ごく自然に、当たり前のように言う。
真衣香はそんな坪井にドキドキと、そして少しの胸の痛みをもらった。
(慣れてるよね、女の子の好きなセリフ熟知してるっていうか)
これまで彼氏のいなかった真衣香にとって教科書といえば優里の経験談と、恥ずかしながら少女漫画などの類だ。
思わず、そこから出てきたのか? とバカなことでも錯覚してしまいそうなほどの言動や行動。
まだまだ胸を張って隣を歩けそうにはないけれど。
「てか、バケツ持ちながら話すことじゃないよね。 ほら、立花行こーよ」
坪井が真衣香に笑いかけた後、歩き出す。
その背中を見つめた。
後を追うように、ついていくことは、できる。
例えば今の真衣香にまだ胸を張る自信がなくても。
可愛いと言ってくれる坪井の言葉を真っ直ぐに受け取って。
そしていつの日か自信を持って隣にいられるように。
そんな密かな願いを見つけた。
見慣れたエレベーター近くの小窓から朝陽が差し込む。
陽に照らされた坪井から目が離せない。
チャコールのスーツにサックスのシャツ、黒の革靴。
なんてことない、会社にはそんな男性がたくさんいる。
それなのに坪井の存在だけが真衣香の心を強く揺さぶるのだ。
(……恋って、不思議かも)
自然と心の中から湧き出た言葉に驚きながらも、それは真衣香の全身に広がるように染み渡った。
そして、実感する。
金曜日の夜、ドキドキする自分を納得させたくて恋だと信じようと真衣香は思った。
けれど、恋とは『思う』ものではないようだ。
行動の理屈や理由ではなく、気付けば溢れて止まらないもの。
それが真衣香にとっての、恋のようだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!