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…一応招待された身分だし、言い訳はできるよな。僕は別に何処かの党に属するわけでもない。当たり障りはない…よな。
勝手な確信の元、車から下りると、
…嘘だろ、これが党本部なのか。
そこにはルネサンスを想わせる宮殿が建っていた。民衆党が低層ビルの一角にあったもんで、ここまでの格差には驚きを隠せなかった。民衆党が地区の教会なら、至上党はサグラダ・ファミリアだ。どこから金を拠出しているのか甚だ不明だ。政党助成金じゃ、こんな大層な建造物は着工できなかっただろう。いざ宮殿を間近で目にすると、このような無骨、いや逆だ。高貴な例えが生じるようだ。
兎にも角にも坂谷についていく。中央口と思わしき扉に警察官が突っ立っており、若干部外者の視線を浴びて、無事内部に進入する。あくまでも侵入ではない、進入だ。
国会議事堂と大差ない美しい外観は、無論内装にも影響していて、長廊下には左右に小部屋が沢山用意されている。そして度々美人とのすれ違い(物理的)が起きる。この宮殿に用のある者は多い。
しつこいようだが、顔立ちが秀でている者は、高位に就いて有利に有利を重ねた人生を送る。すなわち至上党を支持してナンボなのだ。だから至上党党本部は、彼ら彼女らの謂わば精神的支柱。簡単に言えばここは故郷、実家だ。
…僕もそう振る舞うしかない。この広さに合わない窮屈さを感じる。これから何が待ち受けているのか。まさか、僕の行動を追尾されていて、民衆党との関係性から監禁、という可能性も考えられる。スパイに送り込まれている気分だ。
怖くて脚が震える。それも周りが気付かない小刻みで。重い足取りでも必死に歩みを進め、やがて突き当たりのある一室に到着した。いざ、扉が解錠される。眼前に広がる光景に、僕は更なる驚きを手に入れることになった。
…ん?なんだこりゃ
長方形の机上には、棒状のチョコ菓子にポテトチップス、その他大勢のお菓子達、そしてオレンジジュースを筆頭に、1.5Lペットが所狭しと敷き詰められていた。氷はないのに何故か冷気が目に映る。この不思議な現象に関心を寄せていると、坂谷は言葉を発する。
「やっぱ高校生ならお菓子パーティーでしょ!!」
そうだ、彼女らは高校生だ。しかもちょっと前までは中学生だった。何を見くびっていた。高校生水準の優しいおもてなしじゃないか。想像はただの空想であった。そして召し使いが僕を席まで誘導する。無論上座だ。椅子は合成の革ではなく、動物の毛を刈り取ったタイプのようだ。
そして坂谷がこう言う。
「森くんの栄光に……乾杯!」
栄光とは何なのか意味は分からないが、一先ずは彼女の歓迎に笑顔で応じる。落合と木場が話し掛けてくる。校内の時よりラフだ。ここまで急速に心を開くのは、僕が第三者から、強張っているように見えるからだろうか。そして他の女子二人はいまだに僕とは無口だ。嫌われる覚えは無かった。女心とはとてつもなく難しい。
食べ物の味は特に2025年と変化はない。多分、変化する理由が無かったからだ。美味しいか尋ねられて素直に美味しいと答えると、坂谷はほんのりと笑みを浮かべた。彼女が主宰したこの機会に、僕は非常に感謝している。たかが高校生の集まり、されど高校生の集まりである。青春の数年は、一生ものの宝である。彼女のこれ以上のことはない。が、彼女はここで、爆弾の投下を開始する。
「ねぇ、森くんの家系はどんな家系なの?」
…そんなものはない。この質問をする以上、彼女には高潔な血筋があるのであろう。僕は何も答えようがなかったので、
「特には…特筆すべき家系とか、ない、です」
「え!?そんな顔してて!?」
そんな顔とはどんな顔だ。詳しく聞こうではないか。…いや、それより彼女の家系を知っておいた方が、建設的な話題に繋がるだろう。
「そんな坂谷さんは、どのような家系でいらっしゃるのですか?」
「いらっしゃるなんて他人行儀ね。えっと、一応今うちのパパ官房長官なんだけど…、まさか知らない!?坂谷俊郎よ!?」
………ん?え、は?
言葉を詰まらせる彼女がトッチで映し出した顔は、過去に圭が僕に見せた、至上党の野郎三人の一人であった。この顔は間違いない。彼女を殺したら、僕は明日にでも、折角圭に作成してもらった戸籍を消されるだろう。
坂谷夢花は令嬢であった。この日本ではそう呼ぶのが正しいだろう。僕はどうやら敵対組織の娘と、仲を構築してしまった。まさかということは、日本で相当名の知れている男なのか。
坂谷は驚愕していた。僕は彼女の誇りを貶してしまった。申し訳が立たない。
僕は謝意の意味と、世間知らずと誤認されても面倒だったので、記憶喪失でこの世界の記憶が喪われたことを告げた。
「ごめんなさい。信じられないかもですが、僕は記憶喪失で一度この世界の記憶が喪われたのです。だからまだ無知が露呈してしまっているのです。」
すると彼女は椅子から立って、僕に目を向け憤りを含んだ言葉を発する。
「……ねぇ、まずさ、敬語やめない?それにちょっとビックリしただけで、別に謝ることでもないから。記憶喪失になってしまった過去を知らないで、変な顔しちゃった私も悪いけどさ。今日はあなたに楽しい思いを作って貰いたくて呼んだの。記憶喪失に一度なったんだから、尚更これから先の記憶は重要になるわ。だから今日からは、明るく朗らかに、力を抜いて楽しく過ごそうよ。ね」
父親共々の思想は品曲がっていても、彼女の根は優しい15歳だった。少し言い方に棘がある気もするが…。僕はこの変なギャップに興奮した。人由来の暖かみと、彼女の美貌との相乗効果は抜群である。
にしてもあるところにはあり、無いところにはない。立っていると何となくのラインが判明する。特別何とは言わないが。私的に、坂谷は抜群にモテる女だと思った。これは惚れる。
「…ありがとう。そういってもらえると、何か心の蟠りも消えたよ。」
「えぇ!?今まで蟠りあったの!?」
菓子類は美味しく頂きつつ、僕は男共と雑談し、坂谷はというと例の女子達と話に花咲かせる。特に女子特有の、顔と言動に表れない険悪な空気が漂ってはいない。益々避けられる所以を知らない。男共には流行りやトッチを教えてもらった。しかも解説付きで。流石は一流高校生である。あの顔面偏差値の狭き門を潜り抜けた資格はある。
時間はあっという間に過ぎて、帰宅の時を迎える。従者にもお辞儀をして部屋をあとにする。
にしても彼女はどうして高待遇で僕を故郷…、じゃなくて宮殿に呼んだのか。裏があると勘繰ってしまうのは悪い癖だが、どうもここまでの歓迎は目に余るものがある。僕が彼女の家系を知ってると思い、その権威を誇示するためだったのか。それなら合点はいくが、何かが引っ掛かる。一件僕に惚れた線を考えたが、圭のこともあり引っ込みは早かった。
帰りの車の中では緊張もとけ、眠気が襲った。目覚めたときには、既にそこは僕の住まいだった。彼ら彼女らにまた会おうと告げて、帰宅する。すると既に圭は晩御飯の支度をしていた。エプロン姿はいつ見ても人妻だ。僕の帰宅に気付いた圭は、
「お帰りなさい。何処かに行ってらしたのですか?」
官房長官の娘と党本部行って、お菓子食ってお喋りしてきました!なんて言うわけにもいかず、
「友達と近所でお菓子をつまんで…」
「お友達ができたのですね、それは非常に喜ばしいです!」
彼女はいつもの笑顔で僕を見た。本当に日だまりのような可愛い子である。日常の風景に安堵を覚え、夕飯、風呂、そして就寝の時を迎える。圭には今日の一件を、下手に詮索されることはなかった。
今日は一段と疲れた。この疲れはきっと青春の証なのだろう。転生前は知らなかった。笑いに走った僕は、笑い者に終わった。心の置けない親友は居なかった。いてほしかった。だが今日のこの機会は、僕の欠けたピースを埋めるには全く余裕であった。
……いやまてよ。
変な発想が、一瞬頭を過った。
―――彼女は普通の暮らしを演じているのではないか。―――
圭は僕の学校の生徒が、至上党と密接に関わっていることは知っているはずだ。しかも僕の服に、ワッペンが付与されていた話題はどうなった。完全に消えていた。自らの政治指針を語る場も、圭と出会った日以来存在したことはない。ただ普通の暮らしと化している。
僕なら彼女の立場でどうする。戸籍までの流れは同じでも、学校に通わせながら職に就かせるだろう。僕の自立を促すはずだ。最悪、僕との関係性は破棄してもよい。だっていずれは至上党に呑まれるのだから。理念を押し付けても無駄だ。
そして僕なら自分の金を叩いてまでして、異性に部屋を貸し、一緒に住まわせることはしない。そもそも顔面偏差値が高ければ、大手への就職難易度もそう高くはないだろう。事実、学校でも選り取り見取りと伝えられている。
善意で片付けるにしても、やはり圭の行動は不自然極まりない。また、何かが引っ掛かるのだ。
……もしかして、僕、利用されていたり…して…。
……なんてな。そんなハズはない。根拠も……ない……。
8月21日土曜日。今日の僕は、沢山の発見をしたようだ。