コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌朝、俺とテオは滞在していた宿屋を引き払った。
その際、受付カウンターにてネレディからの「約束の品が用意できたので、本日昼以降に冒険者ギルドへ寄ってほしい」という伝言を受け取る。
商業区でしばらく時間を潰した俺達は、午後早めにギルドへと到着した。
窓口で名前を告げると、ギルド奥の応接室へと通される。
およそ8畳とそこまで広くない応接室には、中央に置かれたガラス製の小さな丸テーブルを囲むように、上質そうな茶色い革張りのソファーが配置されている。
装飾品といえば壁に小さめの静物画が1枚かけられている程度と、インテリアはかなりシンプルだ。
ソファーに腰かけた俺達は、喋りながらしばらく待つ。
「やっぱり魔石とかスライム関連素材は世界中で需要があるから、トヴェッテ冒険者ギルドは『取引規模が世界一大きい冒険者ギルド』としても有名でさー。ギルド内にはここみたいな個室がいっぱいあって、ものすご~い金額が動く商談が毎日行われまくってるって噂なんだぜっ!」
「確かにこの辺りの廊下、やけに強そうな警備員達が配置されてたもんな……」
応接室への道々を思い出し、テオの説明にうなずく。
ゲームでは応接室周辺は関係者以外立ち入り禁止エリアであり、プレイヤーが入れるのは特定イベント内の限られた時間のみと、あまり馴染みが無い場所である。
そんな理由もあって俺が物珍しそうに部屋の中を見回していたところ、木箱を持ったネレディが「お待たせ!」と部屋に入って来た。
ソファーに腰かけるなりネレディは木箱を開け、俺達に中身が見えるよう、そっとテーブルへと置く。
「早速で悪いけど、まずは約束の品を確認してもらえるかしら」
手のひらより一回り大きなサイズの木箱に入っていたのは、直径5cmぐらいの滑らかな球形の透明石。
光沢がある紫色の布で覆われた台座に綺麗にはめ込まれていて、どことなく高級感が漂っている。
【鑑定】スキルを使い、これが目的の品であるのを確認した俺が言う。
「……確かに、最高級の透明魔石です」
「確認ありがとう。じゃあ遠慮なく、受け取ってちょうだい!」
「はい……貴重な物を用意してくださりありがとうございますと、国王様にもお伝えください」
俺はぺこりと頭を下げた。
ひとまず受け取った透明魔石を俺が【アイテムボックス】へしまったあと、3人で軽く雑談する。
なお前日に国王から提案された爵位授与と見合いの件については、「今は目の前で手一杯で、まだ魔王討伐後のことまで考えられないので……」という無難そうな理由で断りを入れたところ、ネレディは残念そうに「そう……気が変わったらいつでも言ってちょうだいね」と答えた。
ひととおり話を終え退室しようとした俺達に、ネレディが思い出したように言う。
「え!」
「なんて?」
ぐっと身を乗り出す俺とテオ。
「あなた達にだったら内容を言ってもいいとは思うんだけど……報告と一緒にダガルガから私宛に届いた手紙には、テオ宛にも同時に手紙送ったって書いてあったから、それを直接見てもらうほうがいいんじゃないかしら」
ネレディは、にっこりと微笑むのだった。
応接室を出た俺達は、急いでホール窓口の職員に声をかけた。
テオ宛のギルド便があるか確認したところ、ネレディの情報通り、エイバス冒険者ギルドのギルドマスター・ダガルガからの手紙が1通届いていたのだった。
一刻でも早く内容を確認したかった俺達は、ホールの片隅に設置された椅子席に陣取り、そこで開封することに。
昼過ぎのためホール全体も椅子席もがらんとしており、他の冒険者達に中身を見られる心配は無いだろうと考えたのだ。
テオがペーパーナイフで封筒を開け、広げた茶色い便箋を2人無言でのぞきこむと、そこにはダガルガらしい豪快な文字がびっしりと並んでいた。
書いてあった内容をざっくりまとめると。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●『小鬼の洞穴』確認作業および魔物の残党殲滅は完了。ダンジョンボスが復活したり、新たに魔物が湧き出したり等はこの1ヶ月には全く起きておらず、ほぼダンジョン出現前の状態へと戻ったこと。
●エイバス冒険者ギルドから、人々へ『小鬼の洞穴の安全宣言』を発表し、街は歓喜に沸いていること。
●同時に世界中の冒険者ギルドへ向け、安全宣言を出したと報告。ギルド便が届くまでの必要時間が各ギルド毎に違うため、地域によってタイミング差はあるものの、報告が届いたギルドから順に情報を公表していくだろうということ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゲームでは、ダンジョンが浄化され元の安全な場所へと戻ると、そこを管轄している冒険者ギルド――小鬼の洞穴の場合は、エイバス冒険者ギルドが管轄――から人々へ『安全宣言』が発表される。
さらに安全宣言後に少し時間をおいてから訪れると、ダンジョンだった場所が、徐々にかつての活気を取り戻していく様子も見ることができるようになるのだ。
俺はかつてゲームで、エイバスの街に『小鬼の洞穴 安全宣言』が発表された瞬間に立ち会ったことがある。
あの時は街中、特に職人街を中心にお祭りのような騒ぎになっていて、あちこちで皆が喜び合う姿が見られた。
便箋をじっと見つめながら、テオがつぶやいた。
俺も「ああ」と答え、そしてエイバスへと思いを馳せる。
「私も座っていいかしら?」
ふいに声をかけられ、俺とテオが顔を上げた。
そこにいたのは、先程まで一緒だったネレディ。
「はい、大丈夫です」
「ありがと。じゃ、お邪魔するわね!」
俺が答えると、ネレディは空いた椅子へと腰かけた。
すぐにテオがたずねる。
「ネレディ、どうしたんだよ?」
「たまたまホールをのぞいたら、あなた達の姿が見えたの。それより今読んでた手紙、ダガルガからだったんでしょ?」
「はい」
「どうだった?」
「……たぶん、ネレディさんの想像通りの内容かと!」
「俺もそうだと思うぜ!」
ネレディも「でしょうね!」と笑顔になり、言葉を続ける。
「小鬼の洞穴の件については、トヴェッテでも公表する準備を進めているわ。今の感じだと明日の朝刊にも載りそうだから、大半の人はそれで知るんじゃないかしら。おそらく他の地域のギルドでも報告が届き次第、同じように公表していくはずよ」
「3年前に各地の魔物が狂暴化し始めてから安全宣言が出されるのって、世界でも今回が初めてだからさー、特に西の……魔王の力が強いエリアの人々にとっちゃ、すっごい希望になるよな!」
「ええ、そうでしょうね。数日後にはフルーユ湖の安全宣言も予定してるし、間違いなく世界中が騒ぎになるわよ!」
嬉々として語り合う2人。
テオもネレディもお互いに、色々と思うところはあるのだろう。
だけど目の前の彼らの明るい笑顔には、嘘があるように見えなくて……本当に心から喜んでいるような気がしたのだ。
話のきりがよいところで、ネレディが立ち上がる。
「さて、そろそろ私は仕事に戻らなきゃ。2人はこれからどうするの?」
「トヴェッテでの用事も済みましたし、明日の朝には出発する予定です」
「あらそう。明日は色々バタバタしそうで見送りにはいけないけれど、タクトもテオも気をつけていってらっしゃいね。ちなみに次の目的地は?」
「少し寄り道してから、ニルルク村方面に行こうかと思ってます」
嬉しそうに「まぁ!」と声を上げるネレディ。
「ニルルク村ならムトトが住んでるはずよね……テオ、もしムトトに会ったら、よろしく伝えておいて!」
「OK!」
ネレディは自分の仕事へと戻っていった。