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初日は特段誰とも話を交わさず、帰宅することにした。僕の配属された1年3組では、序列やそれに伴うグループは存在しない。みんな2,3人で輪を囲んで、端から見ても全員が、賑やかな顔色をしていることが伺える。カップルの成立も、嘸かし容易いことであろう。
教室を出て、幸い玄関までは近いので、手際よく学校を跡にする。
圭の家との往復には、2人乗りの送迎車が宛がわれる。自動運転で、例の流線型の車体だ。国産の記に、100年前でも既に老舗であった、メーカーのロゴが付与されている。学校があるのは有楽町で、圭の家は月島であり、地下鉄でも抜群のアクセスである。ものの十数分で帰宅する。
家に帰ると、そこには圭がいる。この画を切り取られたら、三者一様に学生結婚だと回答する。この光景に物珍しさを感じなくなった自分に対する、恐怖の念に堪えない。しかし出来ることなら一人暮らしをしたい。寮でも構わない。
別にこの生活に不満はない。それどこか、旨い飯にありつける。だが万一、僕の理性とやらが暴発した時の保証がない。それに居候とは格好もつかない。表には出さないが、僕にだって、36-18年間長く生きているだけのプライドはある。彼女にその胸の内を話すことにした。
ただその話の前に彼女から一言、
「戸籍は無戸籍者として申告して、無事受理されました。これで貴方は、正式に2109年生まれの森叶さんです」
……その、無戸籍である当該者は居なくても平気なのか…?そこは伝という奴を信じよう。一先ずは彼女に助けられた。第二の人生一番の足枷は、早急に改善された。これまた感謝感激だ。
そして住まいの件は、
「あの学校に寮はありません、一人暮らしをするにしても、金銭面の垣根があります。そこでやはり最も合理的なのは、現行の同居生活だと私は思います。」
「それは僕にとっての合理的で、圭にとっては障害物…というか…。」
「別に私は不快でなければ、叶さんを障害物とも思っていません。むしろ楽しく可笑しく居住生活をすることは、私にとっても、孤独を解消する一手なのです。それでも一人暮らしを希望されるなら、またお話下さい。」
言いくるめられた節がある。あんな言葉を列挙されたら何も言えない。好意すら持ってしまう。しかしそれは駄目だ。駄目なものは駄目だ、落ちつこう。加えて彼女の優しさに漬け込んでいる、僕の卑劣さだって感じる。心の整理は、微妙に整頓されない。でもいずれは……
……結局、移住の件は、暫し御蔵入りとなってしまった。
8月21日は午後に授業が無い。そもそも今日が華の土曜日であり、かつ教師の皆々様も高位の御方だからか、やること為すこと多々あるのだろう。
授業ではやはり、生物の範囲が若干楽しい。普通の学校であれば、この時期に塩基配列の分野だったりをやるのだろう。が、この学校と来たら、医師国家資格に向けた講座を行が行われる。生徒は止血法や薬品の暗記、手術の術式まで幅広く学ぶ。そこで驚いたのが、どうやら手術の際には、AIの併用が義務付けられたようで、AIと人間の意見の相違に関する、優先順位等々を習わされる。一筋縄で立ち向かってしまえば、国家資格は永遠にお預けだ。
放課後、昨日同様帰宅の路に進もうと行動に移る。そろそろ誰かしらと交流を試みる頃合いであるが、どうにも話の口実が見つからない。悩み事が噴出して、一人、今後の方針を策定していたその時、背後に何やら人の圧を感じた。すると突然、
「森くん、今日この後暇だったりする?」
クラスメイトが話し掛けてきたようだ。振り返るとそこには、僕より一回り小さな、シンデレラ体型の白髪美少女が突っ立っていた。そして特筆するつもりはないが、成長が著しい。素の美人の魅了に圧倒され、今にもぶっ倒れそうだ。展開としては、恋愛物の創作物系と概ね等しい。
なおその後ろには、美男子と美少女が2名ずつ付随している。顔から品が滲み出ている。顔面と性格に相関でもあるのだろうか。
実は今日この後、暇で暇で仕方がない。圭が週に一度の調査に出てしまった。そういえば彼女と出会った日も、確か彼女は調査の帰りであった気がする。調査内容は、顔立ちが秀でていない、後期高齢者の方の御自宅訪問、とか言っていた。話し相手にでもなれば、彼らの孤独死のリスクは、必然的に抑えられるのか。通りで圭が、初対面の頃から饒舌だった訳だ。夕飯頃には帰宅するそうだが、それまでは超を絶する暇を持て余す。そのため、
「結構なまでに暇です」
「それはかなり暇そうね。ね、今日これからクラスメイトの何人かで親睦を深めたいんだけど、森くんはどうかな…?」
顔も心も一級品で、これじゃブスには勝ち目無いよ……。
ただ一つ、有り難いのだが問題が生じる。そう、金がない。彼ら彼女らに支払い能力はある、ゼッタイにある。だがそれは僕が貧乏人であるレッテルが、学校卒業まで付きまとうことを意味する。さあ困った、非常に困った。
そして僕が下した英断は、
「ありがとうございます、楽しみで今日は夜しか眠れません」
「それなら多分疲れて爆睡するわね」
…いやだって、太平洋が土下座を自発的に行う程度の、広い心の持ち主であろうし。彼らにとっては、たかが金であろうし。
都合のよい解釈をして、無事で済むかは不明瞭だが、態々断るほど酷なものはない。
そうと決まれば話は早い、とのことで白髪女子は鞄からトッチを取り出し、何処かへ連絡を取る。この黒髪女子の名は、坂谷夢花という。身辺の生徒の様子をみる限り、クラスのまとめ役的存在とみた。2025年換算で、陰キャにも優しい一軍陽キャラと判定した。まあ自信の塊である彼ら彼女らは、全員が陽キャラであろう。財閥は復活したと丁度授業で学んだが、彼女もご令嬢という奴なのか。その点まだ僕の2125年の無知といったらない。
そうこう頭を巡らせていると、美男子の御二方が話し掛けてきた。
「僕は落合結希人、まさか学期途中から入る子がいるなんて、思いもしなかったよ。優秀」
語り口調的に、彼はカリスマ性を秘めている。髪は、これ何色だ…?薄い色の金髪のようだが、この学校は何かにつけて自由が利く。
「そして俺は木場則男、親が木場セメントの会長だから、土木工事の相談は俺に託すが吉だ。まあ気軽に生きていこうぜ」
まるでどこかの日本の総理大臣のようだ。一軒家の整備の時にでも頼らせて頂こう。
彼らは新入生の僕に対する立ち振舞いが、非常に秀麗である。これが上部だとしても構わない。
……これは僕もある程度の所作は、学んでおくべきなのかもしれんな。
一方で残りの女性陣は、僕とは特に何も語ろうとしない。彼氏でもいるのだろうか。束縛の強い彼氏を持つと苦労するであろう。見極め力の無い女子は格好の餌食である。……論理が飛躍し過ぎた。
正門の前に校舎前に、黒塗りリムジンが停まっている。これは流行りの流線型ではなく、100年前のと比較しても瓜二つである。まさかとは思い彼女を先導させると、この車に乗り込んだではないか。金の香が漂う。さて僕は一体、何処へ連れていかれるのであろうか。
暫く走行する。速度は昔と変わり無い。圭と歩いた脇の道路は、高速道路だったのであろうか。
やがて、車のパーキングブレーキが入れられる。そして目線を窓の外に向けると、その先にはある漢字六字が羅列していた。
―――至上党党本部―――
一旦おさらいしよう。この学校の学徒とやらは、皆顔立ちが優れており、それはつまり、高位に就いている家系であるということ。そして至上党とは、そんな輩の集いである。
……あ、これは、やっちまった