テラーノベル
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夢を見た。
どうしようもない悪夢。
酷すぎて忘れてしまったみたい。
ただ、赤が焦った様子で俺を叩き起こしたことだけ鮮明だった。
天使でも慌てたりするのか。
天使だから悪い記憶を消してくれたのかもしれない。
そうね。
覚えている必要なんかないね。
大事なのはどれだけ酷かったかじゃなくて、その先の景色がどれだけ綺麗なのかなのよね。
「………大丈夫?」
恐る恐る、赤が俺の顔を覗き込んで。
大丈夫って、なに。
大丈夫って言えば安心するの。
大丈夫なら全部よくなるの。
「だいじょうぶ」
赤がひとの気持ちをあんまり汲み取れないひとでよかった。
そんな単純な一言で、彼は安心したように笑った。
目に見えるものと、耳で聞こえることしか信じないのかもしれない。
そうやって生きていけたら、一生貴方は幸せ者だ。
その日は雷雨で、外になんて出れるわけもなくて。
赤は退屈そうに寝っ転がったままだった。
俺は課題があって、シャープペンシルを走らせていたけれど。
赤は勉強しなくていいんだな。
天使は博識だからかなぁ。
本当のことから目を背ける自分が怖くなって、筆圧が強くなる。
シャーペンの芯が折れてどこかに飛んでいく。
「何やってんの?」
その音に気が付いた赤が起き上がる。
「れきし……」
「歴史かぁ。俺苦手ぇ。芸術タイプなの」
ふんふん鼻歌を歌っているのは知ってる。
絵を描いたりするところも見たことがある。
どれもこれも、上手いとか下手だとか、俺には判らないけど。
価値のあるものだと、思う。
「いまどこやってんの」
「平安時代」
「ヘイアン……?」
「そ。平安」
「ああ、平安かぁ」
伝わっているのだろうか。
「俺知ってるよ。平安時代は文通で恋を始めるんでしょ」
「和歌のこと?」
「そーそれ。俺にはちょっとよく判んないや」
「赤はなんて書く?」
本当に、悪気なんてなかった。
何気ない会話の1ピースとして訊いただけ。
赤が興味を持ってくれればと思ったのだ。
「和歌じゃなくていいなら、忘れてくださいって書く、かな」
黙り込んだ。
赤は冗談めかして言ったけれど、とてもそうは受け取れなかった。
なんで。
なんでそんなこと。
「きっと忘れてくれないよ。そんなこと書いたら」
「……そうかな。じゃあ、桃くんはなんて書くのさ」
愚問だ。
「好きだって書く」
「模範的すぎ、37点」
「だって、それしか伝えることなんてないから」
膝を抱えて、顔を埋めた。
なんか、ちょっと、恥ずかしかった。
赤がけらけら笑って、そのあと黙った。
空いた窓から、風が吹き抜ける。
髪が揺れる。
赤がどんな顔をしているのか気になって、顔を上げる。
切なそうに笑ってた。
すごく。
すごく。
寂しそうに。
「いまのは……130点」
何だそれ。
「言っておくけど、1000点中ね」
俺は肩を竦めて笑った。
天使はそれを見て。
ほんのちょっとだけ、泣きそうになった。
コメント
1件
赤くんは一体何を抱えているんだろう… 今回も書くの上手です!! 続きが楽しみ…、