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雪月❄️
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深澤「忘れるわけねぇだろ、バカ……」
放課後の薄暗い部室棟の陰。冷たいコンクリートの壁と岩本の大きな身体に挟まれたまま、深澤先輩は精一杯の虚勢を張ってそう言い返した。真っ赤に染まった頬を隠そうともせず、潤んだ瞳で真っ直ぐに睨み返してくる。
その姿は、周囲を器用にあしらってきた「いつも余裕のあるモテ先輩」の面影を完全に消し去っていた。いつもなら誰にでも等しく微笑み、誰のことも自分の領域の奥には入れない。それが深澤のつくった絶対的な境界線だった。
しかし、目の前の後輩は、その冷たい防壁を外側から力任せに叩き壊すのではなく、内側からじっと体温で溶かすように、まっすぐに踏み込んできた。岩本は、深澤が絞り出したその言葉を聞いた瞬間、動きをピタリと止めた。いつもは近寄りがたい強面で、周囲を威圧しているはずの1年生の瞳が、わずかに揺れていた。それは怒りでも独占欲の暴走でもなく、圧倒的な安堵と、抑えきれない愛おしさが混ざり合った色だった。
岩本「……よかった」
岩本は小さく息を吐き出すと、深澤を閉じ込めていた壁の上の大きな手をゆっくりと下ろし、その代わり、深澤の細い肩をそっと包み込むように引き寄せた。乱暴だったそれまでの圧力が嘘のように、驚くほど優しい、だけど絶対に逃がさない確かな力加減だった。
深澤「な、なんだよ急に……。ビビらせんなよ、まじで」
岩本「避けないでください。俺は、先輩が他の誰かと笑ってるところを見るたびに、自分の機嫌が自分でコントロールできなくなるくらい焦るんです」
岩本はそのまま、額を深澤の肩口にそっと預けた。トレーニング終わりの汗と、背伸びしたスパイシーな香水の匂い、そして少しだけ震えているような後輩の大きな背中の温もりが、深澤の五感を満たしていく。先輩としての威厳を保とうとしていた理性の糸が、プツリと音を立てて完全に切れた。
深澤「……しょうがないなぁ、お前は」
深澤は観念したように小さくため息をつき、震えるような思いで、ずっと下ろしたまま固まっていた自分の腕をそっと持ち上げた。そして、目の前で自分に寄りかかっている岩本の背中に、不器用ながらもゆっくりと手を回し、その固い背中をトントンと優しく叩いた。誰のことも特別にしないと決めていたはずの指先が、今は自らの意志で、この強面の後輩の体温を求めている。
夕陽が完全に沈みかけ、校舎の影が深い藍色に染まる放課後の裏庭で、2人の間にあったはずの「先輩と後輩」という境界線は、音もなく消え去っていた。岩本は顔を上げると、潤んだ瞳のままじっと深澤を見つめ、これ以上ないほど真剣な声で名前を呼んだ。
岩本「深澤先輩」
深澤「……なんだよ」
岩本「明日、放課後、校門のところで待ってます。2人で、ちゃんと話をしましょう」
それは、ただの偶然のすれ違いでも、その場の勢いでもない、正式な一歩を踏み出すための約束だった。深澤は顔を真っ赤に染めたまま、照れ隠しに目を逸らしつつも、小さく、だけどはっきりと
深澤「……わかったよ」
と頷いたのだった。
コメント
1件
ああ、もう……第35話、本当に素敵でしたね……!深澤先輩のあの強がりが、岩本くんの真っ直ぐさにじわじわ溶かされていく様子に胸がきゅっとなりました。「忘れるわけねぇだろ、バカ」の台詞、照れ隠しなのに本音が漏れちゃってる感じがたまらなかったです。そして岩本くんの大きな背中をトントン叩く深澤先輩の手——あの仕草に、彼なりの精一杯の愛情が詰まってましたね。境界線が消える瞬間、丁寧に描いてくださってありがとうございます。次が楽しみです🌷