弧を描き飛んでいく木剣。
今ならグランツの気持ちが分かるような気がした。いや、分かるというか木剣が飛んでいく、手からすり抜け飛んでいく感覚というものを改めて知った。
しかし、そんな阿呆なことを考えているうちに木剣は見えなくなり、訓練場の方へ飛んでいった木剣はとうとう見えなくなってしまった。
そして、その数秒後…… 男性のドスのきいた声が響き渡った。
私は、恐る恐る木剣が飛んでいった先を見ると、木々をかき分けこちらに向かってくる男性の姿が見えた。
「誰だ! 木剣を飛ばした奴は!」
「ひぃいッ……!」
男性の声に私はビクつく。
男性は、 身長は高く、鍛え上げられた肉体が服の上からでも分かった。グランツのどちらかというと頼りない細い身体と真逆でがっしりとしており、一瞬岩に足が生えたものだと思ってしまった。
と、そんなことはどうでも良く、額には筋が浮かび上がっており、かなりご立腹の様子。
怒っている。確実に怒ってる。顔見なくても分かる。
そして、男性は私の目の前まで来ると立ち止まり私を睨んできた。
「す、すすすすすみませんでした! その、えっと、えっと……ひぇえ……!」
私は、かなりテンパってしまい挙動不審になりながら顔を上げることなく謝罪の言葉を並べるのに必死になった。
だが、謝っても許して貰えるような相手に見えず私はもう終わったと、頭の中で諦めていた。
「聖女だからって許されないですよね。木剣飛んできたら怖いですもんね。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「聖女だあ? お前がか? 聖女って言うのは、黄金の髪に純白の瞳を持つ女神の化身だぞ?」
その単語に私は過敏に反応した。
聖女だと疑われた事はこれが初めではないが、それでもやはりいい気はしない。ひいきするようで悪いが、攻略キャラ意外に聖女じゃない何て言われるのは矢っ張り嫌だ。
でもこの世界の聖女とはそういうものなのだ。
黄金の髪に純白の瞳……何もかもが真逆な私を、誰が聖女というのだろうか。
そんな事を考えていれば、男は怪しむように目を細めた。
それに私はハッと我に返り慌てて弁解しようとするが、次の瞬間私の前にサッと私を庇うような形で出たグランツの姿が見えた。
「何だよ、平民上がり」
「彼女は、聖女様です」
そう言ってグランツは男を見据えた。
男は、フンと鼻を鳴らす。
「そんなわけねぇだろ。平民だから、聖女のこと知らねえのか?」
「……」
グランツは黙ったままだ。
平民であっても、聖女の伝説については知っている筈だ。勿論、グランツは知っていた。
だから、きっと貴族の騎士である此の男が平民だからという理由で馬鹿にしていることを分かっているのだろう。
私は、聖女として転生召喚されたけど全く聖女について知らなかったわけだし……
それからも、男はグランツと時折私を馬鹿にするような発言をしていた。
グランツはそれに耐えながらも毅然とした態度で対応していたが、私の方は我慢の限界だった。
黙って聞いてれば好き勝手言って……
「私は、聖女よ! 確かに、髪や目の色は違うけど召喚されてこの帝国にやってきたの! そこの神官さんに聞けば分かる事よ」
と、私は神殿の方を指さした。
男は少し考えるような素振りを見せてから、鼻で笑いわざとらしく「それは、すみませんでした」と軽く頭を下げた。
完全に値踏みされたような目を向けられ、私は此の男に落雷でも落としてやろうかと考えたがグッと抑えた。
暴力からは何も生れない。
「それで、聖女様はここで何してたんですか? 木剣を握って、騎士ごっこでもしてたって言うんです?」
「……っ、グランツに剣術を教えて貰っていたのよ」
「この平民にですか?それなら、俺や騎士団長に教えて貰った方がいいですよ。此奴には何も出来ませんし、そもそも聖女様は守られる立場なんですから剣術なんて……」
私は、怒りを堪えるのに必死で何も言えなかった。
すると、それを察してくれたのかグランツが口を開いた。
しかし、グランツが何か言う前に男はグランツを小突いた後、私に向かって嘲笑するように言ったのだ。
見下し、嘲る。
「平民は、平民らしく税を納めてればいい。そして、女が剣術を学ぶなんて平民が騎士になるぐらい馬鹿げたことだ」
と、男は言うと腹を抱えて笑った。
此の男は本当に貴族出身なのだろうか。
そして、ブチンッと私の中の堪忍袋の緒が完全に切れた音がした。
「いい加減にして!」
私は、大声で怒鳴りつけてしまった。
男だけでなく、グランツも私の方を振返る。
「さっきから何なの!? 私が、聖女にみえないっていうのは分かった。もう、嫌と言うほどその目も言葉も投げられた。でも、グランツは関係無いじゃない! 平民だから何よ! 毎日一人で特訓して、まめが潰れるほど剣を振って……!」
私は、涙をこらえながら言葉を紡ぐ。
すると、男の顔にはありありと不満の二文字が浮かんだ。
「エトワール様、もう大丈夫ですから」
グランツは私の肩に手を置き首を横に振る。
そんなグランツの言葉に私はさらにイラけがさした。
(何で言い返さないの!? 馬鹿にされたのに、悔しくないの!?)
私はグランツを睨み付けた。
しかし、グランツはそれに反応することなくただ空虚な翡翠の瞳を私に向けるだけ。
そんなグランツの瞳には「これは仕方のないことなのだ」と自分の置かれた立場を、自分の身分を呪いながら受け入れているかのような悲しみが見えた。
その瞳を見て私は、胸が締め付けられる。
彼が何も言わないなら、私がグランツの代わりに言ってやると。
「アンタたちよりもグランツはよっぽど努力しているわよ! こんな私に優しくしてくれて、誓ってくれた!」
「此奴は、訓練にも参加しないような奴なんスよ?」
「……それは、アンタたちが平民平民って差別して参加できないようにしていたからよ!でも、彼は努力していたの!」
私は、怒りに任せて叫ぶ。
男は面白くなさそうに舌打ちをした。
「平民のくせに……」
と、男は漏らしグランツを睨み付ける。
グランツは向けられた憎悪たっぷりの瞳を見て、少しだけ頬を引きつらせた。
これだけ云われて悔しいはずなのに、彼は何も言わない。
きっと身分のこととか、反論したら騎士でいられなくなるからだとかそういう葛藤があるのだと思う。
悔しくないわけがない。
もっと、軽いものだと思っていたがいざ、グランツの置かれている状況を目の当たりにするとどうにかしないと……と思ってしまった。私に出来ることはそんなにないかも知れないけど……
けど――――――――!
「グランツは、私の護衛騎士になる男なのッ! 馬鹿にしないでッ!」
そう私が叫んだ瞬間、ヴン……と音を立ててシステムウィンドウが現われた。
そこには、
【メインクエスト:平民上がりの騎士、グランツ・グロリアス『騎士への道』
報酬:グランツの好感度+10%】
と書かれていた。
クエストを開始しますか? とYESとNOのボタンが現われる。
(これだ……ッ!)
私は迷わず、YESのボタンを押したのだった。
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