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第5話:迷子の地図
雨上がりの午後。
ユイは傘を閉じて、制服のスカートについた水滴を軽く払った。
今日は前髪をピンで留めていて、濡れた黒髪が頬に貼りついている。
いつもより少しだけ乱れた見た目のまま、彼女は駅の改札をくぐった。
「……なんか違う電車に乗った気がする」
気づいたのは、電車が動き出してしばらくしてからだった。
ホームの表示を見間違えたのか、いつもの路線とは違う方向へと走っていた。
「まあ……いいや。降りればいいだけだし」
窓の外をぼんやり見つめながら、ユイは財布を取り出す。
“まるいもの”は、今日もそこにあった。
光にかざすと、そこには小さな地図のような模様が浮かんでいた。
迷路のように複雑な線。その中で、一点だけが赤く光っている。
(地図……? でも、どこの場所?)
不思議に思っていた矢先、アナウンスが流れる。
「次は、七ヶ坂(ななかさか)」――降りたことも聞いたこともない駅だった。
好奇心に背中を押されるように、ユイはその駅で降りた。
駅前の通りには、古びた文房具屋と、小さなパン屋。
そして、バス停。
なぜかそのバス停の地図が、“まるいもの”の模様とぴったり一致していた。
赤く光っていた印と同じ場所に、小さな公園があった。
行ってみると、そこには一人の女性がいた。
ベンチに座り、濡れた封筒を抱えて泣いている。
「……どうしましたか」
声をかけるつもりなんてなかったのに、口が勝手に動いた。
女性は顔をあげ、目元をぬぐって微笑んだ。
「迷ってたの。届けに行くべきかどうか。……でも、来てよかった」
彼女はユイに封筒を見せた。
そこには、誰かに宛てた手紙が入っていた。
(“まるいもの”が導いたのって――この人だったのか)
帰り道、ユイは再び財布を開いた。
地図の模様はもう消えていた。
でも、知らない駅で、知らない人の「来てよかった」を聞いたことで、
ユイの中の“ずっと迷っていたもの”も、少しだけ進み始めた気がした。