[教育虐待]
子供の心や意思を親が無視し、過度な勉強や習い事を強要させる……いわば一種の虐待のようなものである。
今、この世の中では教育虐待というものが増え続けている。
子供を良い小学校、中学校、高校、そして大学にいれる。
それによって[有名なエリート学校へ入学させたすごい両親]として、家族もまた尊敬の眼差しを手に入れることができる。
ただ自分の欲求のために。ただ自分のステータスを上げるために。
両親は子供を道具として利用し、まるで人形のように操ろうとする。
……それによって心身を壊してしまう、ということも知らずに。
これはそのような出来事によって心が壊れてしまった子供達を救う、1つの事務所の物語。
1.森の中の探偵
木々が風に揺らされ、どこからか鳥の声が聞こえてくる。おそらくツバメだろう。
ツバメは幸せの鳥と呼ばれている。それが本当だとしたらそれは正しいだろう。
だってここは、子供だけが来ることを許される、特別な探偵事務所なのだから……
太陽が真上から差し込み、ちょうどとある1人の人物に光を当てる。まるでスポットライトのようだ。
この森から少し離れた街へ、自分の探偵事務所についての張り紙を一通り貼り終わったその女性は不意に立ち止まり、どこか遠くを見つめていた。
腰くらいまで伸びている長くて黒い髪、青いジャケットに白色のズボン、そして特に印象的なキリッとつり上がった目。でもその瞳はどこか優しいように感じる。
そして彼女はまた歩き出した。森の奥にある、1つの探偵事務所へ。
その表紙に、さっき彼女が街の人たちに配った名刺が一枚、その場にヒラヒラと落ちていく。
そこにはこう記されていた。
__子供を救う探偵[北条マリア]
「あっ!!お帰りなさい、マリアさん」
マリアが事務所の扉を開け、1番に声をあげたのはマリアより少し幼なげな印象を持つ、1人の少女。
少女と言っても24歳、対してマリアは26歳とそんなに歳は離れていないのだが。
ふっくらとした顔つきに、優しそうでコロコロとした瞳。ショートボブなので余計に幼く見られがちなのが彼女__[夏目花音]の最近の悩みらしい。
「ただいま花音。どう?部屋の片付けは進んでる?」
「進んでるも何も、ぜーんぶ終わっちゃいました!!なので今は、事務所内の掃除を」
「そうなの?本当花音って仕事が早くて助かるわ、流石私の助手ね 」
「えへへ……」
マリアと花音は性格こそ正反対だが、小学生の頃からの親友である。
よくいじられて泣いていた花音を、マリアはいつもカッコよく助けてくれた。
だからなのか、花音はマリアに対して尊敬と憧れを抱いており、こうして一緒に仕事をするようになった。
「そうだ、マリアさん。私たちのホームページから依頼が届いていますよ」
「あぁ、あの子が作ってくれたあれね」
マリアと花音にはもう1人、仲の良い友人がいる。
その人はプログラミングやハッキングなどを得意としているため、事務所のホームページや宣伝をしてくれたのだ。
「えっと、何々?依頼内容は……」
匿名k:初めまして。僕は、kと申します。ここは子供の味方の事務所だとお聞きしました。よろしければ、僕の悩みを解決してくれませんか?もちろん報酬は支払います。どうか、お願いします。
「どうしますか、マリアさん。この依頼引き受けるのですか?」
花音が心配そうな目でマリアを見る。
設立してから1日も経っていない探偵事務所なのに依頼してくる。つまり、それほどその子にとっては大事な悩みなのだろう。
太陽はさっきより落ち、中央にある椅子にちょうどスポットが当たる。
そこにマリアは座った。でもさっきの森の中とは違う顔つきだ。
__マリアには断る、という選択肢など元からなかった。
「引き受けよう、この依頼。絶対にこの子供を助けてみせる」
その時の彼女の顔は、いにしえから引き継がれている、伝説の探偵たちと同じ顔をしていた。
2.教育という名の傷
そこから少し事務所の片付けを進め、2時間ほどしたあとに依頼人との待ち合わせ場所に向かった。
辺りは夕焼けの光に少しずつ飲み込まれていく。
「にしても、なんでこの時間なんですかね。相手は子供なのに」
「子供だからって理由でなんでも否定しちゃだめ。もしかしたら、大事な理由があるのかもしれないし」
「大事な理由……か」
2人でこうして、街を歩くのは少し久しぶりである。
というのも、マリアは1ヶ月前まで交通事故に遭い、ずっと病院で入院していたのだ。
マリアのことを大切に思っている花音は、今こうして2人で歩いているだけでも、幸せな時間なのである。
「あっ、もしかしてあれじゃないですか?あのベンチに座っている」
そう言って花音は1人の青年を指さした。見た感じ、年齢は15歳くらいだろうか。
「書かれている特徴と一致するわね。おそらくその子が今回の依頼人」
依頼人を見つけた瞬間、マリアはまるで瞬間移動のような速さで、依頼人の元へ歩いて行った。
昔からマリアは時間を大切にする人物であり、いつもこうやって瞬間移動しているのだ。
「もうマリアさんったら、昔から足は早いんだから」
運動が苦手な花音も、急いで依頼人にいるベンチに足を運んだ。
「ねぇ、君が依頼人のkくん?」
「えっと……そうですけど。もしかして依頼した探偵さんですか?」
青年はこの辺りでは見ない、ブルーの瞳をしていた。茶色の髪と相まって、まるでグラデーションのように綺麗な人だな。警戒している青年に対してマリアはそう思ってしまった。
「改めて、私は子供探偵の北条マリア。こっちは助手の夏目花音」
「よろしくね。kくん」
見た目より怖くない、優しい声のマリア。見た目とオーラの全てが優しい、そんな雰囲気の花音。
その2人を見て、青年__[k]は緊張と警戒を少し緩めたのが伝わった。
子供達のプライバシーと秘密を守るため、本人が自ら言ってくれるまで、本名は聞かないというのがマリアなりのポリシーだ。
__空気を読む子供が、大人の空気に飲まれてはいけない。
それが、ここの思想だ。
「一応聞いておきたいんですけど、僕の今からいう悩みって、両親とかには……」
2人を見つめる瞳には、不安と恐怖が含まれている気がした。
「大丈夫ですよ。私たちは子供の味方、なのでkくんの秘密や悩みを第三者に打ち明けることはないんです」
「まぁもしかしたら、依頼達成のためにほんのりというかもしれないけどね」
「そう、ですか……」
安心そうに息をつくk。それを見てマリアは腕を組み、1番聞きたかったことを聞いた。
「ねぇkくん。kの悩みって何?」
しばらくの沈黙が流れる。
それでも、kはその重たい口をゆっくりを開けた。
「僕を、僕をあの家から、助け出して欲しいんです!!」
それがこの事件の、探偵の、スタートラインだった。