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「紡さん、僕のとこに永久就職しません?」
「えーっと、今のところは、考えてないかな」
残念。なんて、肩をすくめるゆず君。
矢っ張り、これくらい大きなベッドじゃないと、成人男性二人は寝れないよなあ、何て思いながら、ゆず君のベッドの上で目を覚ます。寝癖のついたゆず君は、朝日を帯びて、その亜麻色の髪を輝かせていた。起きた途端にこんな格好良くて可愛い最高の顔があったら、口からキュンが出てしまう。
そんな、ゆず君の顔の良さに見惚れながら、俺は、本気で言ったのか、冗談で言ったのか、分からないゆず君の言葉を自分なりに咀嚼してみる。
「あ、いってなかった」
「何をですか?」
「おはよう。ゆず君」
「お、おはようございます。紡さん」
よかった、言えた。と、俺は、一人満足感を噛み締めて笑う。俺が笑った理由も、おはようといった理由も理解できないというようなゆず君はずっと首を傾げていた。
そして、その疑問を俺にぶつけるように小さな口を開く。
「おはようって、何でいったんですか?」
「何でって、おはようって俺が言いたかったから。おはようって言ったら、一日が始まったぞ、って感じがして良くない?」
「……紡さんって面白いですね。僕、そんなこと言う人いないので」
と、ゆず君は、ふはっというように噴き出した。
ああ、そうか。ゆず君はひとり暮らしだったか。と、思い出して、何か、申し訳ないこと言った気もした。でも、言える相手がいるのも、おはようって声に出すのも、一日が始まるぞって感じがして良いものだと思っている。でも、まあ、俺も起きて隣に誰かがいた、なんてことはこれが始めてかも知れない。
幸せな朝。
「これって、所謂朝チュンって奴ですよね。いや~始めて経験したかも」
「あさ、ちゅん……」
「はい、朝チュンです」
なんて、満面の笑みで言うゆず君に困惑が隠せない俺。
きっと、言葉の使い方は正しいのだろう。でも、その言葉が俺とゆず君にあうかといえば、あわないかも知れないって俺は思う。俺と、ゆず君の関係には不釣り合いな言葉。違う、それは、もっとそういう関係になってから使うべきなんじゃないかと。そんな関係、一生なれない気がするけど。
ニコニコと向けられる笑顔は、朝日よりも眩しくて、俺は、思わず布団に潜ってしまった。心臓が煩くて、耳で拾えるほどなんじゃないかって思ってしまったから。聞かれたくないって必死に隠す。
「紡さん、どうしたんですか? 顔みせて下さいよ」
「い、今はダメ!」
「本当に、恋人みたいって思っちゃいました。何回いいですよね。こういうの」
と、ゆず君は俺のきも知らないでいうのだ。俺の心覗いたらきっと、気づくだろうけど、そんなこと現実的ではない。
俺はそろっと布団から顔を出す。すると、まだそこにゆず君の顔があった。二つの宵色が俺をじっと見つめている。
「紡さん」
「な、何、ゆず君」
「紡さんさえ良ければ、またこうやって泊まりに来てくれませんか? 僕の家。どうせ、またゴミ散らかっちゃいそうですし」
「俺は、ゆず君のお母さんとか、家政婦じゃないから」
「そうじゃなくて」
ゆず君は慌てて俺の言葉を遮った。
何かと思って、布団から顔を出せば、頬をかきながら、恥ずかしそうにしているゆず君の顔が見えた。今までに見たことない、きっと素の顔のゆず君が。
演技なんてこれっぽっちも入っていない顔が、そこにあった。
「甘えてるって、なんか、ちょと自覚はあるんですけど。紡さんがいてくれたら、嬉しいなって。今日みたいに、朝、起きておはようって隣で言ってくれたらすっげく……凄く嬉しいなって思って。あの、提案、ですけど、どうですか」
と、ゆず君は、おずおずっと俺の方を見た。宵色の瞳は、潤んで、光を沢山集めて反射している。
その可愛らしさに、思わず、ズギュンと今までに聞いたことのない音で心臓が撃ち抜かれる。
計算された可愛さのその上を行く可愛さ。
俺が見る初めてのゆず君の顔。今までの中でトップオブトップに君臨する可愛さ。
それと、その可愛さだけじゃなかった。
(うるさ……過ぎる)
さっきよりも早く、強く心臓が脈打っている。今にも飛び出して、足をはやして歩いて行きそうなほど心臓が煩かった。その場に収まっていられないというくらいに。ゆず君にこの音がバレていたらどうしようって、さっきよりも強く思ってしまう。バレたら、恥ずかしいし、こんな感情を彼に抱いて良いものなのかと。それに、俺は可愛いものが好きだけど、女の子が好きで。BLでいうならノンケで。
頭が回らなくて、変な言葉まででてくる。もう、どうにかなりそうだった。いや、どうにかなっている自覚はあった。
顔も、耳までも真っ赤だったと思う。だって、それって――
「じ、自宅に持ち帰って検討させて! ゆず君!」
本気の告白みたいじゃないか。
「あ、はい。えっと、お願いします?」
と、ゆず君はいきなり大声を出した、俺に怯えつつも、眉をハの字に曲げた後、フッと笑って俺に応えた。