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第166話:陸別町のコンビニエンスストア〜親父の発見〜
日本一寒い町として知られる、北海道・陸別町。
容赦なく吹き付ける吹雪を避けるように、一人の初老の男がコンビニエンスストアへと逃げ込んだ。
「まったく、こんな底冷えする町で……国境の防衛でもないのに無駄なエネルギーの消費だ。社会システムとして完全に破綻している」
男はそうボヤきながら、冷えた手をこすり合わせて雑誌コーナーへと向かった。
男——つまり、俺の『毒親父』である。
彼はかつて俺に向かって「労働の経済的効用」や「社会のセーフティネットの欠陥」を高説しては、自身の働かない理由を正当化し続けていた、筋金入りの屁理屈屋だった。
そんな親父が、暇つぶしに立ち読みできる雑誌を探して棚に目をやった時のことだ。
平積みされた新刊コミックの中で、一際目立つポップが立てられた一冊の本があった。
『祝・全国展開! 異例の大ヒット! 底辺から這い上がる痛快下克上コメディ!』
表紙には、見覚えのあるような無いような、情けない顔をした男のイラスト。
そしてデカデカと印刷されたタイトル。
『憧れるだけで何者にもなれなかった40歳ニート〜』
「……くだらん。仮想空間のキャラクターで稼ぐなど、実体経済を伴わない虚業の極みだ。こんなものに踊らされる大衆は愚かとしか言いようがない」
親父は鼻で笑いながらも、暇つぶしのためにそのコミックスを手に取り、パラパラとページをめくった。
第一話。主人公の経歴が紹介されるページ。
【元・陸上自衛隊(需品科)、元・介護士、さらには元・生活保護受給者。現在は帯広のボロアパートで四畳半生活を送る40歳!】
「……ん?」
親父の指が止まる。
需品科? 生活保護? 帯広? 40歳?
妙な既視感に首を傾げながら、親父はさらにページをめくった。
第二話。主人公の極貧生活を描いたエピソード。
【今日も食事は質素に玄米。そして傍らには愛猫の『ヨモ』。この猫の餌代だけは削れない……!】
「…………は?」
親父の目が、ページに釘付けになった。
玄米。
ヨモ。
さらには作中に登場する、主人公を容赦なくイジる『30歳前後の妹』というキャラクター設定。
偶然の一致で片付けるには、あまりにも条件が揃いすぎている。
いや、決定的なのは主人公が「VTuber配信」で大成功を収め、その莫大な収益の税金対策として会社を立ち上げたという描写だ。
親父の脳内で、かつて息子が語っていた現状報告と、目の前の漫画のストーリーがパズルのようにカチリと噛み合った。
そして何より親父の怒りを沸点に到達させたのは、第一部のクライマックスとして描かれていた『主人公の足を引っ張る、屁理屈ばかりの毒親父』の存在だった。
作中の無職の親父キャラクターが、『いいか、労働の経済的効用というのはだな……』とドヤ顔で語るシーン。
「……ふざけやがって!!」
親父はコンビニの中心で、思わず声を荒らげた。
店員の冷ややかな視線に気づき、慌てて咳払いをして誤魔化すが、コミックスを持つ手は怒りでワナワナと震えている。
「俺の崇高な経済理論を、こんな三流のギャグシーンのネタにしやがって……! 誰が毒親父だ、誰が!」
憤怒に駆られ、本を床に叩きつけようとした親父だったが、その手はピタリと空中で止まった。
怒りを上回る、ある狡猾な閃きが彼の脳天を突き抜けたのだ。
「待てよ……?」
震える手で、親父はコミックスの帯を確認する。
そこには『累計大ヒット!』『メディアミックス大絶賛!』という景気の良い言葉が並んでいた。
「これ……俺の息子じゃねえか……。あいつ、こんな虚業で、本を出すほどの大金を稼いでいるっていうのか……?」
親父の脳裏に、都合の良い解釈が次々とよぎっていく。
富の再分配。
資本家から労働者へのトリクルダウン。
「親族間の扶養義務という、立派な社会的セーフティネットがあるじゃないか……。俺という産みの親がこんな極寒の地で苦労しているのに、息子だけが帯広で悠々自適に暮らすなど、道徳的にも経済的にも許されるべきではない……!」
親父の顔に、邪悪で歓喜に満ちた笑みが浮かんだ。
大義名分は立った。
社会のシステムが俺を救わないなら、金を持った身内から『再分配』させればいいだけのことだ。
親父はポケットからスマートフォンを取り出し、画面にヒビの入ったディスプレイをタップした。
連絡先一覧から、『息子』の電話番号を検索する。
「ふふっ……。待っていろよ、親不孝者のドラ息子。お前のその『リアル』とやらを、俺がさらに面白くしてやるからな……」
陸別町の外では、吹雪がさらに激しさを増していた。
それは、帯広の四畳半で今日も玄米を食べている俺の元へと間もなく襲いかかる、未曾有の災厄の足音だった。
コメント
1件
第166話、読みました。うわあ……毒親父、ついに気づいちゃいましたね(苦笑)。「俺の崇高な経済理論をネタにしやがって!」って怒りながら、次の瞬間には『金になる身内』として再定義して連絡しようとする、その思考の切り替えのえげつなさが、キャラとして本当に生々しい。理屈で武装したクズって、現実にも一定数いるから余計に腹立たしいし、それだけ筆者の人間観察が鋭いってことでもあるんでしょうね。吹雪の描写が「帯広に迫る厄災の足音」に重なるラストも、ゾクッとしました。続き、気になります!