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第13話:願いの扉
深淵の中に、扉が浮かんでいた。
それは白亜の無地に、中心だけ“割れた仮面”が刻まれた巨大な門。
門の周囲には空も地面もなく、ただ“静止した時間”があるだけだった。
ユイナは、赤い戦闘コートを羽織り、無重力の足場を踏みしめていた。
その手には99枚のマスクが収められたホルダー、そして――最後のひとつ、まだ完成していない“未回収の感情”が揺れていた。
彼女は静かに、扉に手をかけた。
次の瞬間、視界が反転する。
まるで内側に飲み込まれるように、彼女は《マスクコア領域》に踏み込んでいた。
そこは、何千枚もの仮面が空間に浮遊する迷宮だった。
仮面はすべて表情が異なり、笑い、泣き、怒り、無表情――
人が生まれてきたすべての“演じたかった顔”が、記録されていた。
その中心に立つ者。
性別も年齢も不明。白い仮面に金の縁取り、フードつきの礼服を纏った人物。
その名は――エンソフィア。
願いを司る“対話者”、マスクシステムの原初意志。
「ようこそ、願いの扉へ。ユイナ・サイトウ。
あなたの選択を受け取り、受理する……その前に、問う」
声は滑らかに、だが中空から“直接脳に”響く。
ユイナは問う。
「願いは……マスクを集めれば叶うんじゃないの?」
エンソフィアは静かに首を振る。
「仮面を集めることは“準備”にすぎない。
本当の願いは、“選ぶ”のではなく――“自分の仮面と対話すること”で生まれる」
その瞬間、周囲の仮面が一斉にユイナを向く。
「さあ、戦ってもらおう。あなた自身の仮面と。あなたが“置いてきた顔”たちと」
空間が歪み、仮面の軍勢が一斉に襲いかかる。
ユイナは即座にフェイズフォームへとマスクチェンジ。
補助スラスターを展開し、上空へ跳躍。
敵は“自分の過去にかぶったかもしれない仮面”たち。
誰かのために笑い続けた顔。
拒絶されないように沈黙した顔。
怒りを偽って微笑んだ顔。
すべてが、武器を持ち、攻撃してくる。
「……いいよ。全部、私が引き受ける」
ユイナはサイトスラストを展開。
視界に敵の“仮面強度”と“感情濃度”が表示される。
彼女は空間を斜めに走り、仮面のひとつを打ち砕いた。
“怒りを抑えた顔”が砕け、光とともに消える。
そのたびに、彼女の身体は重くなる。
回収ではない。これは“受容”――自分がかぶっていた仮面を取り戻す行為だった。
敵を倒すたび、視界に映る感情が濃くなる。
苦しさ、孤独、後悔、でも――確かに、自分のものだった。
最後に現れたのは、“無表情のユイナ”だった。
何も言わず、ただ視線だけを向けてくる。
ユイナは静かにその仮面に手を伸ばし、抱きしめるように語った。
「……演じてたんじゃない。守りたかっただけなんだよね。私も、あなたも」
その瞬間、仮面が光に変わり、ユイナの手の中に新たなマスクが現れた。
記憶の仮面《シン》――感情と記録の融合マスク
エンソフィアが再び姿を現す。
「これで、君は願いの条件を満たした。
あとは……君が“本当に何を願いたいか”だけだ」
ユイナは答えなかった。
まだ、言葉にならなかったから。
だが確かに、ひとつ前に進んだのだった。