異能祓魔院に仕事がない日、楽は基本的に出掛ける。
どこへ行くかはその時に見たもの、感じたもの次第。
年齢の割に危険な仕事の為、お金には困らない生活をしているが、それも睦月により金銭管理、貯金をコッソリして貰っていた為であった。
それでも楽にとっては、その小遣いでも十二分に一日を満喫させていた。
しかし、今日の楽は、目的が鮮明としていた。
「なあ、異能探偵局ってどこだ?」
駅前にある「困った時にはここに行け!」と言われている交番にて、楽は警察官に尋ねていた。
「異能探偵局はちょっと遠いよ……? そうだな、この駅から三十分くらい乗って……」
「適当に紙に書いてくれ! 覚えられねぇ!」
警察官は「ハハ、あいよ」、と笑顔で楽の指示に従い、異能探偵局の最寄駅までメモ書きしてくれた。
楽が電車に乗ってから三十分。
「か、漢字が……読めねぇ……」
楽は、漢字が読めずに迷子になっていた。
「でも結構建物が高ぇなぁ。ここが東京か?」
分からないながらも様々な人に手掛かりを聞き、殆どの人からは「何それ?」との反応を受けたが、実績の多い探偵局から救われた人も数多く、夕方頃には近くまで辿り着くことができていた。
「やべぇ……もうこんな時間だ……」
楽には睦月より門限が決められていた。
門限まで残り二時間もない。
しかし、今から帰ることも出来なかった。
土手沿い、夕焼けを見ながら草生に寝転がる。
「はぁ〜、帰ったら怒られんのかなぁ〜。隊長はいいとして、神崎の奴はうるせぇからなぁ〜……」
そんな時、一人の影が楽の真上に差し掛かる。
「ねぇ、貴方、どうかしたの?」
「あ?」
その髪色、髪型、服装。
楽は覚えている。
羨ましいと思った。凄いと思わされた。
だからこそ、記憶に根強く残っていた。
「お前……炎の女……!!」
楽はバッと立ち上がり、悪魔の力を支配。
「何……コイツの禍々しいオーラ……。アンタ、何者なのよ! 急に何!?」
「探偵局の奴じゃなくてもいい……強い奴……凄い奴ならいいんだ……。お前、炎の女! 俺と戦え!!」
楽は勢い良く赤髪の少女に襲い掛かる。
「失礼……! 炎の女じゃないわよ! 私にも二宮二乃って名前があるのよ!!」
そう言いながら、楽の攻撃を後退して交わした。
「なんで炎を出さない……?」
「アンタ……法律を知らないの? 私欲の為の異能行使は立派な犯罪になるのよ!」
「んなモン、聞いたことねぇよ!!」
そして、再び楽は高速で襲い掛かる。
「何コイツ……早い……!!」
流石の二宮も、火炎を出してギリギリで交わした。
「出したな……炎の異能だ……すげぇ……!!」
「何よ……アンタも凄い異能じゃないの……!」
「じゃあ、それを倒したら俺はもっと強ぇってことだ」
二宮の眼前には、瞬時にして楽がいた。
「さっきより早く!? まだ抑えてたの!?」
しかし、そのまま交わされることを予見した楽は、攻撃は仕掛けずに背後に移動。
そしてそのまま背後からの奇襲。
「これで逃げ道はねぇ!!」
ボォン!!!
膨大な音と共に辺りは煙に包まれた。
「爆発……? あれ……でも痛くねぇぞ……」
煙が晴れていく。
楽の目の前には、倒れた二宮の姿があった。
「なんだ……? お前、自滅したのか……?」
「そうよ。アンタを傷付けるくらいなら、自分を爆破させて吹っ飛ばしたの……。まったく……とんだ一日よ」
楽は気に入らなかった。
初めて抱く感情。
怒り。
「お前……そんな強いのになんで俺に異能を向けない! なんで俺と戦わないんだよ!! なあ!!」
「私の異能は人を傷付ける力じゃないからよ!!」
「よく言った、二宮」
楽の背後には、長身の男が立っていた。
「お前は……? 気配を感じなかった……なんでだ!?」
「僕の名前は行方行秋。“異能探偵局” の者だ」
そして、楽を横切ると二宮に手を伸ばした。
「お、お前が……異能探偵局……!! 気配を消せる異能か!? でも、透明化の神崎は気配が分かる……なんで……」
楽が困惑していると、行方は悠長に楽に近付く。
「僕が “無能力者” だからだ。君の話は睦月隊長から聞いている。君の異能の話もだ。僕の気配が感じられないのは、その “異能を探る悪魔の力” に寄るもの。だから、無能力者の僕は何もしなくても君に気取られない」
「は……? 無能力者……?」
そこまで、異能探偵局には強い奴しかいない、凄い異能を持った奴しかいない、そう感じていた楽は絶望感を抱いていた。
裏切られたような感覚に陥っていた。
「なんでお前が……無能力者が探偵局にいるんだ!!」
勢いのままに楽は行方に襲い掛かる。
ゴン!!
しかし、突如として行方の眼前に現れた鉄ブロックに頭突きする形で楽は衝突させられた。
「いってぇ……なんだ……なんなんだ……!!」
そのまま、行方は楽の腕を掴み、拘束する。
「こんなもの……すぐ解いて……!」
しかし、
「あれ……? 異能が……発動しない……? なんで力が出ない……!?」
「君の異能力は、憑依した悪霊に依存する。憑依した悪霊を身体からひっぺがせば、君の力は人並みだ」
楽は何も言わずに必死に抵抗していた。
しかし、行方の手を振り解くことは出来なかった。
「言っておくけど、本気で戦っても、私よりこの行方くんの方が強いわよ」
「は……? 無能力者だろ……? なんでそんなに強いんだよ……!! なんでそんな強くなれるんだ!!」
行方はそっと手を離し、楽の頭に手を乗せた。
「守りたいと言う想いが、人を強くするんだ」
一瞬の間の後、楽はブンブンと振り払った。
「守りたいとか……よく分かんねぇ……」
「例えば、先程君に向けていれば危険だった二宮の爆発。それを君を守る為に自身に放った。君を守る為だ。それが本物の強さだ」
そうこう問答している内に、見慣れた車が停まる。
「おいこら! 何やってるんだ、楽!!」
「げ……隊長……」
「行方くん……本当にすみませんでした……!!」
「睦月隊長であれば言う必要もないと思いますが、私欲の為の異能行使は犯罪、他人に危害を加えようとしたことも立派な犯罪です」
「ぐうの音も出ない……本当に申し訳ない……!」
睦月は、楽の前で必死に頭を下げていた。
「な、なんで隊長が謝るんだよ!! コイツは自分で負傷したし、俺はただ……」
しかし、睦月は黙って謝り続けた。
「それと、睦月隊長。タイムリーな話ですが、多分、異能祓魔院にとっては少し嫌な話があるかも知れません。不吉なことは連続するものです。お気を付けて」
そう言うと、行方と二宮は帰って行った。
帰路での車内、睦月の口数は少なかった。
楽はそれに違和感を覚えていた。
「な、なあ……怒んねぇのかよ……」
「お前の “ソレ” は立派な好奇心だ。お前はまだ子供だ。守られる立場にあるし、俺は守ると決めている」
「守る……」
夕日が沈み月の陽光が差し掛かる頃、楽は移り変わる景色の中で昔の記憶を巡らせていた。
「愛は、どんな気持ちで暗殺の仕事してたんだろ」
自分は、言われたことをしないと殺される。
いや、そんな脅されている感覚もなかった。
ただ、目の前のことを淡々とこなす、飯を与えられる、それが全てで、他には何もなかった。
自由になって、楽には仕事を押し付ける人はいない。
むしろ、共に仕事をする仲間が出来た。
退屈な日々かと思っていたが、その平穏こそが、楽にとっては今までにない感情でもあり、同時に、異能祓魔院という存在が、心の支柱になっていた。
「隊長……すまん……」
確かに、仲間が傷付けられるのは嫌だった。
「もうしないよ」
「あぁ、信じてるぞ」
静寂の車内、静かに睦月は微笑んだ。
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