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高瀬隆志の死は、事故として処理された。
警察からそう聞かされたのは、翌日の午後だった。
「事故……ですか」
私は市役所近くの喫茶店で、刑事の説明を聞いていた。
向かいに座っているのは、昨日も高瀬の会社に来ていた刑事だった。
四十代くらい。
名刺には、県警捜査一課・真壁修司とある。
「現時点では、ですが」
真壁はコーヒーに口をつけた。
「屋上の防犯カメラには高瀬さんが一人で出ていくところしか映っていません。争った形跡もない。手すりから第三者の指紋も出ていない」
「でも、女性の足跡がありました」
「あなたが撮った写真も確認しました」
「だったら」
「雨が降っていました」
真壁は淡々と言った。
「古い足跡が部分的に残った可能性もあります」
「突然、手すりの前から始まっていたんです」
「写真だけでは判断できません」
私は唇を噛んだ。
真壁は続ける。
「それより、問題なのは高瀬さんの血液からアルコールが検出されたことです」
「お酒?」
「かなり飲んでいたようです」
知らなかった。
会社で会ったとき、高瀬から酒の匂いはしなかった。
「社員の証言では、死亡通知を受け取ってから様子がおかしくなっていたそうです。昨夜も社長室で一人で飲んでいた」
「だから足を滑らせたと?」
「可能性はあります」
「高瀬さんは、防犯カメラに母が映っていると言っていました」
真壁が私を見る。
「亡くなったお母様ですね」
「はい」
「映像には?」
「誰も映っていませんでした」
「なら、酔って見間違えた可能性が高い」
あまりにも簡単だった。
人は死ぬ。
酒を飲んでいた。
屋上へ出た。
足を滑らせた。
事故。
それだけ並べれば、きれいに説明できる。
七枚の死亡通知を除けば。
「これを見てください」
私はスマートフォンを出した。
高瀬の死亡通知を撮影した写真。
真壁は画面を見る。
「昨日も見せてもらいました」
「死因です」
転落死。
真壁は少し黙った。
「偶然でしょう」
「死亡する前に、転落死すると書かれていたんですよ」
「水城さん」
真壁がカップを置いた。
「脅迫状というものがあります」
「脅迫?」
「たとえば、あなたを刺し殺すと書かれた手紙が届いた翌日、受取人が交通事故で死んだとします」
私は黙る。
「脅迫者が殺したことになりますか?」
「……なりません」
「同じです」
「でも高瀬さんは、本当に転落した」
「それだけでは事件とは断定できない」
真壁の言うことは正しい。
正しいからこそ、腹が立った。
「じゃあ、高瀬さんの死亡届は?」
真壁の表情が少し変わった。
「未来の日付で登録されていた件です」
「それは事故じゃないでしょう」
「現在、市役所側にも確認しています」
「誰が登録したんですか」
「調査中です」
「死亡診断書を書いた医師は?」
一瞬、真壁の目が止まった。
「柿崎修一」
私は名前を出した。
「岸本総合病院の医師です」
「よく調べていますね」
「死亡届を見ましたから」
「職務上知り得た情報を個人的に調べるのは感心しません」
「人が死んでるんです」
「だから警察が調べています」
真壁の声が初めて少し強くなった。
私も黙った。
店内では、隣のテーブルの大学生が笑っている。
アイスコーヒーの氷が鳴った。
その普通さが、ひどく場違いだった。
「一つだけ教えてください」
私は言った。
「柿崎医師は、死亡診断書を書いたことを認めているんですか」
真壁はしばらく答えなかった。
「認めていません」
やっぱり。
「では偽造です」
「本人はそう主張しています」
「筆跡は?」
「水城さん」
「判子は?」
「捜査情報です」
真壁は伝票を取った。
話は終わりということらしい。
「もう一つ」
私は止めた。
「高瀬さんは本当に、落ちたんですか」
真壁が眉を寄せる。
「どういう意味です?」
「誰かに突き落とされたんじゃなくて」
私は昨日の光景を思い出した。
雨の駐車場。
仰向けに倒れた高瀬。
開いた目。
「自分から飛び降りた可能性は?」
真壁は答えなかった。
その沈黙だけで分かった。
考えている。
「遺書はありません」
「でも、自殺の可能性もある?」
「否定はできません」
「死亡通知を受け取った人間が、三日後に自分は死ぬと思い込む」
私はゆっくり言った。
「その人を追い詰めれば、事故や自殺に見せかけて死なせることができる」
真壁の目が変わった。
私は自分で言いながら気づいた。
予言じゃない。
呪いでもない。
死亡通知そのものが、人を殺す道具なのかもしれない。
「水城さん」
真壁が低い声で言った。
「ほかにもあるんですね」
「何がですか」
「死亡通知です」
心臓が跳ねた。
「昨日から、あなたは何度も『高瀬さんの』と言っている」
私は答えなかった。
「一枚しかないなら、そんな言い方はしない」
刑事の目だった。
「何枚ありますか」
私は迷った。
七枚あると言えば、全部渡せと言われる。
そうなれば、母の手帳も、写真も調べられる。
それが正しい。
なのに。
七枚目。
黒く塗り潰された名前。
そして昨夜、裏側に現れた私の名前。
あれだけは渡したくなかった。
「一枚だけです」
嘘をついた。
真壁は数秒、私を見ていた。
「分かりました」
信じていない。
でも、それ以上追及しなかった。
席を立つ。
「高瀬さんの死亡予定日は、明後日でしたね」
「はい」
「なら一つ、確認する価値はある」
「何を?」
真壁は振り返った。
「その日時に、何が起きるのか」
*
九月二日。
高瀬隆志が死んだ翌日。
私は岸本総合病院へ向かった。
高瀬の死亡通知に記されていた死亡場所。
そして、偽造された死亡診断書に名前を使われた医師がいる場所。
病院の受付で尋ねる。
「柿崎修一先生にお会いしたいんですが」
受付の女性がパソコンを確認した。
「申し訳ありません。柿崎は本日お休みです」
「明日は?」
「少々お待ちください」
画面を見ていた女性の表情が変わった。
「……あれ?」
「どうしました?」
「先生、しばらく休診になっています」
「いつからですか」
「今日からです」
胸騒ぎがした。
「連絡は取れますか」
「個人の連絡先はお教えできません」
当然だ。
私は礼を言って受付を離れた。
そのとき。
背後から声がした。
「水城澪さん?」
振り返る。
白衣の女性が立っていた。
四十代くらい。
顔色が悪い。
「はい」
「柿崎先生を探してるんですよね」
「そうです」
女性は周囲を確認してから、私に小さな封筒を差し出した。
「これを預かっています」
「誰から?」
「柿崎先生です」
封筒の表には、
水城澪様
と書かれていた。
「いつ預かったんですか」
「昨日です」
「先生はどこに?」
女性が唇を震わせる。
「分かりません」
「どういうことですか」
「昨日の夜から、連絡が取れないんです」
私は封筒を開けた。
中には、一枚の紙が入っていた。
死亡診断書。
患者氏名。
私はそこを見た。
柿崎修一。
死亡年月日。
九月三日。
死亡時刻。
午後十一時四十分。
高瀬の死亡通知と、
まったく同じ日時だった。
そして死因の欄には、
一言だけ記されていた。
事故死。
裏面に、手書きの文字があった。
高瀬隆志は一人目ではない。
その下にもう一行。
一人目は、私です。
350
82
#王子
すっこ
173
#主人公最強
杯雪乃
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コメント
1件
読んだよ…第6話。めっちゃゾクッとした。 真壁刑事とのやり取り、どっちも譲らなくて、でも最後に「一枚だけです」って嘘をつく澪の選択がすごく重かった。あの七枚目の存在、隠したい気持ち、分かる気がする。 そして最後の柿崎医師の死亡診断書…「一人目は私です」って、もう言葉が出なかった。この展開、心臓に悪いけど、続きが気になって仕方ないよ。