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「大我くん、準備できた?」
樹が玄関から呼びかける。やがてリュックを持った大我がリビングを出てきた。これは北斗のお下がりだ。
「いってらっしゃい」
慎太郎が顔をのぞかせて言う。大我は「いってきます」と答えた。
その様子に樹も安堵する。
今日は樹の勤める病院に検査に行くのだ。
記憶がかなり明瞭になってきたので、もう一度検査をして程度を確かめようと考えた。
「もう病室とか検査室には行かないからね。お医者さんとお話しするだけだから大丈夫」
車の中でそう言うと、
「お医者さんって、樹くん?」
ううん、と首を振る。
「俺の指導医の先生。前行ったときも話したと思うんだけど」
あと、と続ける。「くんはいらない。樹でいいよ」
大我は運転席の樹を振り向く。
「…樹」
それを聞いて嬉しそうに笑った。「ほかのみんなも呼び捨てでいいから」
「よびすて?」と頭を傾ける。
「くん、はつけなくていいってこと。だって一緒にいるんだから」
わかった、と微笑んだのを、樹はルームミラー越しに見た。
まだ知らないこともたくさんあるのが、みんなにとってはかわいらしく思えた。
久しぶりに病院に来たが、前のように怖がっているようではない。ただ、その表情は無に近いが。
樹は大我を連れて診察室に入った。そこには彼の指導医が座っている。
「お待たせしました。検査、よろしくお願いします」
大我を座らせると、横に立って記憶検査が終わるのを待つ。
指導医は、大我に彼自身に関するいくつかの質問をする。それが済むと、樹に視線を送った。
「合ってます」
そう答えた。指導医はうなずき、
「逆行性健忘はけっこう良くなってるね。受け答えもしっかりしてる。だいぶ改善したよ」
良かった、と息をついた。
「何か家でリハビリでも?」
「いえ、普通に過ごしてただけです」
ただ、と続ける。
「生い立ちについて調べたら、色々とわかりました。恐らくアメリカの研究施設に入れられていて、実験台にされていたのだと思います。それで記憶障害になったのかと。そして自らの意思で睡眠薬を飲んである意味でそこを出ようとしたらしいです。しかし、研究員か誰かによって助けられ、施設を出て日本に。そこは記憶も曖昧ですし、一部は推察ですけど」
そうか、と指導医はつぶやいた。「原因はそこにあったのか」
「あと…僕らのいとこだということもわかりました」
え、と驚いて顔を上げる。
「最初は施設関係で調べてたら、一緒に住んでるいとこの異父兄弟ってことがわかって。たぶん大我が出たいということを知ったそこの誰かが、家族を突き止めて日本に連れて来たんだと思います」
なるほど、とうなずいた。「大変だったな」
「いえ…」
樹は首を振った。
「ちなみに養子縁組はしないのか。身寄りがないってことだけど」
「いや…考えてはいないです。血のつながりは薄いかもしれませんが親族なので。籍もそのままで、うちで暮らす予定です」
「わかった。とりあえず症状は良くなっているし、カウンセリングなども必要ないだろう。田中先生、今後も京本さんを頼むよ」
「はい」
診察室を出ると、「親族か…」と樹は小さくつぶやいた。
数か月前に公園で拾った天使みたいな人が、まさか自分のいとこだなんて思いもしなかった。
「俺らはさ、その…怖いことは何もしないし、大我のそばにいたいだけから。安心していてくれればいいよ」
うん、と大我はうなずく。
「っていうか、ほんとに俺らといたい? 一人で住みたい?」
「みんなと一緒がいい」
そうか、と樹は心底嬉しくなった。
「永遠ってのは無理だけどさ。もうあんな思いしなくてもいいように、俺らが守ってやっから」
大我は白い歯をのぞかせた。
すっかり大我も喜怒哀楽を見せるようになって、みんなに心を許していた。
「守ってほしい」
そう声がし、大我を振り向く。
「任せな」
責任と嬉しさを同時に感じながら、樹は笑みをこぼした。
続く
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