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玲那が崩れたあと、ふと思い出した名前がある。
茅野瑠海(かやの・るい)
僕の記録には存在しなかった。
それなのに、今になって名前が浮かんだ。
…ということは、何かが引っかかっていたのだ。無意識の底で。
彼女は静かだった。
存在感も、影響力も、ほとんどない。
“いなかったこと”にされても、不思議じゃないタイプだった。
でも――なぜか片倉結惟だけが、彼女を気にしていた。
⸻
時期は、玲那が沈むより前。
春休み明けすぐの頃。
茅野は、あの頃すでに“誰にも名前を呼ばれない生徒”になっていた。
グループにも属さず、昼食もひとり。
誰かが話しかけたかどうか、記憶すら曖昧だった。
でも、ひとつだけ明確な記憶がある。
片倉結惟が、彼女に話しかけていたのを見た。
⸻
それは昼休み、廊下の窓際。
人通りの少ない場所で、ふたりは立ち話をしていた。
けれど――会話の中身までは聞こえなかった。
僕が通りかかった瞬間、茅野がぴくりと肩を震わせて、
結惟は淡々と笑った。
その笑みが妙に不気味で、記憶に焼きついた。
それから数日後、茅野は学校に来なくなった。
⸻
最初は誰も気にしなかった。
その次は、誰も話題にしなかった。
やがて、茅野という生徒は、クラスの空気から消えていた。
だが――
《ねえ、西園寺くんって茅野さんのこと知ってる?》
《あの子、最後の週だけすごく痩せてたよね》
《ちょっと怖かったもん……笑》
玲那が沈んだあと、そんな匿名のメッセージが届いた。
宛先不明のアカウント、送信者不明。
だけど僕は確信した。
誰かが、茅野の“痕跡”をもう一度掘り起こそうとしている。
それは、観察対象002(玲那)の崩壊によって、
再び浮かび上がった“見落とされた犠牲者”だった。
⸻
【観察対象003】茅野瑠海(高2/女子)※後追い記録
状況:孤立型/存在希薄/不自然なフェードアウト
流れ:片倉結惟との接触→短期的な衝撃反応→無出席→社会的消失
介入:間接的(片倉による?)
備考:
・記録当時は“空白のまま放置”された初の対象
・玲那崩壊を契機に再構築
⸻
僕は彼女を“見逃した”。
記録にすら残さず、空気に埋もれさせた。
でもそれは、彼女が弱すぎたからではない。
むしろ、崩れ方が静かすぎて、記録できなかったのだ。
…いや、もしかしたら。
あの時点で既に、“誰か”が彼女を仕留めていたのかもしれない。
僕より先に、“空気の使い手”がいたのだとしたら。
その仮説の先に、片倉結惟という名前が立っていた。