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大我は真っ白な壁をぼんやりと見ていた。
天井も床もベッドも、そして彼らが着ている服までもが白い。
たった一人の日本人のルームメイトはいない。さっき、研究員に連れて行かれたのだ。「一緒に遊ぼう」と言われて。
もちろんそれが「遊び」ではないことを大我は知っている。しかしそれを絶対に口にしてはいけないことも、知っている。
やがて大我のいる部屋の前に誰かがやってくる気配がして、身を固くする。
ノックすることもなくドアが開かれる。
白衣を着た男性が顔を出して、微笑みを作った。
「大我くん、遊びに行こうか」
英語で話しかけられる。もう、「ノー」と言うのも首を振れば否定だというのも忘れていた。
大我は無言で立ち上がり、その研究員についていく。
とある部屋の前に着いた。何度も来た場所だ。
そこに入ると、ほかの研究員がいた。「いらっしゃい」と言われたが彼らは無表情だった。
大我は真ん中にある椅子におのずから座る。心の内に秘める感情は押し殺して。
研究員は大我の白くて細い右腕に、持っていた注射器を刺す。
わずかな痛みに、大我は顔をしかめた。
赤黒い液体の溜まった容器を、研究員はコンピューターの繋がった機械にセットする。
ウィーン、と音を立てて作動しはじめる。
しばらくすると機械が止まり、研究員はコンピューターを操作する。
画面を見ながら「うーん」とうなる。いい結果が出なかったんだ、と大我は悟った。
「お薬を増やそう。大丈夫、ちょっとだけだし苦くないから」
苦くない薬なんてあるのかはもはやわからなかったが、「イエス」と大我は小さく返事をした。
そのまま隣の部屋に入らされ、また椅子に座る。
壁際に並んだいくつもの棚の引き出しから、錠剤を何個か取り出して大我に渡した。
その量は前回より増えている。
それでも黙って差し出されたコップの水を含み、錠剤を飲み込む。
これで終わり。やっと部屋に帰される。
のだが、そこからは副作用との闘いだ。
ベッドから動けず、悶々としながら白一色の天井をにらみつける。
いつこの生活は終わるんだろう、そう思いながら。
そして大我がその作戦を思いついたのは、検査から3日後の深夜だった。
ほかのルームメイトを道連れにする訳にはいかないから、1人でこっそりと部屋を出る。施設内なら自由に移動ができた。
そしていつもの検査室の隣、薬剤室に入り込む。
とある引き出しのプレートに、「Sleeping Pills」と書いてある。そこを開け、入っている薬をシートごと掴んで、急いで走り出た。これは誰にも見つかってはいけない。
部屋に戻ると、相変わらずルームメイトはぐっすりと寝ていた。
起こさないように静かに薬を開け、水と一緒に口に放り込んだ。
やがて眠たくなってきて、視界が暗くなってきた。
薄明かりの中、今までの記憶が去来する。
大半が検査や実験に関する嫌なものだったが、ルームメイトと仲良くなって楽しく会話した記憶もある。
今のルームメイトとも仲が良かった。
ごめんね。彼にそう心の中で謝ると、大我の意識は途切れた。
気がつくと見知らぬ暗い場所にいて、見知らぬ椅子に座っていた。
しかし風が吹いていて、室内ではないとわかった。
でも何が起きたのかも何をすればいいかもわからなかったから、ただひたすらじっとしていた。
どのくらいそうしていただろうか。足音が聞こえてはっと気づく。
1人の男性が、こちらに向かって歩いてくる。何かされるのかと身構えたが、男性は優しい表情をしていた。
「あの…どうしたんですか?」
大我に向かって訊いてきた。
その声を聞いて、大我はどこか安心した。
やっと助かった。そう思った。
続く