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石造りの噴水の前に、
人々が集まっていた。
農民。
職人。
女も、老人も、若者も。
誰もが怒りを抱え、
だが、どうすればいいのか分からないまま立ち尽くしている。
ざわめき。
不安。
焦燥。
その中を、一人の男が進み出た。
ベンガルだった。
噴水の縁に立ち、振り返る。
群衆を見渡す。
その目は、迷っていなかった。
「聞け!」
声が、広場に響く。
ざわめきが止まる。
「このまま暴れ続けて、何が残る!」
沈黙。
「ただの暴徒になるだけだ!」
空気が張り詰める。
「だが――」
一拍。
「俺たちは、間違っていない!」
誰かが顔を上げる。
「奪われたものを取り戻そうとしている!」
「生きようとしている!」
「それは罪か!?」
沈黙。
やがて、小さく声が漏れる。
「……違う」
ベンガルは続ける。
「なら、やるべきことは一つだ」
一歩、前へ。
「われらで帝国の兵を追い出し」
声に、芯が通る。
「自分たちで、自分たちの国を守るんだ」
ざわめき。
「王都には、国王が戻った」
群衆の視線が集まる。
「再び兵も集まりつつあるらしい」
どよめき。
「この国は、まだ終わっていない!」
「王がいる限り、この国は滅んでいない!」
沈黙。
そして――
「……やろう」
誰かが言った。
それが、波になる。
「やる!」
「まとめるんだ!」
「国王軍とともに戦うんだ!」
怒りが、形を持つ。
暴動が、“意思”へと変わる。
ベンガルは、その中心に立っていた。
その頃――
ガゼフは、夜の街道を急いでいた。
護衛も最小限。
荷も軽い。
目指すは帝国領。
ガゼフは戦地で広がる暴動の報告を聞くと
身一つで帝国領に逃げることを選んだ
「私はどこで間違えたのだろう」
答えは出ない。
「……だが、生き延びねばならん」
その時――
気配。
「……誰だ」
闇の中から、影が現れる。
黒装束の男。
フウマだった。
音もなく近づく。
「お前さん」
淡々とした声。
「もう用済みだってよ」
閃き。
何もできなかった。
喉から血が溢れる。
膝が崩れる。
(……なぜだ)
最後の疑問。
答えは、ない。
「さて、王都に参りますか」
フウマは一瞥もくれず、闇に消えた。
再び、広場。
人々は動き始めていた。
村ごと、地区ごとに代表を選び、
今後について協議している。
混乱は残る。
だが、方向は定まった。
その様子を、ユンナが見つめていた。
「……本当に、やるの?」
静かに問う。
ベンガルは頷く。
「ああ」
視線は、遠く王都へ。
「考えたんだ」
「領主の意思に左右されない国の形を」
ユンナが眉をひそめる。
「……国の形?」
ベンガルは続ける。
「帝国軍を追い出したら――」
一呼吸。
「それぞれの身分の代表が、王に直接意見を述べる仕組みを作る」
「ヨシュア王に聞いてもらう」
ユンナは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「私はよくわかんないけどさ」
肩をすくめる。
「軍師様なら、わかるんじゃないかな」
「サイラス殿によろしく伝えてくれ」
少しだけ、真顔になる。
「こっちは、自分たちでなんとかするよ」
そして、言った。
「僕たちの国なんだから」
ベンガルも、わずかに笑う。
だが、その目は真剣だった。
風が吹く。
広場のざわめきが、少しずつ整っていく。
それはもう、ただの群衆ではなかった。
意思を持った“民”だった。
その先にあるものを、まだ誰も知らない。
だが確かに――
レイナ女王は、静かにサイラスを見つめた。
城壁の外では、まだ戦の余韻が風に残っている。
砕けた槍の匂い。焼けた土の匂い。
その中で、彼女の声だけが不思議なほど澄んでいた。
「行くのか?」
サイラスは深く一礼した。
顔を上げたその目には、もう迷いはなかった。
「はい。王都へ」
レイナはわずかに眉を寄せる。
その表情には、王としての冷静さと、一人の人間としての躊躇いが同時に浮かんでいた。
「私は行かなくてもよいのか?」
サイラスは首を横に振った。
「女王がこの城にいてくださることこそ、意味があります」
「帝国軍は、あなたがここにいる限り、この地を脅威と見なさねばならない」
「兵を散らし、備えを残さざるを得ないでしょう」
「それだけで、我らの助けになります」
レイナはしばし黙った。
窓の外で、旗が一度、大きくはためく。
彼女はその音を聞きながら、ゆっくりと息をついた。
「……そうか」
短い言葉だった。
だが、それは納得であると同時に、別れを受け入れる響きでもあった。
そして女王は、まっすぐにサイラスを見た。
「生きて、ここに帰ってこい」
命令の形をしていた。
だがその実、願いだった。
サイラスはほんのわずかに目を細めた。
それが彼なりの笑みだった。
「はい。必ず」
レイナはなおも彼を見つめていた。
何かを言いかけて、やめる。
だが結局、その唇は再び開いた。
「……実は、まだお前に聞きたいことがある」
サイラスは一瞬きょとんとしたあと、柔らかくうなずいた。
「はい」
「ですから、必ず帰ってきます」
その答えに、レイナはふっと笑った。
青野ヶ原に近い丘の麓。
エスカリオの傭兵団はすでに陣を敷いていた。
カルドは焚き火の前で地図を眺めている。
そこへケロンがやって来た。
「親分」
カルドは顔を上げない。
「なんだ」
ケロンは少し声を潜めた。
「帝国の軍監……ゼイオン殿が」
カルドの眉がわずかに動く。
「内密に会いたいと」
カルドは地図を畳んだ。
「ほう」
「場所は?」
ケロンは指で丘の向こうを示した。
「この先の林です」
カルドはゆっくり立ち上がる。
「案内しろ」
ケロンの顔に安堵が浮かぶ。
「はい」
二人は馬に乗り、数人の護衛とともに林へ向かった。
日が落ち始め、林の影が長く伸びている。
ケロンが先頭を進む。
だが、途中でケロンは気付いた。
後ろの気配が一つ減っている。
振り返る。
護衛が一人いない。
カルドは何も言わない。
しばらく進む。
また一人、消えた。
ケロンの背中が小さく震えている。
さらに進む。
三人目が消えた。
カルドは馬を止めた。
ケロンも止まる。
振り向いた顔は青ざめていた。
カルドは静かに言う。
「ケロン」
ケロンは唇を震わせた。
「は、はい」
「ゼイオンはどこだ」
ケロンは答えない。
林の奥は静まり返っている。
カルドは肩をすくめた。
「いないな」
ケロンの喉が鳴る。
カルドは続けた。
「お前」
「帝国は俺の首をいくらだといった」
ケロンの膝が崩れた。
馬から落ち、地面に手をつく。
「お頭、お、俺は……!」
「命だけは……!」
カルドは少し笑った。
「義理堅い奴はだめだね」
ケロンは顔を上げる。
カルドは淡々と言った。
「金なんてもらっといて」
「知らん顔してりゃよかったのに」
沈黙。
次の瞬間、剣が一閃した。
ケロンは声も上げず倒れた。
林に再び静けさが戻る。
カルドは剣の血を払い、死体を見下ろした。
「商売下手だな」
ククルースが近づく。
「親分」
カルドは頷いた。
「片付けろ」
ケロンの死体は林の奥へ運ばれた。
誰も何も言わない。
カルドは一人、馬に乗り直す。
青野ヶ原の空を見上げる。
少し考える。
「……さて」
小さく呟く。
「俺の読みは間違ってねえか」
地図を広げる。
帝国軍。
スカーレット軍。
グラツィア軍。
三つの矢印。
カルドはその中心を指で叩いた。
「ポーカーテーブルには」
口元が歪む。
「ちゃんと座っとくもんだな」
「それにしてもゼイオン、
俺をなめすぎじゃないのか」
遠くで角笛が鳴った。
青野ヶ原の丘は、昼間はただの草地に見える。
なだらかな斜面。
浅い川。
遠くに湿地。
だが夜になると、その丘に灯りが点いた。
松明。
老人たちが黙々と穴を掘っている。
シャッ、シャッ。
鍬の音だけが続く。
リハクは丘の上に立ち、腰を叩きながら地形を眺めていた。
「もう少し深くじゃ」
工夫の一人が答える。
「こんなもんでどうじゃ」
リハクは穴を覗く。
「浅い」
「矢を撃つ時、頭が出る」
「あと一尺」
老人たちは文句を言わない。
また土を掘り始める。
その周囲には、草を被せた小さな穴がいくつも並んでいた。
丘の斜面の至るところに。
トーチカ。
矢を撃つための小さな砦だ。
ユンナが丘に登ってきた。
「じいさん」
リハクは振り向かない。
「夜遊びか」
ユンナは呆れた顔をする。
「遊びじゃない」
「軍師様から伝言」
リハクの手が止まる。
「なんじゃ」
「ゼイオンは必ず丘に来る」
リハクはニヤリと笑った。
「ほう」
「軍師がそういったか」
ユンナが腕を組む。
「来るの?」
リハクは丘の斜面を指さした。
「くるだろうなあ」
「多分サイリスは相手を喜ばせて」
リハクは地面を杖で叩く。
「落とす」
ユンナは首をかしげる。
「なにそれ?さいてー」
それから笑った。
「戦とはそういうもんじゃ」
ユンナが苦笑する。
「嫌な話だね~」
リハクは答えた。
「いししししっ
わしも落とし穴掘るの大好きじゃ」
それから丘を見渡す。
老人兵たちがまだ土を掘っている。
二百人。
誰も若くない。
だが手は止まらない。
リハクが叫ぶ。
「おい!」
老人たちが顔を上げる。
「夜明けまでに終わらせろ!」
「丘を丸ごと砦にするぞ!」
「帝国の黒騎兵が突っ込んできた時」
ニヤリと笑う。
「腰抜かさせてやる」
老人兵たちが笑った。
また鍬が動き出す。
シャッ、シャッ。
丘の土が少しずつ形を変えていく。
一晩で。
ただの丘が。
兵を隠す砦へと変わっていった。
遠くで風が鳴った。
リハクは空を見上げる。
「サイラス」
小さく呟く。
「ええ場所やのう」
それから笑った。
「この丘」
杖で地面を叩く。
「墓にしてはちとおおきいかの」
「わしらの墓になるやもしれんが」
ヴァルガルド帝国軍本営。
夜だった。
黒い旗が風に鳴り、焚き火が点々と並んでいる。
その中央で、ククス・ゼイオンは地図を見ていた。
青野ヶ原。
草原の中央に丘。
東に湿地。
西に浅い川。
傍らのラディスが静かに言う。
「北の砦は落ちてはおりません」
ゼイオンは頷く。
「知っている」
「将軍も討死しました」
「それも聞いた」
ラディスは続けた。
「軍監」
「グラツィア軍師サイラス・イシルは」
「いまはカルデル城に。まさに神出鬼没」
ゼイオンは少し笑った。
「忙しいやつよのう」
机の上の駒を動かす。
帝国軍。
スカーレット軍。
エスカリオ軍。
三つの駒。
そして中央に、小さな青い駒。
グラツィア。
ラディスが言う。
「三国同盟はくずれ」
「カルドは信用できません」
「戦を早く終わらせるための北方三公領土の布石は」
ゼイオンは駒を一つ倒した。
「崩れました」
「反乱は各地に広がっております」
ラディスは地図を見た。
「青野ヶ原」
ゼイオンが頷く。
「そうだ」
ラディスは少し眉をひそめた。
「罠では」
ゼイオンは笑った。
「もちろん罠だ」
ラディスは黙る。
ゼイオンは続けた。
「サイラスは戦場を作る男だ」
「自分の勝てる場所に敵を呼ぶ」
指で丘を叩く。
「ここだ」
ラディス
「ならば避けるべきでは」
ゼイオンは首を振る。
「避ければ」
駒を動かす。
「王国の勝ちだ」
「そして兵は、逃げた将を二度と信じぬ」
ラディスは慎重に言葉をつないだ。
「ここは引くべきでは」
ゼイオンはうなづきながら。
「決戦で勝てばそなたの不安も消えよう」
「ところで」
沈黙。
焚き火の音が小さく弾けた。
ゼイオンは立ち上がる。
夜の草原を見る。
遠くの丘を指す。
「戦場では」
静かな声だった。
「何が起こるかわからん」
少し間を置く。
「だが」
「戦場だけは嘘をつかない」
振り向く。
「もし、仮にわしに万が一のことがあれば」
ラディスが頷く。
「そなたは命に代えても皇帝をつれて戦地を脱出せよ」
ゼイオンは最後に言った。
「そなたにしか頼めぬ」
夜空を見上げる。
「サイラス」
小さく笑う。
「逃げるなよ」
「といっても無理か」
「戦えぬ軍師よ」
帝国軍の角笛が鳴った。
黒騎兵が動き出す。
青野ヶ原へ。
窓の外では復興の槌音が響いていた。
焼けた王都は、少しずつ息を吹き返し始めている。
だがその部屋だけは静かだった。
バルディスは落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っていた。
扉が開く。
サイラスが入ってきた。
右袖の空いた軍衣。
左手には書状が数枚。
サイラスは穏やかに言った。
「バルディス殿」
バルディスは振り向く。
「何だ」
サイラスは少し周囲を見渡した。
「何かお探しで?」
「……」
「でも多分、来ませんよ」
バルディスの眉が動く。
サイラスは続けた。
「ヤギュウは死にました」
空気が止まる。
サイラスは淡々と話す。
「王都に賊が侵入したとき」
「その侵入経路は近衛隊に罪がかかるように仕向けられていました」
バルディスは何も言わない。
サイラスは窓の外を見た。
「ガイロも復興の過程で随分証拠を見つけたらしい」
「でも」
少し首を傾げる。
「おかしい」
バルディスの顔色が変わる。
「この工作」
「エスカミオ殿を犯人に仕立てることを目的にしているようなんです」
沈黙。
サイラスは続ける。
「でも何のために?」
「エスカミオ殿なら」
「そんなことをせずとも領地に戻って兵を挙げるでしょう」
「堂々と正面から王位を狙う、そんな人です」
「内部に間者を入れるなんて回りくどいことはしません」
バルディスの額に汗が浮く。
サイラスはゆっくり言った。
「で、思ったんです」
「この工作を命じられた人は」
「結局、盤上の使い捨ての駒だったんじゃないかって」
視線を合わせる。
「だってそうでしょう」
「エスカミオ殿を裏切らせる方が」
「何倍も難しかったはずです」
沈黙。
次の瞬間、バルディスが怒鳴った。
「どいつもこいつも!」
机を叩く。
「儂を馬鹿にしおって!」
顔は真っ赤だった。
「儂は建国七公の末裔の一人だぞ!」
「聖雄王と共にこの国を建てた由緒ある家の公爵だ!」
「貴様のような若造に軽くあしらわれるいわれはない!」
サイラスは黙って聞いている。
バルディスは続ける。
「帝国から聞かされた話では!」
「エスカミオは帝国に寝返る!」
「それを売って処刑させれば」
「この国は儂が」
その言葉を遮るように
サイラスが言った。
「あっ」
軽い声だった。
まるで今思い出したかのように言った
「それ、私の嘘です」
バルディスが止まる。
「……何?」
サイラスは穏やかに言った。
「エスカミオ殿が帝国に寝返るという話」
「最初に流したの、私です」
「エスカミオ殿に協力してもらいました
違う目的だったのですが
あなたの裏切りにたどり着きました」
バルディスの顔から血の気が引く。
サイラスは静かに続けた。
「洞窟から再起を図った聖雄王と」
「七人の兵士」
「その七人は後に領地を与えられ」
「建国七公となりました」
窓の外を見る。
復興の槌音。
「皮肉なものです」
「聖雄王の遺言のせいで」
「この国の仕組みは変えられずにいた」
サイラスはバルディスを見る。
「でも」
静かに言う。
「もう終わらせましょう」
近衛兵が入ってくる。
バルディスは力なく崩れ落ちた。
サイラスは振り向かない。
兵に命じる。
「お連れして」
扉が閉まる。
その翌日。
サイラスの元に報告が届いた。
バルディスは服毒したという。
サイラスは書状を畳み、机に置いた。
何も言わなかった。
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