だし。
こういった子たちと、うまく付き合う術だってあるだろう。
だけど―――。
そこでふっと、昨日の遊園地でのことが頭に浮かんだ。
やたら甘かったけど、私が杏たちの仲を取り持ちたいと言ったから、ちゃんとその場の雰囲気を壊さないようにしてくれた。
それに、見ていないようで、レイはずっと私を気にしてくれていた気がする。
だから観覧車で、あの時「泣け」と言ってくれたと思うんだ。
私はレイのことを本当に一部しか知らない。
だから確信はないし、うまくも言えないけど、それでもレイはたぶんこの子たちが思うような「遊んでいる人」とは違う。
「ちょっと待って」
傍を通り過ぎようとしていた三人を呼び止めれば、彼女たちは一斉にこちらを睨んだ。
年下とはいえ迫力はすごくて、かなり怖い。
けど私はなんとか強い口調で言った。
「レイ……さん、困ってるよ。手を離してあげて」
そう言った時、視界の端にレイの驚いた顔が映る。
だけどそれは一瞬で、彼女たちが詰め寄り、私の視界は遮られた。
「はー? 離してって、なんなのこの人。
なに様ー? あんただれ?」
「さっきからいるなと思ってたけど、あんたももしかして、レイさん狙いとか?」
私を見て嘲笑うのは、シュシュの子とショートカットの子だ。
その後ろで巻き髪の子が馬鹿にしたような目を向ける。
どうやら彼女たちは私が年上でも関係ないらしく、じりじりと間合いを詰めてきた。
「まさか嫉妬とかー? 笑えるんだけど」
「だいたいうちらと同じ立場のくせして、あんたにそんなこと言う権利あんの?」
彼女たちに囲まれ、無意識に一歩身を引いた。
権利っていうなら、私にはたしかにない。
ないけど、そういうんじゃなくて、ただ気に入らないんだ。
どうしてかわからないけど、レイをそんな目で見ていることが気に入らない。
なにか言い返したいけど、この状況だとなかなか頭が働かなくて、胸の中に散らばる言葉をつかもうとした時、ぐいっと腕を引かれた。
『ミオ』
反射的に顔をあげれば、視界に映りこんだのは無表情のレイで、思わず息を呑む。
(レイ……)
蒼い目を呆然と見つめていると、彼は私の肩を抱き寄せ、彼女らに向き直った。
「Stop.
I’m dating with her」
(レ、レイ……!)
私は思わず目を開いた。
私と付き合ってるだなんて嘘、どうしてこの状況でつくのかと慌てふためく。
だけど目の前の3人は、レイの行動に驚きこそすれ、言葉の意味はわかっていなかった。
「えっ、なんつったの?
ってかなに……いったいどういうこと」
放心に近い様子で、状況を理解できない彼女たちを前に、レイは私に耳打ちした。
『今ここで彼女のふりをして。
それが昨日、遊園地に付き合った見返り』
『……えっ』
まさかの発言に、驚きのあまり声が裏返った。
視界の端で、目の前の3人はまだ呆然としている。
(ど、どういうこと)
そう思ったけど、よく考えたら私が昨日レイにお願いしたこととそっくりだ。
状況は違えど、レイは彼女たちに自分を諦めてほしくて、私を代役にしようとしたんだろう。
初めは驚いていただけの3人も、次第に「説明しろ」と言わんばかりの目を向ける。
私は数秒の間迷った後、心を決めた。
やりたくないけど、たしかに約束だし、レイは困っているみたいだし、それに……。
なにより私自身が、この子たちにレイを連れていかれたくない。
『レイ』
私は短く名を呼び、自分の肩から回されたレイの手を外した。
心を決めたけど、彼女のふりなんてどうすればいいかわからない。
だから私は、その時頭に浮かんだことを、そのまま行動にした。
彼女たちの「え」という声が聞こえたと同時に、思いっきり背伸びをする。
彼の頬にキスをした瞬間、激しい動悸が襲った。
ただ唇が触れただけなのに、体の中がひっくり返ったみたいになる。
だけど私はそれをひた隠して、固まる彼女たちに向き直った。
「……関係なくないよ。
レイは私と付き合ってるの。
だから勝手に連れていこうとしないで」
強い目でレイの前に立ちはだかれば、3人はさらに驚いた顔をした。
「は? なにを言って―――」
巻き髪の子が、不快と動揺をないまぜにしたように言った時、突如真後ろで笑い声がした。
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