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世界の光が引いたとき、最初に戻ってきたのは音だった。
遅れて、感覚が戻る。
冷たい夜気。遠くで鳴り続ける警報。避難所から漏れるざわめき。すべてが一気に押し寄せ、蒼真の意識を現実へと引き戻した。
と同時に、膝が崩れた。
地面に手をつこうとして、違和感に気づく。
右手の指先が、ほとんど見えなくなっていた。
(……やばいな)
輪郭が消えかけている。触れているはずの地面の感触が、ひどく曖昧だった。
呼吸が浅い。胸の奥が焼けるように痛む。
「蒼真!」
澪が駆け寄ってきて、蒼真の肩を掴んだ。
その力だけが、かろうじて現実に引き留めてくれた。
「しっかりして」
「……大丈夫だ」
そう答えようとして、声がうまく出なかった。
視界が揺れる。
「……無理だな」
低い声が、すぐ前から落ちてきた。
顔を上げると、あの男がすぐ目の前に立っていた。
距離は、ほんの数歩。
さっきまで感じていた圧が、さらに濃くなっている。
「出力限界を超えた干渉は、自壊を招く」
男は淡々と言った。
「お前は、もう長く持たない」
蒼真は、かすかに笑った。
「……だったらどうする」
「回収する」
即答だった。
「これ以上の拡散は許容できない」
その言葉の意味は、もう曖昧ではなかった。
排除する。
それだけだ。
「……ふざけんなよ」
蒼真はゆっくりと立ち上がろうとした。
だが、足に力が入らない。
身体が、自分のものではないみたいに重い。
「動くな」
蒼真の動きを遮るように、男が言う。
「次の干渉で、お前は消える」
その言葉は、脅しではなかった。
事実として告げられている。
蒼真は、右手を見た。
もう、指先の形はほとんど保てていない。
確かに。
あと一度、大きく使えばーー
終わる。
「……それでも」
蒼真は顔を上げた。視線は、揺れていない。
「止まる理由にはならねえよ」
そのときだった。
「やめて」
ひなの声。
蒼真と男の間に、ひなが立っていた。
小さな背中。
しかしその存在は、場の空気を明らかに変えていた。
男がゆっくりとひなに視線を向けた。
「……観測外個体」
わずかに、声の質が変わった。
「なぜ、お前は認識されている」
ひなは答えずに、ただ蒼真のほうを見ている。
「……この人、いなくならない」
静かな声だった。
「いなくしない」
その言葉は、強く響いた。
命令でも、願いでもない。
ただ、そうあるべきだと知っているような言い方だった。
男の表情が、初めてわずかに揺れた。
「……干渉しているのか」
小さく呟いた。
理解できないものを見たときの反応だった。
蒼真は、そのやり取りを見ながら、ゆっくりと息を吸い込んだ。
身体は限界に近い。でも、意識ははっきりしている。
そして、分かっている。
ここで終わらせなければならない。
もう一度、右手を見る。
ほとんど存在を保てていない。
それでもーーまだ使える。
ほんの一瞬だけなら。
蒼真は、ゆっくりと立ち上がった。
足は不安定だったが、それでも崩れない。
男はその動きを見ていた。
「無駄だ」
淡々と告げる。
「それは”力”ではない」
そして、わずかに間を置く。
「お前は、確率から離脱している」
その言葉が、重く落ちる。
「本来、存在し得ないものだ」
蒼真は、わずかに笑った。
「……だったら、なおさらだ」
拳を握る。
感覚はほとんどないが、それでも構える。
「ここで終わるわけにはいかない」
その瞬間、男の姿が消えた。そして、次の瞬間には目の前にいる。
(速い!)
今までで最も速い。反応が間に合わない。
そのときーー
「左!」
ひなの声が飛ぶ。
蒼真は反射的に身体を傾けた。
鋭い一撃が頬をかすめる。紙一重だった。
だが、まだ終わらない。
蒼真は、そのまま踏み込んだ。
これが最後だと分かっていた。
意識を集中させる。
世界が光に包まれる。
音が途切れる。
すべてが見える。
男の動き。重心。空気の流れ。澪とひなの位置。
すべてを、一つの構造として掴む。
外す。逸らす。守る。
そしてーー当てる。そのすべてを同時に成立させる。
光が弾ける。
音が戻る。
蒼真の拳が、男の中心を正確に捉えた。
衝撃が走る。空気が震える。
男の身体が大きく弾き飛ばされ、地面を滑っていく。
男が瓦礫の山に激突し、一瞬の静寂があった。
蒼真は、その場に立っていた。
だがーー
身体が崩れ始めていた。
右腕の輪郭が、肘のあたりまで曖昧になっている。足元も、わずかに透けている。
限界だった。
それでも蒼真はその場に留まり、前を見据えた。
「……まだだ」
かすれた声で言う。
自分に言い聞かせるように。
「終わってない」
その言葉は、意地ではなかった。
守るものが、そこにある限り。
この戦いは、終わらない。