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『あんたの母親が――俺を見上げてる』
高瀬の声が途切れた。
「高瀬さん?」
返事がない。
「高瀬さん!」
電話の向こうから、金属がぶつかるような音がした。
続いて、短い悲鳴。
通話が切れた。
私はすぐにかけ直した。
出ない。
もう一度。
やはり出ない。
時計を見る。
午後九時十二分。
死亡通知に書かれている時刻は、三日後の午後十一時四十分。
まだ死ぬはずがない。
そんな考えが頭に浮かんだ自分に腹が立った。
私は死亡通知を信じているのか。
「違う」
声に出して否定し、車の鍵をつかんだ。
*
高瀬の会社に着いたとき、正面玄関は開いていた。
受付には誰もいない。
「高瀬さん!」
返事はなかった。
階段を駆け上がる。
二階の応接室。
空。
三階。
廊下の奥から、誰かの話し声が聞こえた。
「社長?」
若い社員が二人、非常階段の前に立っている。
私を見ると、一人が顔をしかめた。
「水城さん?」
昼間、応接室に来た社員だった。
「高瀬さんは?」
「いなくなったんです」
「いなくなった?」
「さっきまで社長室にいました。でも急に防犯カメラを確認するとか言って」
「カメラに何が?」
社員二人が顔を見合わせた。
「女の人が映ってたらしくて」
胸が縮む。
「どんな人ですか」
「俺たちは見てません。社長だけです」
私は廊下の奥を見る。
「防犯カメラの部屋は?」
社員が指を差した。
小さな管理室。
中にはモニターが六台並んでいた。
録画画面を確認する。
高瀬が映っている。
午後九時六分。
一人で管理室へ入る。
しばらく画面を見ている。
九時八分。
高瀬が立ち上がった。
何かを見つけたように画面へ顔を近づける。
そして後ずさる。
怯えた顔。
九時九分。
高瀬が部屋を飛び出した。
「このあと?」
社員が首を振った。
「分かりません」
私は別のカメラを確認した。
廊下。
階段。
一階受付。
裏口。
どこにも高瀬は映っていない。
「おかしい」
高瀬は管理室を出た。
それなのに、次のカメラには一度も映らない。
まるで建物の中から消えたようだった。
「最初に社長が見てた映像、戻せますか」
社員が操作した。
午後九時七分。
玄関前。
誰もいない。
私は画面を凝視した。
「もっと前」
九時六分。
誰もいない。
九時五分。
雨の降る玄関。
街灯。
それだけ。
「女の人なんていません」
社員が言った。
確かに、いない。
高瀬は何を見た?
あるいは――
本当に何かを見たのは、高瀬だけだったのか。
「警察を呼びましょう」
私は言った。
社員が頷いた。
その瞬間、
上の階から、
ドン。
重い音が響いた。
全員が天井を見る。
ドン。
もう一度。
「屋上?」
社員の一人が走り出した。
私は後を追った。
屋上へ続く扉。
開いている。
冷たい雨が吹き込んできた。
外へ出る。
「社長!」
誰もいない。
屋上の端まで走る。
そして――
下を見た。
駐車場に、
高瀬隆志が倒れていた。
「……」
声が出なかった。
仰向けだった。
雨が顔に落ちている。
目は開いたまま。
社員が叫んだ。
「社長!」
一人が階段を駆け下りる。
私は動けなかった。
転落死。
死亡通知に書かれていた言葉が頭をよぎる。
でも。
違う。
今日は九月一日。
死亡予定日は九月三日。
時刻も違う。
死因だけが一致した。
私は手すりにつかまった。
そのとき、違和感に気づいた。
屋上の床。
雨で濡れたコンクリートの上に、足跡がある。
高瀬の革靴。
屋上の中央から、手すりまで続いている。
そしてもう一種類。
小さな靴跡。
女性のものに見える。
その足跡は――
手すりの手前から始まっていた。
階段から歩いてきた跡がない。
突然、そこに現れている。
私はしゃがんだ。
雨に消される前にスマートフォンで撮影する。
すると、手すりに何かが貼りついているのが見えた。
小さな紙。
濡れている。
剥がして開く。
母の字だった。
まだ一人目じゃない。
「……え?」
私はもう一度読んだ。
まだ一人目じゃない。
高瀬は死んだ。
なのに、一人目ではない?
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
*
高瀬隆志は、その場で死亡が確認された。
転落による多発外傷。
警察は事故と自殺、両方の可能性を調べると言った。
私は母の紙について話さなかった。
話せなかった。
警察の聴取が終わったころには、午前零時を過ぎていた。
自宅へ戻る。
眠れるはずがなかった。
私は七枚の死亡通知を床に並べた。
高瀬。
榊原。
父。
三人の知らない男女。
名前を消された七人目。
一人目、高瀬隆志。
その紙を手に取る。
死亡予定日は九月三日。
まだ二日ある。
それなのに高瀬は死んだ。
だったら死亡通知は外れた?
母の予告は失敗した?
そう考えればいいはずだった。
なのに、屋上に残された言葉が頭から離れない。
まだ一人目じゃない。
スマートフォンが鳴った。
午前零時十九分。
市役所の課長、佐伯だった。
「もしもし」
『高瀬が死んだそうだな』
「どうして知ってるんですか」
『警察から確認が入った』
私は少し迷ってから言った。
「死亡通知と日付が違いました」
佐伯は黙った。
「九月三日じゃない。高瀬さんは今日死んだ」
『……』
「だから、死亡通知は間違っていたんですよね」
自分に言い聞かせるように言った。
「そうですよね?」
佐伯の声が低くなった。
『水城』
「はい」
『死亡通知をもう一度見ろ』
私は高瀬の紙を見る。
「見てます」
『氏名じゃない』
「え?」
『死亡場所だ』
私は紙に目を走らせた。
死亡年月日。
九月三日。
死亡時刻。
午後十一時四十分。
死亡場所。
そこには今まで気にしていなかった住所が記載されていた。
市内の住所。
高瀬の会社ではない。
検索する。
地図が表示された。
私は息を止めた。
「……病院?」
岸本総合病院。
未来の死亡届に署名していた医師が勤務している病院だった。
佐伯が電話の向こうで言った。
『高瀬が死亡通知の一人目だなんて、誰が言った』
意味が分からない。
「名前が一枚目に――」
『あれは順番じゃない』
「じゃあ何なんですか」
佐伯は答えた。
『死ぬ人間の名前じゃない』
私の指が止まる。
「何を言ってるんですか」
『十五年前もそうだった』
静かな声だった。
『通知に名前を書かれた人間は、死ななかった』
私は床の七枚を見た。
『代わりに、その人のそばにいた誰かが死んだ』
息ができなくなる。
「じゃあ、高瀬さんは……」
『高瀬は予告された死者じゃない』
佐伯が言った。
『高瀬の死亡通知は、まだ終わってない』
その瞬間。
二枚目の紙が、
ひらりと裏返った。
窓は閉まっている。
風なんてない。
裏面に、さっきまでなかった文字が浮かんでいた。
赤い文字。
一人目は、九月三日。
その下に名前が書かれていた。
私はその名前を見て、立ち上がることもできなくなった。
そこにあったのは、
高瀬隆志ではなかった。
水城澪。
コメント
1件
うわっ……第5話、めっちゃ重かった……🥀 高瀬さん、本当に死んじゃったんだね。しかも予定日より二日前で、場所も全然違う。そして最後の佐伯さんの「名前を書かれた人間は死ななかった」って言葉、怖すぎる……。それってつまり、高瀬さんのそばにいた誰かが代わりに死んだってこと? それで屋上の紙に「まだ一人目じゃない」って……あの文字、お母さんの字だよね? 何を伝えようとしてるんだろう。 そして最後の最後、二枚目の紙が裏返って、赤い文字で「水城澪」って……自分が次に死ぬって書かれてるの、ゾッとした。続き、気になる……🥀🤍
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しらなみ
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#主人公最強
杯雪乃
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桜咲かな
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