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「真澄隊長まだぁ〜?」
飲みの席で四季が頬をぷくっと膨らませて、拗ねたようにそんなことを言う。四季を可愛がっている大人たちは一様に頬を緩ませ、もちろん馨も例外ではなかった。
ちなみに席の配置は馨から見て、目の前に四季、その両隣に無陀野と京夜、自分の隣は紫苑とまだ姿の見えない真澄となっている。
「ごめんね四季くん。もう少しで来るから待っててね」
馨は四季の頭を優しく撫でて微笑んだ。
「馨さん、さっきもそれ言ってたもん!」
「イレギュラーがあって任務が長引いたせいでその後の事務処理に響いてるんだ。いい子だからそんなに拗ねないの、ね?」
「四季、あまり馨を困らせてやるな。そんなにむくれてかわ……みっともないぞ」
「ダノッチ今頑張ったね。頑張って抑えたね。でもめちゃめちゃ四季くんのほっぺた撫で回してるよ。気持ちはわかるけど。めっちゃ可愛いから」
「ウケる。京夜先輩もじゃないっすか。寂しいなら俺が慰めてやんぜ、一ノ瀬」
紫苑が四季に触れようと伸ばした手を馨は容赦なく叩き落とす。無陀野と京夜はまだ許せたが、紫苑は許せない。なんというかオス感が強すぎてあまり近寄らせたくない。拒否反応が出てしまう。
「触るな紫苑。汚れたらどうするんだ」
「な〜んで俺はダメなのぉ?お前と違って滅多に会えないしもっと可愛がりたいし癒されたいんだけど?」
「純真無垢で天使みたいな四季くんにお前が触れるなんて烏滸がましい」
「何その思想怖すぎ。限界オタクかよ」
「目に入れても痛くないくらい可愛い後輩だからだらしなくて性欲魔人のクズからは守らないと」
「もしかしなくても俺のこと言ってんの?」
「そうだけど」
「一ノ瀬が手に入るなら品行方正に戻るから安心しろ」
「真澄隊長が居るから一生無理だな諦めろ」
「こっちは隙を見せればかっさらう気満々だぜ。つーか真澄先輩もよくこんな無防備なやつ1人にしておけんな。俺だったら絶対出来ないわ」
「もともとはそう面倒な任務でもなかったし、集合時間には間に合う予定だったんだよ」
「あっそ。今のうちに口説いとこ」
「紫苑」
馨と紫苑が言い合いをしている傍らで、無陀野と京夜はひたすらに四季の頬を愛でていた。撫でたり、つついたり、むにむにしたり。されるがままになっている四季は1人の世界に入っていて抵抗する様子もなかった。真澄がこの場面を見てしまえばキレそうなのでそろそろ止めないといけない。どのタイミングで割り込もうかと馨が思案していると、アルコールの回った京夜の悪い癖が出た。
「あー、四季くんにキスしていい?可愛くてたまんない」
「絶対にやめろ。殴り飛ばすぞ」
「でもダノッチもしたいでしょ」
「したいかしたくないかで言えばしたいが、お前と違って理性があるからしない」
「一回くらい味わってみたいと思わない? 見てよこのちっちゃくてツヤツヤで柔らかそうな唇。ほんとに美味しそうで食べちゃいたい。たまには本能に従ってもバチは当たらないと思うんだよね〜。しかも今まっすー居ないし?チャンスだよ」
「……」
「あ、揺れてる揺れてる」
無陀野が京夜のセクハラ発言に揺さぶられている。憧れの先輩のそんな姿など見たくない。ギリギリ理性が勝っているようだけど、無陀野は四季の唇を凝視していた。中々にまずい状況だ。
「……おい、あっちの方がヤバくね? 俺より先輩たちどうにかした方がいいだろ。京夜先輩とか超セクシーで獲物狙う顔してんぞ。マジで一ノ瀬が襲われる5秒前」
あの紫苑までもが若干引いている。今後は紫苑だけではなくて先輩たちにも目を光らせておこうと心に決めた。何かあってからでは遅い。アルコールの影響もあるだろうが、もっと理性的な人たちだと思っていたのに。
「ダメですよ花魁坂さん。あと無陀野さんを焚き付けないでください。真澄隊長に殺されますよ?」
「四季くんこっち向いて〜♡」
ダメだこの人。全然聞いていない。京夜は馨の忠告などまるで無視だ。四季にしか関心が向いていない。
さらに悪いことに、京夜の呼びかけで1人の世界から帰ってきた四季が反応して振り向いてしまった。咄嗟に無陀野が四季の腕を掴んで自分の方に倒す。同時に、本気で狙いに行っていた京夜の顔に誰かの手のひらが食い込んだ。やっと来たか、とホッと息を吐く。
「ナイスタイミングです、真澄隊長」
「お疲れっす、真澄先輩」
「げっ、まっすーじゃん。もうちょっとだったのに……」
「京夜ぁ……何がもうちょっと、だ? 無陀野テメェもそいつ離せ。どさくさに紛れて触ってんじゃねぇよ」
無陀野に引っ張られた四季はその腕の中にすっぽりと収まっていた。それへの苛立ちも上乗せされて、真澄の手に京夜の顔を握り潰そうとせんばかりの力が込められる。痛そうだなあと他人事のように思いながら、止めることはしなかった。どう考えても自業自得である。
「まっすー、いたっ、痛いって! 力強すぎ! 離して! もうしないから! たぶん!」
「俺は助けただけだ」
「ったく、油断も隙もねぇなテメェらは」
「真澄隊長遅い! 俺ずっと待ってたのに!」
「うるせーなこれでも急いだんだよ。おい京夜、俺がそこに座るからお前は向こう行け」
「えー……せっかく隣、勝ち取れたのに……」
真澄は動きたくなさそうな京夜の首根っこを掴んで無理やり移動させた。そうして真澄が四季の隣に座って片腕で腰を引き寄せ、無陀野との距離を開かせる。それが嬉しかったようで、四季の顔がパァッと輝いた。喜怒哀楽がわかりやすいこの後輩は、本当に素直で可愛い。今の顔、写真に収めたかったな。ここだけの秘密だがスマホのアルバムには四季専用のフォルダがある。
「えへ、大好き!」
「耳タコだな」
「ちゅーして!」
唇を突き出して迫る四季の顔を真澄がグググっと押し返している。人前でそんなことをやってのけるほど酔っている四季は顔が赤らんで目が潤んでいるし、酔いのせいで暑いからとシャツの胸元のボタンも大胆に外していた。真澄からお前が居ながら……と、言葉に出さずとも咎めるような視線を受け、馨は申し訳なさそうな顔で返す。やだやだと四季に抵抗されながらも、真澄はボタンを上まで留め直してやっていた。
「このバカが。俺が来るまでにどんだけ飲んだんだ」
「んー、わかんない! それよりちゅーしてくんないの?」
「こんなところでするわけねぇだろ」
「むぅ」
「帰ったらお望み通りにしてやる。だからダダこねるな。ちったぁ我慢しろ」
「はーい……」
「……まっすーも四季くんも俺たちの存在忘れてるね?」
「あ゛? 性懲りも無く人のもんに手ぇ出そうとする頭の悪いクソどもに見せつけてやってんだよ」
「うわ、俺ら4人めっちゃディスられてるっすよ」
「さらっと僕を含めるな紫苑。3人だよ」
「……君もまあまあ失礼なんだけど」
お開きになって家に着く頃には四季の酔いはだいぶ覚めていた。遅れて来た真澄にお酒を取り上げられ、それからはひたすらに水を飲まされていたからだ。シャワーを浴び終わると、身体が温まったせいか途端に眠気が襲ってきた。欠伸が止まらない。
「ますみたいちょー、あがったよ」
「呂律回ってねぇな」
「ねむい」
「寝るな。俺が出るまでは起きてろ」
「……ふぁい」
とは言ったものの、まぶたが重くて仕方ない。すぐにでも寝たい。でも髪が濡れたまま放置すると叱り飛ばされるから頑張って乾かして、呼ばれるように寝室に向かってベッドに潜り込む。四季の意識が完全に落ちかけた時、突然身体がひんやりとした冷気に晒された。
(な、に? さむい)
「おい。起きてろって言っただろ」
目を開けると、さっきまで四季が被っていた布団が真澄の手にあった。寒かったのは奪われたせいか。
「ひどい」
「ちゅーしてって駄々こねてたのは誰だ」
「もーいい。それよりねみーの。ねる」
「残念だったな。寝かせねぇよ」
「やだ」
「お前に拒否権はない。前にも言ったはずだが忘れたのか?俺の居ないところでの酒は控えろって。無陀野には抱きしめられて京夜にはキスされそうになってた挙句あいつらの前で肌まで晒しやがってこのクソガキが」
真澄に低いトーンで詰められた四季はようやく怒らせてしまっているのだと悟った。経験上、こういう時の真澄が言うことは決まっている。
「仕置きが必要だよなぁ?」
ほら、やっぱりそうだ。予想していたセリフを言われて、一気に眠気が吹き飛び四季の顔が青ざめていく。これから起こるであろうことに恐怖を抱いているのだ。
「ご、ごめんなさい」
怯える様子を見て真澄は口の端を吊り上げる。
「優しくされるのがいいか激しくされるのがいいかどっちか選べ」
四季はこれまでにそのどちらも経験済みだ。大差ないほど辛い。優しくというのに騙されてはいけない。おかしくなりそうなほどに焦らされ続けてイカせてもらえない。激しくはもうそのままの意味。際限なくイイところを責め立てられイカされ続ける。結局、どちらを選んでも手酷く抱かれることになるのだ。泣いて謝っても、どれだけお願いしても許してもらえないし、真澄の気が済むまで離してもらえない。本音を言えば逃げ出したいけどそんなことをすればもっと酷い目に遭わされる。それも一度経験済み。あんな地獄はもう二度と味わいたくない。四季の中でトラウマになっている。
四季は腹を括って、震える唇を開いた。