テラーノベル
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午後11時17分。私は死んだ。
社畜として務めて40年。その会社の人事課のオフィスで…私は死んだ。
俗に言う過労死とゆうものらしい。ほんの数秒前まではいつも通りだったのに、来週の最終面接のリストを読み返している最中に胸が痛くなった。
「う……。(こんなのあり、か?。…こんなに呆気なく…私は死ぬのか?)」
これが最後の思いだった。この日本に産まれて58年。学歴も奮わない私をこの会社は引き受けてくれた。それは私にとって奇跡そのものだった。
営業課で15年。その後に総務課で7年。身を粉にして会社に尽くした。若い頃は誰の助けも無く、ただ辛抱強く仕事に励んだ。初めての大型契約を取れた時には、居酒屋で感涙に咽びながら一人で祝杯をあげたものだ。
総務課はただただ忙しく、他の社員たちの尻拭いに勤しみ、会社の損失を減らし続ける日々だった。正に社畜。私のプライベートなんて糞だった。
そしてようやく立場を得たのが10年前。人事課の補佐から始まり、今では課長だ。新入社員の頃と比べれば年収は倍になった。それなのに死んだのか?あと2年で定年。退職金を貰ってから再雇用が決まっているのに。
なんの為の人生だったのだろう?。高校卒業後、仕事に追われて遊びも恋愛もできなかったとゆうのに。お陰で未だに童貞で、結婚歴も無い。俺の拘りがいけなかったのだろうか?せめて初体験は恋人と。それは贅沢か?
「…………………。(あれ?)」
そんな後悔の暗闇から、私は突然に意識を取り戻した。な〜んだ死んだんじゃなかったのかぁ。と、胸を撫で下ろしながら私は身を起こす。そよぐ爽やかな風と真上から照らす太陽の温かい光。何とも心地よい。しかし…
「ええっと?。…あああっ!なんだよこのボロい服は!。あの大切に着ていたスーツはどこ行ったんだ!?。って。それよりも…ここは?…どこ?」
身体を起こした俺の周りには、ただ森林が広がっていた。直ぐ側には透明度のやたら高い大きな池がある。しかし、それがどうした?私はオフィスにいたはずだ!。最新型のキーボードもPCも!デスクすら無いとはどうゆうことだ!。しかも野外に放り出されている時点で理由が分からない!
「…いや、待てよレオ。…俺は面接資料の見直しをしていた。その時に急に胸が苦しくなって…意識を失った筈だ。…だが今は野外にいる。……!」
やはり私は死んだらしい。しかも掛けていたお気に入りの老眼鏡も無くなっている。店員に『お似合いですよ』と煽てられ購入した高級品なのに。
「…ん?。手のシワや血管が。…しかも肌がスベスベだ!。これは一体!」
私は恐る恐る池の水面を覗き込んだ。そこに写った顔には…全く覚えがない。ややクセのある黒髪に凛々しい眉毛。そして目尻の上がった鋭い眼。シュッと細い輪郭には整った鼻筋が通り、キリッと締まった薄めな唇が良い。58のおっさんから見ても…それはイケメンだった。まさか…私か?
「ガギィーン!!。ギンッ!キンッ!。キン!キンキンッ!!」
どこからか弾き合うような金属音が聞こえる。すぐ側の森の中からだ。しかも近い。こんな森林の中で誰が何をやっているのだろう?。こんな激しい音、自然が発する物とは思えないし、そこに誰かが居ることは確かだ。
「……来ないで!それ以上ちかよると!……!!」
「ん?。(…女の子の声が…聞こえたような?。…行ってみるか。)」
確かに聞こえた女の子の叫び声。これはただ事ではない。そう察知した俺は声のしたほうに自然と駆け出していた。取り敢えず己のことは後回しにするのが社畜の悪い癖だ。無くて七癖とは言うが、なかなか治らない。
『オイ!サッサト捕マエロ!。人間ノ雌二何時マデ手古摺ッテイル!』
『イヤァ。アンマリ久シ振リナンデ楽シモウカト〜♪。ゲッゲッゲ。』
『オ楽シミハ塒《ねぐら》二帰ッテカラダ!。ミンナ溜マリ二溜マッテイルカラナァ?。オイ!人間ノ雌ッ!。5日ハ眠レナイト思エヨ!?』
『オッ!オデガ絶対二寝カセナイ!。オデノ精子ヲ!飲マセデヤル!』
会話がハッキリ聞こえてくる。背の低い藪の向こうに見えた小さな広場で沢山の人影が蠢いていた。不意に漂ってきた生肉の腐った様な悪臭が鼻を突く。しかし群がる人影が鮮明になる毎に、その臭いの原因が分かった。
「寄るなケダモノっ!。あなた達に犯されるくらいなら死にますっ!」
『ゲッゲッゲ。死ンデモ穴ハ使エルカラ構ワナイゾ?。ホラ?死ネヨ。』
「…………。(緑色な肌の…人間じゃないよな。!。…半裸な女の子が!)」
私はとんでもない場面に出くわしてしまった。身長が160センチほどの緑色な肌をした人型生物と、上半身が剥き出しな銀髪の若い女性が戦っていたのだ。その女性を取り囲んでジリジリと距離を詰める異様な化物達。
彼女の弾む白いたわわさに目を奪われそうになりながらも、私はその辺の棒っ切れを握り締める。ここは日本男児としても!絶対に見過せない!
「きっ!君たち!。その女の子から離れなさい!。たった一人の女性を大勢で襲うなんて!男の風上にも置けないぞっ!。怖がってるだろ!!」
私は利き手に握った棒切の先を突き付けて、凄んで見せる。相手は明らかに人間ではないのだ。人型とは言え、もし動物の類なら自分よりも大きな者には襲いかからない。勝てない闘いをしないのが野性の本能なのだ。しかしながらそれが、群での狩りの場合だと微妙になる。…いけるか?
『オッ!ラッキー♪。オイ!アニキ!見ロヨ!食イモンガ増エタゼ!?』
『ホホォ?コノ雌ノ片割レカァ?。若イ男ハ噛ミ応エガイイカラナァ!。オイッ!サッサト殺シテ解体シロ!。内蔵ハ親父へノ土産ニスルッ!』
『ヘイ!アニキ!。…グフフフ。オイ人間ノ雄ゥ〜。馬鹿ダナァ?オ前。オデ達ト闘ッテ勝テルト思ッテイルノカァ?。ソノ木ノ棒デェ〜?』
「……………。(だ、ダメだったか。…でも…この娘は助けないと!)」
にじり寄って来る緑色な怪物たち。口が耳にまで裂けている。異様に大きな耳の先は鋭く尖り、着衣と言えば腰に巻いた何かしらの革だけだ。
この窮地でも恥じらいを忘れず、乳房や肌を隠している女性をレイプする想像でもしているのだろう。奴ら全員の股間がはち切れんばかりに隆起していた。ニヤニヤといやらしく笑いながら、ヨダレを垂らして迫りくる。
「お兄さん!その棒では無茶です!。これを使ってくださいっ!。」
「お!?。(おおー!?凄い美人さんだ。しかも銀色の髪も美しい。おのれぇ…こんなにも純粋無垢なお嬢さんを辱めるとは…お前ら許さんっ!)」
突然に叫んだ彼女が投げ寄越したのは短い両刃の剣だ。足元に刺さった短剣を私が拾い上げたのを確認してから、彼女は背後の茂みに身を隠した。
そう、どんな時でも女性とゆうものは恥じらいを捨ててはいけない。そんな淑女は私が助けなければ!。喧嘩など一度もしたことが無いが何とかなるだろう。いや!なんとかするのだ!。社畜に逃げ場など無いのだから!
「…助けて頂いてありがとうございました。あの…ちょっと動けなくて…」
「…ああ…気にしないでください。…あ。コレを。汚いシャツですけど…良かったら着てください。(…あ〜グロかった。…ちょっと殴っただけで頭が吹き飛ぶなんて思いもしない。まぁ…おかげで逃げだしてくれたけど…)」
一件落着。あの緑色な鬼畜たちは仲間の即死を目撃すると一目散に逃げ去っていった。私は茂みの中に隠れている銀髪美女に、ペラペラで穴の空いた、黒い長袖のシャツを脱いで渡す。ズボンも黒だが…酷く見窄らしい。
「重ね重ね…ありがとうございます。…お兄さんって…紳士なんですね?。(凄い凄い♪沢山のコボルトを一瞬で蹴散すなんて♡。しかも、ほとんど裸なわたしを襲うどころか…シャツまで貸してくれて。この人…素敵♡)」
「いやいや。紳士なんて良いもんじゃ無いですよ。…それよりも…送って行きましょう。またアイツらが襲ってくるかも知れませんし。(それに…なんで彼女の言葉が解るんだ?。どう聞いても日本語じゃないのに…)」
謎が謎を呼ぶ中で…何ひとつ理解も整理もできないまま、私は美少女の道案内で彼女の家を目指している。見渡す限りの青い草原を、割るように伸びる土が剥き出しな野道。その先には灰色な壁に囲まれた都市が見える。
今更だが、どこをどう見ても日本ではない。そしてあの通い慣れた高層ビルの中でも、ましてやオフィスでもないのだ。広がる中世欧州を思わせる田園風景。その明るく爽やかな景色とは裏腹に、私の想いは沈んでゆく。
「ありがとうございます。あ、わたしはミミ。ミミ・バーランドと言います。あの…良ければお兄さんの名前を聞かせてください。(…いい匂い♡。それに腹筋バッキバキ♡。背も高くてハンサムで、強いなんて反則ぅ♡)」
「私…ですか?。…え〜と。名前はレオ。レオ・ヤツカドと言います。(ここは欧米なのか?。…ミミさんも…絶対に日本人じゃなさそうだし…。しかし困ったなぁ…どこかで服を調達しないと。…裸じゃ不味いよなぁ…)」
これからどうすればいい?。ポケットの中には小銭のひとつも無く、こんな世界に知り合いがいるとも思えない。横を淑やかに歩くミミとゆう美少女を家に送り届けたら、すぐにでも雨風をしのげる場所を探すしかない。
もしも私が何かの間違いで生まれ変わったのだとしたなら、きっと何かしらの意味はあるはずだ。日本での、58年とゆう私の人生を振り返れば、後悔と苦痛と葛藤に満ちている。生まれた時は既に…敗者だったからだ。
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