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「わしは奥原という。まあ村長みたいなもんじゃ。ここはチダ村と呼ばれておる」
老人、奥原は落ち着いた声で名乗った。
「村長……いや、長岡、お前が質問しろ」
「え? ぼ、僕がですか?」
梶は無言でうなずく。仕方なく努が村長に質問を始めた。
「えーっと、どうして村から出られないんですか?」
「ふむ……正直わからん」
「わからないって、そんな……」
「いや、原因はわかっておる。わからんのはその原理じゃ」
「原因ってなんですか?」
「まあまて、まずはこの村がどういうものか説明してやろう」
そう言って村長の奥原はお茶をすすった。つられて努も渡された湯飲みを口に運んだ。薄くて苦いお茶だったけど思えば半日ぶりに口にした飲み物だったので十分おいしく感じた。
「森には妖怪が住んでおる」
ネットでいくつも都市伝説や怪談話を読んだ。この異常な状況にも少しは慣れたつもりだった。
「はあ?」
しかし、さすがに奥原の言った言葉は理解不能だった。
「妖怪って、それ」
「まあ聞け。妖怪と言ったが、わしらはアオ様とお呼びして畏怖しておる」
聞いたことのない名前だった。
「昔、もう何百年も昔からアオ様の妖力でこの村は外から隔離されておるんじゃ。道を抜けようとしても村に戻ってくるし、森を抜けようとするとアオ様に殺される」
「殺されるって、こ、この村にいて大丈夫なんですか?」
背筋が寒くなって努は温かい湯飲みを両手で握りしめた。
「村には入ってこないから森に……森の奥までいかなければ大丈夫じゃ」
「そんな……」
困惑顔で梶を見たが梶は表情を見せず怒っているのか呆れているのかわからない。ただ真剣な表情で奥原の話しを聞いている。
「そんな、妖怪ってそんなこと……」
「長岡、落ち着け。質問を続けろ」
「あ、はい、えっと……」
梶に窘められて努は小さく深呼吸をした。あれこれ考えるのはあと。まずは出来るだけ今の状況を知らなければいけない。
「その妖怪って、ああ、アオ様でしたっけ? どんな姿で、あと、どんな力があるとか教えてもらえますか」
「姿は正直わからん。森で出会ったものがみな殺されておるからな。伝承では大きな猿のような姿をしているそうじゃが」
「それって本当に大きな猿なんじゃないですか?」
「さあのう。それはわからんが、この村から出られんのじゃから正体がなんでも妖力は本物じゃのう」
「そうですか……」
もう少し妖怪のことを聞きたかったけど姿を見たことがないならこれ以上あまり情報も得られないと思い妖怪のことは後回しにすることにした。
「えっと……夜ってどこにいたんですか?」
村や村人の情報も欲しかったが、それ以上に昨夜のことが気になった。それは梶も同じだったのか努を見て軽くうなずいた。
「夜か……」
しばらく奥原は無言だった。
「わからん」
「わからない?」
「夜……寝ている間は消えていることがあるらしいが、わしらにはわからんことじゃ」
「……なるほど」
そう言われてしまうとどうしようもない。ただ隠れていたりしたわけではなさそうだった。
努が次の質問を考えていると突然携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「悪い、ちょっと待ってくれ」
梶は胸のポケットから携帯電話を取りだして耳に当てる。奥原は静かにうなずいて自分の茶碗にお茶を注いだ。努がお茶を飲み干すと努の湯飲みにもお茶を注いでくれた。
梶の湯飲みを覗くとまったく減っておらず一口も飲んでいないようだった。
「ああ、もう少しかかる」
梶の電話はすぐに終わった。
「失礼、続きを聞かせてくれ。長岡、続けろ」
「あ、はい……村のこと、大きさとか人数とかどうやって生活しているとかを教えてもらえますか」
あまり重要なことではなかったが次の質問を考えるまでのつなぎで訊いた。
「大きさか……まあ見たとおり小さな村じゃ。一時間もかからずぐるっと一周できるじゃろ。村人は50人ほどかのう。みなで畑を耕したり川や森の浅いところで採れるもんで何とか生活しておるよ」
「そうですか……」
半ば聞き流しながら次の質問を考えていた。確かに訊きたいことは山ほどあるが老人相手にあまり長話も悪いし、何より一度情報を整理したかった。
「とりあえずあと二つだけ訊きたいんですが」
奥原というより梶に確認するように訊いた。奥原も梶も無言でうなずく。
「えっと……迷い人でしたっけ? 僕らみたいにこの村に迷い込む人は時々いるんですか?」
「ああ……といっても前に来たのは40年か50年くらい前じゃがのう」
「そんなに前ですか……」
「うむ……次で最後かな?」
「ええ、とりあえずですが」
「うむ、気になることがあったら何度でも来たらええ」
「ありがとうございます。最後の質問なんですが……その……」
「なんじゃ、なんでも訊いてくれ」
話しにくそうにしている努に奥原は優しく微笑んだ。
「はい、あの……この先の広場にある建物はなんですか?」
努はしまったと思った。奥原は繕うこともなく厳しい表情に変わる。
「あれを見たのか?」
「あ、はい、す、すいません……」
奥原の鋭い視線に怯えうつむきながら謝る。
「拷問をするための場所だな?」
怯える努に代わって梶が口を開いた。さすがにヤクザ、怯えている様子は微塵もない。
「うむ……」
その堂々とした態度はむしろ奥原を気押していた。
「理由は?」
「……村のためじゃ」
奥原は絞り出すように言った。どこか落ち込んだ様子で力なくうつむいている。その姿は年相応のくたびれた老人だった。
「わかった。長岡、行くぞ」
「あ、はい。あっ、どうもありがとうございました」
奥原に頭を下げて梶を追ってそそくさと家を出た。すでに梶はトンネルに向かって歩いており努は小走りで梶に追いついた。
「村長の話、どう思った?」
すぐに梶は訊いてきた。
「えっと、全部は信じられない気はしますが信じられる部分もあるかと」
「例えば」
「あれくらいの老人が妖怪がいるなんてことを真剣に話すなんて、よほどのことかと。あと、村から出られないというのもウソをつくメリットがないように思います」
「なるほど。村長についてはどう思った?」
「どうって……」
「途中でわざと電話をかけるように木村に言っておいた。村長はそれを見て驚きもしていなかった」
最初は言っている意味がわからなかった。
「あ……本当だっ」
少し考えて、そして気づいた。
「確か40年とか50年くらい外の人は来てなかったって言ってましたもんね!」
努は少し興奮気味になっていた。
「それともう一つ、あの老人のズボン」
「え? まあ確かにアンバランスというか……」
努は慎重に考えた。梶は時々試すような質問をしてくる。それはこの状況で自分が役に立つ人間か確認しているんだ。そう思った。
「奪った……ということですか?」
「そう考えるのが妥当だな。ここが本当に隔絶された村なら衣類も貴重品のはずだからな。もしかすると殺して奪ったのかもな」
梶の言葉にブルッと背筋が震えた。すっかり明るくなったのどかな村もやけに寒々しく感じる。二人はそのまましばらく無言で歩いた。
「日本神話。イザナギが黄泉の国にイザナミを迎えにいったとき、イザナミはすでに黄泉の世界の食べ物を口にしたから戻れないと答えたそうだ」
梶はまた突然そんなことを言った。努は何のことか考えたが答えが出たのは車が見えた頃だった。
「僕、さっきお茶飲んじゃいましたよ!」
ほとんど叫ぶように言った。確かに梶は奥原に出されたお茶を一口も飲んでいなかった。
「なにか体に変化があれば報告しろ」
「ひどいッスよ……」
「長岡、考えろ。お前の武器はそれだけだ」
ふて腐れる努に梶は車を見つめながら言った。
「はい……」
梶に比べて自分は安易な行動ばかりしていると少し恥ずかしくなった。
コメント
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第8話、読みました。村の秘密が少しずつ明らかになる感じ、すごく引き込まれました。奥原さんの「妖怪・アオ様」の話、最初は信じられないけど、彼の真剣な様子に説得力があって…。でも最後の梶さんの分析、特に「お茶飲んじゃいましたよ!」ってなる展開、ゾッとしましたね。努くんの純粋さと梶さんの冷静さの対比が光ってて、次が気になります。
#怪異
イキリ火の玉
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