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茫然と立つ信也を見て、招待客の市議会議員が席を立った。
「こんな場所に居られない。失礼する」
だが県議会議員は(なぜだ? 不思議だ)と思った。
これほどの騒ぎが起きても、ホテルのスタッフは平然としている。
まるで『最初から知っていた』ようだ。
席を立った市議会議員に、スタッフが駆け寄った。
「お座り下さいませ。最後まで見届けて頂きたく存じます」
(最後まで?)
まだ何かあるのか?
県議会議員は壇上に注目した。
「御紹介致します。坂口秘書の妹さんの、坂口恵美さんです」
紗姫の紹介で、恵美が壇上に上がった。
緊張した表情で、兄のノートを抱えている。
(坂口の妹⁉)
(まさか〈あの事〉を〈ここ〉で言うつもりか!?)
犯罪者心理だ。信也は咄嗟に逃げた。
珊瑚がバック転を2回キメて、後方に逃げる信也を捕まえた。
グッと羽交い締めにする。
「逃げちゃダメだよ。今日の主役でしょ」
会場は拍手喝采だ。
伊織は苦笑いしている。
「ま、踊るよりマシか」
坂口のノートがスクリーンに映し出された。
公設第二秘書の給与を、国から詐取していること。
『幽霊秘書』が、不倫相手の篠原陽菜であること。
二つの事実を知った1000人の来場者は愕然とした。
会場に怒声と罵声が飛び交った。
珊瑚が手を離すと、信也は床に崩れ落ちた。
放心状態で座り込んでいる。
「皆様、お怒りはごもっともですが、御静粛に願います」
紗姫はマイクを恵美に渡した。
恵美は来場者に向かって話し始めた。
「兄は、事故の日に〈睡眠改善薬〉を飲みました。
兄が何かに悩み、まったく眠れないことを心配した母が勧めました。
その日は休日だったので、ゆっくり休んでほしい、という母の思いでした」
涙ぐむ恵美に、紗姫がハンカチを渡した。
「ところが事務所から電話が入り、休日出勤を要請されました。
母は止めましたが、兄は車で出勤しました。そして……、
事故が起きました。母は、薬を勧めたことを今も後悔しています」
ハンカチで涙を押さえながら、恵美は言葉を続けた。
「兄は『不正を止めて、自首して欲しい』とメモに残しています。
でも、伊崎信也は、その思いを踏み躙りました。
兄が亡くなったのは伊崎信也のせいです。伊崎は兄を殺しました。その上……」
恵美は顔を上げ、来場者に向かって言った。
「死後に不倫を捏造して偽装写真をバラまき、兄の名誉を棄損しました。
自分の離婚が有利になるためにです」
紗姫は、床に座り込んでいる信也を見た。
なんで、こんな男と結婚したんだろ……?
そうか、お父さんが勧めたんだ。
失敗したなぁ……。
ずっといい妻だった。
内助の功で夫に尽くした。
だから夫が甘えて、やりたい放題したんだ。
紗姫は信也にマイクを渡した。
信也はマイクを握ったまま黙っている。
なんて腹の立つ男だろう。
紗姫は、初めて信也に命令した。
「何か言いなさいよ」
「も、申し訳、ござ、いま、せん……」
信也は、床に顔を俯した。
『伊崎信也君を励ます会』の会場は、怒声と罵声の嵐になった。
末席で取材していたマスコミが動き始めた。
市議会議員と県議会議員は、党に連絡を入れた。
紗姫の復讐が終わった。
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