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「ふあぁー、よく寝た――うぉっ!! あ、葵!?」
お互いの唇と唇を重ね合わせたあの夜。あの後、お互いが幸せな安堵感を感じて、そのまま眠りについた。
と、勝手に思ってたけど、隣で横たわる葵の目、ギンギン。目を見開いたまま一点を凝視してるし。ちょっと血走ってるし。
怖いよ! 寝起き一発目にいきなり目に飛び込んできたからめちゃくちゃビックリしたよ!
「も、もしかして葵……ずっと起きてたとか?」
「うん……こ、興奮して寝られなかったの。で、結局一睡もできなくて」
「こ、興奮って……あ、葵さん? 一体何に興奮していたのですか?」
「言えるわけないじゃん。あのまま勢いで憂くんとエッ――」
「だあーー!! いい! 言わなくていいから! というか、さつき自分で言えるわけないとか言ってたのに言葉にしようとしちゃってるし!」
「あー、そうだねー。そうだったねー。あははははー」
ダメだ、コイツ。寝てないせいで判断力も思考力も上手く働いてないし、変なテンションになっちゃってる。
「と、とりあえずさ。学校に行く準備をしようよ。ちょっと寝過ぎちゃったから、このままじゃ遅刻しちゃうよ?」
「そだねー。学校とかあったねー。あー、懐かしいなあー。あははっ」
懐かしいって……。いや、葵さんよ。キミはまさにその学校の生徒なんですけど。
これ、大丈夫かな?
「うんとこしょっと」、という言葉とともに、葵はベッドから起き上がった。その掛け声、オッサンかよ。
「ではでは。私、陽向葵はとりあえず制服とやらに着替えてきまーす」
「はい、いってらっしゃ――ちょ! ちょっと待って!?」
葵は僕がいるにも関わらず、するするとTシャツと短パンを脱ぎ捨ててしまった。当たり前だけど、僕はそれを見ないよう、すぐさま背を向けた。
(何なの何なの何なの。僕の方までちょっとおかしな気分になってきちゃったじゃん! しかも、急いで後ろを向いたけど、少しだけ見ちゃったし)
「あ、葵? 着替え終わったら教えてね」
「あ。もう着替え終わったから大丈夫ー」
冷静さを取り戻すため、僕は一度深呼吸。それから葵を見やった。
が、しかし。
「ねえ葵?」
「はい、なんでしょうか騎士王様」
「うん。その制服、中学のやつだからね。それと僕、騎士王でもなんでもないから」
うーん……さすがに今日は無理やりにでも学校を休ませた方がいい気がする。
どうしようかな。
* * *
とりあえず、ちゃんと高校の制服に着替えさせ、蝉の鳴き声を少しうるさく感じながら、僕と葵は学校へと向かった。
しかし、寝不足でこんなになるものかね? まあ、昔から葵は寝るのが早かったし、睡眠不足をほとんど経験してないはずだから無理もないのかもしれない。
とは言っても――
「あ、あのさあ。フラフラしてるけど、本当に大丈夫?」
「ぜーんぜん大丈夫だよー」
そう言葉を返してきた葵だけど、さっきから蛇行しながら右へ左へとフラフラと歩いてるし。
「あ! だ、大丈夫!?」
ほらね。思った通りだよ。大丈夫だと言っておきながら、見事に電柱にぶつかって頭を打っちゃったよ。
「あ。ごめんなさいごめんなさい! 前をよく見てなかったもので。以後気を付けます!」
電柱に謝っちゃったよ……。
でも、ちょっとだけ気持ちが分かるんだよね。葵が興奮して眠れなかったのが。
きっと葵も、僕と同じように長い間、自分の気持ちに嘘をつきながら。そして、押さえ付けながらこれまでずっと耐えてきたんだ。
だからその分、反動が大きかったんだと思う。言い換えるなら、揺り戻し。
何にでも言えることだけど、人間の気持ちだって同じだ。これまで我慢してきた分、当然、揺り戻しは大きくなる。
いつかは収束するはずだけど、それまではどうしても、自分では制御仕切れない感情の渦に心を飲み込まれてしまう。
それは、葵が僕に抱いてくれていた恋心があまりに大きかったに他ならない。
とか真面目に考えていたら。
「すみませんすみません! ボーッとしてた私が悪かったです!」
今度は郵便ポストにぶつかって、それに平謝りをしている葵。その様子を見て、迷わずスマートフォンを取り出した。そして、学校に電話。葵が風邪を引いてしまったので休ませる旨を伝えるために。
とりあえず、家に連れ戻そう。
それで、家に着いたらすぐに寝かせよう。
そして、葵の寝顔を見れば、きっと僕の心も休ませることができるはずだから。
『閑話 葵と睡眠不足と電柱』
終わり