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警報音は、途切れることなく鳴り続けていた。
避難所の外では赤色灯が回り、断続的なアナウンスと人のざわめきが重なり合っている。誘導の声、誰かの呼びかけ、遠くで響くサイレン。そのすべてが混ざり、夜の空気を引き裂いた。
またどこかで何かが起こったのだろうか。
蒼真は、その喧騒の縁に立っていた。
体育館の入り口を出た直後、空気が変わるのをはっきりと感じる。外の騒がしさとは別に、もう一層、静かな”圧”が重なっていた。
息を整えようとして、うまくいかない。胸の奥が熱を持ったように痛む。
指先は、明らかにさらに薄くなっていた。輪郭が曖昧になり、光の中でさえ実体感が弱い。
(……やりすぎたな)
さっきの戦い。複数を同時に操作した代償が、はっきりと現れていた。
「蒼真!」
背後から澪の声が飛んできた。
振り返ると、澪がひなを連れて外へ出てきていた。警報に押し出されるように人が動く中で、それでも二人は蒼真の位置を見失わずにいた。
「外、危ないんじゃないの?」
「中も同じだ。あいつら、普通に中まで来てた」
澪は言葉を詰まらせた。理解はできていない。でも、その事実を否定できる根拠もない。
ひなが、澪の服を軽く引いた。
「……来てるよ」
小さな声だったが、はっきりしていた。
避難所の明かりが届かない先、暗がりの中に複数の影が浮かび上がる。
人影は増えていた。十人以上はいる。その中央に立つ一人だけが、明らかに違う気配を放っていた。
ただ立っているだけで、周囲の空気がわずかに歪んで見える。
「・・・・・・何、あれ」
澪が目を細める。
「まただ……」
視線は向けているが、焦点が合わない。
「いるのはわかるのに……はっきり見えない」
その言葉通り、男たちの輪郭は人の流れに紛れ、確かに存在しているのに掴み切れない。
だが、蒼真には違った。
動きも、呼吸も、視線も、すべてが明確に見える。
「観測段階は終了した」
低い声が、周囲の喧騒とは別の層で響いた。
「干渉個体・大場蒼真。これより回収を実行する」
「……またそれか」
蒼真は吐き捨てるように言う。
男は表情を変えない。
「お前の存在は、この領域の確立構造を乱している」
淡々とした口調で続ける。
「これ以上の放置は、局所崩壊を引き起こす」
意味はわからない。だが、危険だということだけは直感的に理解できた。
次の瞬間、空気が切り替わる。
警報音が遠のき、周囲の声が薄れる。風の流れすら感じなくなる。
避難所も、人の動きも、そのままそこにあるのに、どこか遠い。
世界が、分断された。
蒼真はその感覚を、はっきりと掴んだ。
男たちが動く。
速い。これまでとは比べものにならない速度で、一斉に間合いを詰めてくる。
蒼真は踏み出す。
「当たるな」と念じた瞬間、世界は光に包まれ、音が途切れた。
すべての動きが引き延ばされる。
正面から振り下ろされる拳、側面からの回り込み、背後を狙う影。
それらを同時に捉え、順番ではなく”同時に”処理する。
正面の一撃を外させ、次の足運びを狂わせ、背後へ抜ける軌道をほんのわずかだけ逸らす。
光が消え、音が戻る。
拳が頬をかすめ、別の男がバランスを崩し、背後からの一撃は空を切った。
だが、それで終わりではない。
すぐに次の攻撃が重なる。
胸の奥に鋭い痛みが走る。足元が揺れる。
(……削れてる)
分かっている。それでも止まれない。
「右!」
ひなの声が飛ぶ。
蒼真は反射的に体をひねる。
直後、鋭い何かが耳元をかすめていった。
ひなのほうを見る。
恐怖に固まることもなく、ただ真っ直ぐこちらを見ている。
見えているのか、それとも、別の何かで捉えているのか。
考える余裕はない。
蒼真は一歩踏み込み、中央の男に狙いを定める。
「当たれ」と念じた瞬間、再び世界が光に包まれた。
今度は一点に絞る。
わずかな重心のズレを捉え、結果を強制的に引き寄せる。
時間が戻る。
拳は確実に届くはずだった。
だがーー。
「遅い」
低い声とともに、その拳は片手で止められた。
蒼真の動きが止まった。
確率が通らない。
「干渉精度は高い」
男は冷静に言う。「だが、出力が足りない」
次の瞬間、衝撃が全身を貫いた。
蒼真の身体が弾き飛ばされ、地面を転がっていく。
呼吸が乱れ、視界が揺れる。
それでも蒼真は立ち上がろうとしたが、足がもつれてしまう。
右手を見ると、指先はほとんど消えかけていた。限界が近い。
「蒼真!」
澪の悲痛な声が響く。
「まだだ!」
蒼真はなんとか立ち上がった。
男の位置を確認できたが、距離がある。踏み込めない。視界が揺らぎ、距離感が掴めない。
ひなが一歩前に出た
「……やめて」
小さな声だった。
だが、それでわずかに空気が止まった。
中央の男が初めてひなに視線を向けた。
「観測外個体……?」
わずかに表情が変わった。無表情ではなくなった。
「なぜ認識が保持されている」
ひなはただ立っていた。
震えもせず、まっすぐに蒼真を見ていた。
「この人、いなくならない」
おおよそこの場に似つかわしくない、静かで穏やかな声だった。
「いなくしない」
しかし、その奥に強い意志が感じられる。
蒼真の中に、再びこみ上げてくるものがあった。
まだ終わっていない。
削れているだけだ。
消えてはいない。
蒼真はゆっくりと呼吸を整え、目の前の男を見据えた。
世界が再び光に包まれ、音が途切れる。
今度は一つではない。
すべてを同時に扱う。
残っているものすべてを使って。
当てる。外させる。守る。
それらを一つの流れとして成立させる。
その境界線を、蒼真は踏み越えた。