(どうして、トワイライトがここに?)
突然現われたトワイライトに困惑しつつ、彼女の登場は聖女のようだとも思ってしまった。いや、聖女なんだけど、その佇まいや仕草、舞い散った花弁、笑顔――――でも、違うのは、その濁った瞳だった。その瞳のせいで、全てが台無しだった。以前までの彼女とは似て非なる存在になってしまったのだと、嫌でも分かる。
「ああ、お姉様。そんなに怖がらないでください。私は、お姉様に危害を加える気は全くないので」
「……信じろって言うの?」
「お姉様なら、私を信じてくれますものね?私のこと、大事な妹だって思ってますものよね?」
と、トワイライトは譫言のように言う。私に言っているのか、それとも彼女の中に存在する理想の私に言っているのか。その線ひきが曖昧なようにな気がした。
どちらでも私は構わないけれど、今のトワイライトからはゾッとするものしか感じない。以前の彼女はもういない。そう思うと苦しくなったけれど、今彼女と戦ってもどうにもならないことぐらい分かっていた。
「何しにきたの?」
「言ったじゃないですか、お姉様。私はお姉様の味方だと。ですので、お姉様に嘘をつく輩の嘘を、訂正しに来たのだと」
「嘘って、グランツの事?」
「はい、そうです」
にこりとトワイライトは笑って手を叩いた。
結局意味不明なままだった。けれど、このタイミングで彼女が現われると言うことは、グランツとトワイライトは繋がっていると言うことになる。前々から、少し可笑しいと思っていたけれど、もしそうであるなら合点がいく。
グランツがトワイライトに情報を流していたら。そうかんがえると色々と辻褄が合う気がした。先ほどのグランツの言葉通りのような気がする。
あの時、トワイライトが消えたときから、抱えていた違和感が、解消されるのではないかとも思った。
「グランツ、私に嘘をついていたの?」
「……」
「黙ってないで答えなさいよ。さっき言ったよね!? 裏切りはなしだって。アンタ、私を騙して楽しいの? いつからそんな奴になったのよ」
私はグランツに向かってそう叫んだが、彼は何も言おうとしなかった。ただ俯いて、その光の灯らない翡翠の瞳を揺らしているだけだった。磨りガラスのように、こちらからは、グランツの考えていることは詠めない。
「グランツさん、それはないと思いますわ。お姉様が傷ついているんですけど。どう責任取ってくれるんですか?」
「申し訳ございません。トワイライト様」
「グランツ、もしかしてだけど、あの時、あの日、トワイライトが攫われるの黙って見てたんじゃ無いの?」
そう私が言えば、グランツはバッと顔を上げた。その事実を肯定するかのように。グランツは私と目が合うとすぐに逸らした。
ブライトに聞けば、グランツはリースの暴走している間トワイライトが天幕から出て行ってそれを追いかけていったらしいが、帰ってきたとき無傷だったと。目にもとまらぬ早さで、トワイライトが攫われたのなら納得できるが、もしそうでないとしたら。トワイライトという主人を守る為に、死ぬ気で混沌に立ち向かっていくものじゃないかと。そりゃ、自分の命は大事だけれど、騎士ってそういうものなんじゃないかとも思った。
だから、後者の場合、帰ってきたグランツが無傷だったのは不思議だったのだ。何てこと無く、焦った様子もなく攫われたと淡々と告げたグランツ。違和感はあった。まるで、トワイライトが攫われたことをどうとも思っていないような。いいや、攫われたことに喜びを感じているようにも見えたから。
理由は分からないけれどわざとな気がしたのだ。
「黙ってたら分からないじゃん。訂正するなら訂正しなさいよ!」
「エトワール様……」
「お姉様、きっと聞いても無駄ですよ」
と、口を開いたのは、トワイライトの方だった。トワイライトは、私を哀れむように見て、その瞳に涙を浮べていた。悲しそうなのに、私の心にはちっとも響かない。
グランツは、きっと黒だろうし、トワイライトはそれをいうためだけにやってきたのかと、さらに混乱に混乱が重なって理解できなかった。
何も許せないし、何も考えたくない。今この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「グランツさんは、あの日私を逃がしてくださいました。勿論、それなりの取引をして。ですから、責めないであげてください」
「トワイライト、アンタはどっちの味方なのよ」
「勿論、お姉様に決まってます。ですけど、私にも叶えたい夢があるので、今はお姉様の側にいられないんです。混沌の完全復活に向けて、もう少し戦力を備えたいですし、まだまだ、お姉様と二人きりになるのは、難しいかも知れません」
そう、トワイライトは言った。何を言っているのか全く理解できず、もうあっち側に言ってしまったのかと、そっちの悲しみの方が強かった。
混沌の完全復活? 戦力? ヘウンデウン教を仕切っているのは、今やトワイライトなのではないかと、本当にラスボスらしいことをいっている。本来であれば、エトワールがその立ち位置だったのだろうけど。
(あまり、感情的になっちゃいけない。思うつぼだと思う……)
グランツもトワイライトにも言いたいことは一杯ある。でも、ここで何かを言っても彼女たちに響くわけないと思った。彼女たちは、自分の欲を満たすために動いているんだから。
「そう、矢っ張りグランツそうだったのね」
「え、エトワール様……何で。俺のことを疑っていたんですか?」
「というか、アンタが前にトワイライトの護衛騎士になるって言ったときから、アンタの評価は駄々下がりしてたのよ。それを、挽回するかと思って色々見てたし、私も落ち着いて話せると思ってた。でも、今回のことが本当なら、少しでもやましいことがあるなら、もう私はアンタを信じないって決めた。裏切られるのいやって言ったよね」
「エトワール様……」
グランツにそういえば、グランツは下唇を血が滲むぐらい噛んでいた。自分で招いた結果なのに、どうして自分は間違っていないのにみたいな顔を出来るのだろうかと、不思議で仕方がない。
どんな理由があっても、忠誠を誓ったのなら、主を裏切るような行為をしてはいけないと思う。裏切られる気持ちは、グランツも分かっているはずなのに。
「結局、アンタは何がしたかったの? トワイライトに情報でも流していたの? そうすることで、アンタのメリットはあったの?ラジエルダ王国の復活でも、願っていたの?」
「……俺は、そんなこと願ってません」
と、グランツは静かに言った。じゃあ、何なのかと。
自分の故郷の復活でもなければ、トワイライトへの忠誠のためでもない。なら何のためにこんなことをしているのかと聞きたかった。でも、グランツは答えてくれるような気配はなかった。そんなグランツを私とトワイライトは見つめていた。
そうして、これまで見えていた好感度がスッと消えていく。
(……え? どういうこと)
それは、あの時の暴走したリースのような。好感度が完全に消えて表示されなくなってしまっていた。ハートマークの隣には数字が表示されていない。
「…………今は、理解されなくてもいいです。エトワール様」
「何を」
「俺は、トワイライト様についていきます。俺にも叶えたい夢があるので。そのために、今は貴方の元を離れます」
「ちょっと、意味が分からない!」
何かを覚悟したように顔を上げたグランツの瞳は、光を受け付けないように濁っていた。隣にいるトワイライトと似たような瞳に、私はゾッと背筋を振るわせる。
今彼は、私に敵になると宣言したのだと。
でも、それが信じられなくて、信じたくなくて首を横に振る。
その間に、トワイライトはグランツの方へ歩いて行き、彼の手を取った。グランツはその手に額を当て、その場で忠誠を誓うように膝を折る。彼女たちの足下に転移魔法の魔方陣が浮かび上がった。
「ちょっと待って!」
「お姉様、大丈夫ですよ。また、近いうちに会えます。その時は、私のものになってくださいね」
私は手を伸ばしたが、トワイライトはそう笑うと、グランツと共に消えてしまった。
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