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#男主人公
パラレル・ゲーマー
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やがて春佳から連絡があった。
【お母さん、七月の連休に箱根に行くみたい。そのタイミングで千絵から旅行に誘われたんだけど、どう思う?】
俺はうまくいったとほくそ笑みながら、兄として返事をする。
【いいんじゃないか? たまには羽を伸ばせよ。母さんはチェックアウトしたあと観光するだろうし、移動時間もある。だから早めに帰れば鉢合わせずに済むと思う。親父には『言わないで』って言えば聞き入れてくれるんじゃないか?】
【分かった。そうする。ああ……! 楽しみだな!】
【俺も七月の連休は京都に行く予定だ。行き先は違うけど、それぞれ連休を楽しもう。お土産を買うから楽しみにしててくれ】
【京都、いいなぁ! 楽しんでね! お土産楽しみにしてる! 私も何か買うね!】
俺は無邪気に喜ぶ春佳のメッセージを見ながら、暗い目で微笑んでいた。
――ごめんな。お前が楽しい旅行から帰ったあと、親父はきっと死んでる。
三月に父親がマンションに訪れた時、春佳に連絡がつかなかった理由を聞けば、〝スマホを落とした〟からと言っていた。
数日後に無事にスマホを発見したと連絡があり、【電話をくれたのにごめんね】と謝られた時は、安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになった。
『父親にレイプされたのか?』と尋ねたかったが、【何か変わった事はないか?】と尋ねるしかできなかった。
それに対し、春佳は【何もないよ】としか言わない。
昔、俺も『動揺すれば周りにバレてしまう』と思い、何事もなかったように過ごすしかなかった。
だから妹の気持ちは痛いほど分かる。
俺に心配させまいと、酷いトラウマに苛まれた春佳が必死に平気なふりをしていると思うと、胸の奥が荒れ狂う。
――絶対に殺してやる。
――お前は、絶対にしてはいけない事をした。
――俺ならまだしも、春佳だけには手を出してはいけなかったのに。
妹の笑顔を思いだすたび、涙が溢れて止まらない。
春佳は俺にとっての、たった一つの聖域だった。
妹を守る事で脆く崩れそうな自分を保てたし、彼女と将来一緒に住む夢を持っていたから、どんな事があっても負けずにいられた。
『なのに……っ』
マンションの寝室で、俺は涙を零し打ち震える。
『待ってろ春佳。俺が害虫駆除して、居心地のいい人生を用意してやるから』
俺は涙を流し充血した目で、暗い部屋に落ちる闇を睨む。
父親さえ排除すれば、精神を病んだ母親を追い込むのは簡単だ。
『あと少し、この世を謳歌しろ』
計画が実行される七月半ばには、蝉が鳴いているだろう。
――これは蝉の復讐だ。
長いあいだ土の中で耐え忍び、地上に出たあと、それまでの鬱憤を晴らすかのように精一杯声を響かせる。
この殺人は俺の声なき叫びだ。
あと少しでこの苦悩が終わると思うと嬉しくて堪らず、俺は一筋の涙を流す。
仮に殺人がバレても、妹のために捕まるなら後悔はない。
警察には『異常性愛者から妹を守るために殺しました』と言ってやる。
それでも世間が俺を犯罪者と誹るなら、この世界はその程度という事だ。
七月になり、俺は連休の一週間前の週末に京都へ行き、金、土、日曜日をかけてあちこち駆けずり回り、証拠写真を撮りためた。
さほど使っていないSNSアカウントがあるので、一週間後になればスケジュール通り写真を投稿していけばいい。
あらかじめスマホのExif情報はオフにし、これで、ネット上の写真から撮影日時を割り出す事は不可能になる。
俺は連休が始まる金曜日に新幹線に乗って京都へ向かい、予約していた大型ホテルにチェックインしてぶらついたあと、日曜日の夕方に持ってきた荷物で女装した。
京都に行っているはずの俺が、父親が殺された日に東京にいてはまずい。
この日のためにあらかじめ脱毛サロンに行って無駄毛を処理し、〝背の高い女〟と見られるようにしておいた。
ロングヘアのかつらを被った俺は、パッドの入ったブラジャーをし、マキシ丈のワンピースに大きめのカーディガンを羽織り、帽子を被ってサングラスを掛けた。
カーディガンは肩幅や体格を隠すためもあるし、腕には子供の頃に父親に抵抗した時、痣になった痕があるので、普段から長袖で過ごす習慣があった。
このご時世、夏場でもマスクをしている人は大勢いるし、百七十三センチの女性だって珍しくないだろう。
コメント
1件
やっと動き出したか…という感じでした。妹さんを守るためにここまで綿密に計画を練る兄の執念が、蝉の比喩と重なってゾッとすると同時に切なくもありました。女装してアリバイ工作をするあたり、本当に迷いがないんだなと。ただ、春佳さんが帰ってきた後の現実を思うと、胸が締め付けられます。