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リハクが相変わらず穴を掘っている。
ユンナ
「リハク様~軍師様の命令です」
リハク
「ほう」
手紙を見る。
「青野ヶ原?」
笑う。
「いい場所だ」
「丘がある」
「湿地もある」
「ここにしたんか。」
ユンナ
「200でできます?」
リハク
ニヤッ
「わしを誰だと思っとる」
地面を叩く
「丘を丸ごとつくってやるて」
青野ヶ原の丘は、昼間はただの草地に見える。
なだらかな斜面。
浅い川。
遠くに湿地。
だが夜になると、その丘に灯りが点いた。
松明。
老人たちが黙々と穴を掘っている。
シャッ、シャッ。
鍬の音だけが続く。
リハクは丘の上に立ち、腰を叩きながら地形を眺めていた。
「もう少し深くじゃ」
工夫の一人が答える。
「こんなもんでどうじゃ」
リハクは穴を覗く。
「浅い」
「矢を撃つ時、頭が出る」
「あと一尺」
老人たちは文句を言わない。
また土を掘り始める。
その周囲には、草を被せた小さな穴がいくつも並んでいた。
丘の斜面の至るところに。
トーチカ。
矢を撃つための小さな砦だ。
ユンナが丘に登ってきた。
「じいさん」
リハクは振り向かない。
「夜遊びか」
ユンナは呆れた顔をする。
「遊びじゃない」
「軍師様から伝言」
リハクの手が止まる。
「なんじゃ」
「ゼイオンは必ず丘に来る」
リハクはニヤリと笑った。
「ほう」
「軍師がそういったか」
ユンナが腕を組む。
「来るの?」
リハクは丘の斜面を指さした。
「くるだろうなあ」
「多分サイリスは相手を喜ばせて」
リハクは地面を杖で叩く。
「落とす」
ユンナは首をかしげる。
「なにそれ?さいてー」
それから笑った。
「戦とはそういうもんじゃ」
ユンナが苦笑する。
「嫌な話」
リハクは答えた。
「いししししっ
わしも落とし穴掘るの大好きじゃ」
それから丘を見渡す。
老人兵たちがまだ土を掘っている。
二百人。
誰も若くない。
だが手は止まらない。
リハクが叫ぶ。
「おい!」
老人たちが顔を上げる。
「夜明けまでに終わらせろ!」
「丘を丸ごと砦にするぞ!」
「帝国の黒騎兵が突っ込んできた時」
ニヤリと笑う。
「腰抜かさせてやる」
老人兵たちが笑った。
また鍬が動き出す。
シャッ、シャッ。
丘の土が少しずつ形を変えていく。
一晩で。
ただの丘が。
兵を隠す砦へと変わっていった。
遠くで風が鳴った。
リハクは空を見上げる。
「サイラス」
小さく呟く。
「ええ場所やのう」
それから笑った。
「この丘」
杖で地面を叩く。
「墓にしてはちとおおきいかの」
ヴァルガルド帝国軍本陣。
夜だった。
黒い旗が風に鳴り、焚き火が点々と並んでいる。
その中央で、ククス・ゼイオンは地図を見ていた。
青野ヶ原。
草原の中央に丘。
東に湿地。
西に浅い川。
ラディスが静かに言う。
「北砦が落ちません」
ゼイオンは頷く。
「知っている」
「将軍も討死しました」
「それも聞いた」
ラディスは続けた。
「軍監」
「グラツィア軍師サイラス・イシル」
「北にいます」
ゼイオンは少し笑った。
「やっと姿を見せたな」
机の上の駒を動かす。
帝国軍。
スカーレット軍。
エスカリオ軍。
三つの駒。
そして中央に、小さな青い駒。
グラツィア。
ラディスが言う。
「三国同盟は不安定です」
「カルドは信用できません」
「スカーレットも長くは動かない」
ゼイオンは駒を一つ倒した。
「それでいい」
「同盟は長く続く必要はない」
ラディスは地図を見た。
「青野ヶ原」
ゼイオンが頷く。
「そうだ」
ラディスは少し眉をひそめた。
「罠では」
ゼイオンは笑った。
「もちろん罠だ」
ラディスは黙る。
ゼイオンは続けた。
「サイラスは戦場を作る男だ」
「自分の勝てる場所に敵を呼ぶ」
指で丘を叩く。
「ここだ」
ラディス
「ならば避けるべきでは」
ゼイオンは首を振る。
「避ければ」
駒を動かす。
「サイラスの勝ちだ」
ラディスは理解した。
「戦場を一つにする」
ゼイオンは頷いた。
「奴は三国をまとめて潰すつもりだ」
「私も同じだ」
沈黙。
焚き火の音が小さく弾けた。
ゼイオンは立ち上がる。
夜の草原を見る。
遠くの丘を指す。
「戦場では」
静かな声だった。
「何が起こるかわからん」
少し間を置く。
「だが」
「戦場だけは嘘をつかない」
振り向く。
「進軍だ」
ラディスが頷く。
「青野ヶ原へ」
ゼイオンは最後に言った。
「サイラス」
夜空を見上げる。
「盤面を作ったつもりだろう」
小さく笑う。
「いいだろう」
「その盤の上で戦ってやる」
帝国軍の角笛が鳴った。
黒騎兵が動き出す。
青野ヶ原へ。
王城の一室。
窓の外では復興の槌音が響いていた。
焼けた王都は、少しずつ息を吹き返し始めている。
だがその部屋だけは静かだった。
バルディスは落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っていた。
扉が開く。
サイラスが入ってきた。
右袖の空いた軍衣。
左手には書状が数枚。
サイラスは穏やかに言った。
「バルディス殿」
バルディスは振り向く。
「何だ」
サイラスは少し周囲を見渡した。
「何かお探しで?」
「……」
「でも多分、来ませんよ」
バルディスの眉が動く。
サイラスは続けた。
「ヤギュウは死にました」
空気が止まる。
サイラスは淡々と話す。
「王都に賊が侵入したとき」
「その侵入経路は近衛隊に罪がかかるように仕向けられていました」
バルディスは何も言わない。
サイラスは窓の外を見た。
「ガイロも復興の過程で随分証拠を見つけたらしい」
「でも」
少し首を傾げる。
「おかしい」
バルディスの顔色が変わる。
「この工作」
「エスカミオ殿を犯人に仕立てることを目的にしているようなんです」
沈黙。
サイラスは続ける。
「でも何のために?」
「エスカミオ殿なら」
「そんなことをせずとも領地に戻って兵を挙げるでしょう」
「内部に間者を入れるなんて回りくどいことはしません」
バルディスの額に汗が浮く。
サイラスはゆっくり言った。
「で、思ったんです」
「この工作を命じられた人は」
「結局、使い捨ての駒だったんじゃないかって」
視線を合わせる。
「だってそうでしょう」
「エスカミオ殿を裏切らせる方が」
「何倍も難しかったはずです」
沈黙。
次の瞬間、バルディスが怒鳴った。
「どいつもこいつも!」
机を叩く。
「儂を馬鹿にしおって!」
顔は真っ赤だった。
「儂は建国七公の一人だぞ!」
「聖雄王と共にこの国を建てた由緒ある家の侯爵だ!」
「貴様のような若造に軽くあしらわれるいわれはない!」
サイラスは黙って聞いている。
バルディスは続ける。
「帝国から聞かされた話では!」
「エスカミオは帝国に寝返る!」
「それを売って処刑させれば」
「この国は儂が」
その言葉を遮るように
サイラスが言った。
「あっ」
軽い声だった。
「それ、私の嘘です」
バルディスが止まる。
「……何?」
サイラスは穏やかに言った。
「エスカミオ殿が帝国に寝返るという話」
「最初に流したの、私です」
バルディスの顔から血の気が引く。
サイラスは静かに続けた。
「洞窟から再起を図った聖雄王と」
「七人の兵士」
「その七人は後に領地を与えられ」
「建国七公となりました」
窓の外を見る。
復興の槌音。
「皮肉なものです」
「聖雄王の遺言のせいで」
「この国の仕組みは変えられずにいた」
サイラスはバルディスを見る。
「でも」
静かに言う。
「もう終わらせましょう」
近衛兵が入ってくる。
バルディスは力なく崩れ落ちた。
サイラスは振り向かない。
兵に命じる。
「お連れして」
扉が閉まる。
その翌日。
サイラスの元に報告が届いた。
バルディスは服毒したという。
サイラスは書状を畳み、机に置いた。
何も言わなかった。
王都グラツィア。
焼けた街の煙は、まだ完全には消えていなかった。
瓦礫の広場に、王国軍が集まっていた。
北の砦の兵。
敗走してきた兵。
領主の私兵。
老人兵。
傭兵。
数は多くない。
だが――戻ってきた兵だった。
その中央に、王ヨシュアが立っていた。
鎧ではなく、王衣のままだった。
その横に、将帥旗が立っている。
青地に白の紋。
グラツィア王国の旗。
ざわめきが広がる。
「王だ」
「生きていたのか」
「王都を捨てた王だろ」
小さな囁きが波のように広がる。
ヨシュアはそれを聞いていた。
否定もしない。
ただ、前に出る。
そして言った。
「諸侯、兵たちよ」
声は大きくない。
だが、静かに広場を通った。
「私は逃げた」
ざわめきが止まる。
「王都を守れず、城を追われ」
「国を失いかけた」
ヨシュアは一度空を見上げた。
「この国の歴史を私はすべて覚えている」
兵たちは顔を見合わせる。
王は続けた。
「初代聖雄王は」
「アルファスの戦いで敗れ」
「七騎で洞窟に逃げ込んだ」
兵の中に小さな笑いが生まれる。
「だが」
ヨシュアの声が強くなる。
「最後に勝った」
沈黙。
王は広場を見渡す。
「私は今」
「その聖雄王の気持ちそのままだ」
兵たちが少しざわつく。
ヨシュアは続けた。
「城から逃れて分かった」
「勝つために何をすべきかを」
「もう一度皆の力を私に貸してくれ」
将帥旗が高々に挙げられた
歓声が上がった。
ヨシュアもその歓声にこたえた。
「そして」
その声が変わる。
「最後には必ず勝つ」
静寂。
王は後ろを振り返る。
そこにサイラスが立っていた。
右腕のない青年。
薄い外套。
軍師。
ヨシュアは将帥旗を手に取る。
旗の布が風で鳴る。
兵たちの視線が集まる。
王はゆっくり歩いた。
サイラスの前で止まる。
「サイラス・イシル」
「はい」
「この国の軍は」
「もう私では動かせぬ」
サイラスは黙っている。
王は将帥旗を差し出した。
「これを持て」
広場がざわめく。
将帥旗。
それは軍の命令権そのものだった。
サイラスは動かない。
「陛下」
「私は軍師です」
「将軍ではありません」
ヨシュアは言った。
「勝つための作戦だ」
サイラスは旗を見る。
その布は古い。
チェルソーの戦いで掲げられた旗。
エスカミオの父が掲げた旗。
王国の歴史そのものだった。
ヨシュアが言う。
「この国を」
「勝たせろ」
長い沈黙。
やがてサイラスは左手で旗を取った。
その瞬間。
兵たちがざわめく。
王は振り返る。
そして叫んだ。
「兵たちよ!」
広場が静まる。
「この男は」
「戦えない軍師だ」
笑いが起きる。
王は続けた。
「だが」
「この国を一番守ろうとしている男だ」
兵たちがサイラスを見る。
王の声が広場に響く。
「私は王として命じる!」
旗を指す。
「この旗を持つ者の命令に従え!」
一瞬の沈黙。
そして。
ガイロが前に出た。
巨大な槍を地面に突き立てる。
「第一師団!」
叫ぶ。
「将軍に従います!」
兵たちが槍を打ち鳴らす。
ローガンが笑う。
「やっと戦が始まるな」
老人兵たちも槍を叩く。
ユンナが口笛を吹く。
サイラスは旗を見た。
そして小さく言った。
「戦は」
兵たちが静まる。
「人の失敗です」
風が旗を揺らす。
「だから」
サイラスは顔を上げる。
「速やかに終わらせます」
その声は静かだった。
だが広場の全員に届いた。
青野ヶ原。
最後の戦いが、始まろうとしていた。