準備も終わり、いよいよ旅立ちの時が訪れる。
エレノイアとイアンも『原初の神殿』の入口までついてきてくれた。
「こちらの道に沿って進めば、1時間ほどで目的地の『エイバスの街』へ到着いたします。一本道ですから迷いはしないでしょうし、街道沿いであれば魔物はほとんど出現しませんから、心配する必要もないと思うのですが……念のため、警戒を怠りませぬよう」
「はい、十分に気を付けます。エレノイア様、何から何までご用意くださり有難うございました」
「滅相もありませんわ」
「イアンも色々ありがとな」
「いえ。僕のほうこそ、ありがとうございました!」
「……それでは行ってきます」
森の中にポツンとそびえる石造りの神殿。
その入口を長きに渡り静かに守り続けてきた正門から、深い緑に生い茂る木々の間に延びる道へと、俺は1歩ずつ踏み出していった。
「えっと……確かこの辺だったような……お、あれか!」
魔物に出会う事も無く道なりに15分ほど進んだところで、お目当ての木の杭を発見した。
ゲームではこの杭を目印にして、俺が愛用していた『とある装備』が隠されているのだ。
「ここからどうすんだっけ……そっか、こういう時の【攻略サイト】だな」
【攻略サイトLV1】は、説明によれば『Brave Rebirth 攻略サイト』を閲覧できるスキルらしい。
この世界――ゲームなんて存在しない――の人間に説明するのが大変そうだな、とエレノイアたちの前では使用を控えていたけど……1人になったし、そろそろ使ってみても良い頃だろう。
――攻略サイト オープン。
試しにステータス呼び出しと同じ感覚で念じてみると、俺の目の前に半透明のウィンドウが飛び出した。
ステータス画面との違いは、毎日のようにPCで見まくってた攻略サイトTOPページ、つまり『目次画面』が表示されてるってとこだな。
「お、攻略サイトは日本語のままなのか」
ステータス画面やアイテム鑑定結果といったウィンドウの表示結果に加え、原初の神殿内で使われていた文字は見る限り全て『独自文字』だった。
よってこの目次画面こそが、こっちで初めて目にした日本語表記になるわけだ。
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魔術レシピ:各魔術の詠唱呪文レシピ・発動に必要なスキル等
生産系レシピ:各アイテムの生産レシピ・生産に必要なスキル・道具等
プロジェクト:有志による様々なプロジェクト
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現在進行形で熱く『Brave Rebirth』をプレイする多数のファンが利用しているだけあって、掲載情報の量は膨大で、その内容はほぼほぼ正確だと言っていい。
中でも盛り上がっているのは、プロジェクトという項目だろう。
ここでは、誰でも自由に立ち上げ可能なプロジェクトが多数稼働。各プロジェクトごとに掲示板があり、これまた誰でも自由にコメントを書き込む形式で参加できる。
ブレリバはオフライン形式のため、他のユーザーと協力プレイなどは難しい。だが掲示板機能をうまく使うと、全国のプレイヤー達と楽しい時間を共に過ごすことも可能なのだ。
多種多様なプロジェクトの例がこちら。
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『初心者さんいらっしゃい ~ベテラン勢が優しく教えます!』『雑談したい』『料理つくりたい人集まれ!』『☆色んな服を着たいっ or 着せたいっ☆』『カジノを楽しむ』『農業でのんびり田舎暮らし』『リバース経営者交流会』『ブレリバオフ会企画・東京』『†究極魔術研究†』『素手で目指す最強の道』『【スピードクリア】最速攻略』『アイテムコンプリートへの道』『リバース民俗学研究会』『独自文字を解読しませんか?』『ケモナーの集い』『エルフこそ至高!!』……等。
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もっとも多いのは「魔術術式や生産レシピの開発を楽しむ系のプロジェクト」だな。
開発系プロジェクトの掲示板では日々、さまざまな研究や考察や議論が熱く交わされていて、新要素の大半はここで発見されたといっても過言ではないだろう。
俺自身も幾つもの開発系プロジェクトの常連だったし、時間を見つけては他の様々なプロジェクトの掲示板も定期的に巡回して、情報を仕入れるようにしていた。
そんな攻略サイトの目次画面を開いたはいいが、ここで俺は戸惑ってしまった。
目の前には、宙に浮く半透明ウィンドウのみ……PCと違ってキーボードもマウスもカーソルもないため、どう操作していいか分からなかったのだ。
試しに目次の『マップ』という文字リンクを、指でタッチしてみる。
1度ウィンドウが閉じてすぐ開き、これまた見慣れたリバースの世界地図が現れた。
「なるほど……このウィンドウ、タブレットPCみたいな感じで使えばいいんだな」
引き続き、お目当ての情報を探していく。
世界地図の中の現在地――原初の神殿近くの森――をタッチすると、周辺を拡大した詳細地図が現れる。何度かフリックし画面を素早く移動させると、ようやく探していた情報のメモが見つかった。
――道と杭を背にし『正面に4歩、右に5歩』進んだ足元。
メモによると、ここに例の装備が隠されているはずだ。
この地点を“調べる”場合、ゲーム中だとボタンを押すだけなんだけど……。
あいにく現実はコントローラーじゃ操作できない。
自分の手足を動かして、実際に調べてみるしかないだろう。
ちょうど落ちていた木の板をスコップがわりに、落ち葉が溜まった柔らかい土を掘ってみる。掘り始めてすぐ、板が硬いものにぶつかった。
さらに掘り進めると30cm四方ほどの古びた金属製の箱が現れる。
土を払い落としてからそっと蓋を開ける。
中に入っていたのは――綺麗に折り畳まれた1枚のマント。
金属箱は一応「何かに使えるかも?」と【収納】にしまい込み、はやる気持ちのまま早速マントを羽織ってみる。首の近くで金具をカチっと留めた瞬間、それはまるで自分の体の一部みたいにしっくりきた。
「……うん。やっぱり俺は、このマントじゃないとな!」
飾り気も光沢もなく地味な色合いの、ゆったりした茶色いマント。
わざわざ隠されているとはいえ、実はこのマント自体に何らかの能力補正や効果があるわけじゃない。何の変哲もない、ごくごく普通の装備なのだ。
このゲーム中には、そんなアイテムだって数えきれないほど存在している。
攻略サイトで偶然その存在を知った俺が、初めてこのマントを手に入れたのはプレイ2周目のことだった。
「せっかく入手したから……」とその場でとりあえず装備。
そしてキャラを走らせてみた瞬間。
風を受けヒラリヒラリと華麗になびくシルエットに、俺は一目ぼれしてしまった。
冒険の中で、マントはこれ以外にも多数ある。
それこそ超強力な能力補正がつく装備もたくさんあれば、生産系スキルを駆使して自分自身でも作り出すことだって可能なはずなのだが……なぜかこれ以外グッとくる物に出会うことはできず。だから俺のキャラは基本ずっとこのマントを装備していたのだ。
ちなみにこのマントは、『とある有名プレイヤー』が発見したアイテムである。
彼はゲームにおいて、魔王討伐そっちのけで大陸の端から端まで1歩ずつボタンをポチポチ連打しては、全ての地面や壁を調べていった。
調査の過程で、普通にプレイしていては見つかるはずがない――ゲーム中にて探し出すためのヒントが全く無い――いわゆる『隠しアイテム』『隠し部屋』などの隠し要素も多々発見した。
そして彼は、これらの調査結果を書き込んだ地図を作成しては定期的にプロジェクトの掲示板へと載せていた。
攻略サイトの『マップ』で現在見られる詳細地図の9割は、彼が作り上げた膨大な量の地図を元に作られたデータであり、多数のプレイヤーがその恩恵を受けている。
その地道な努力による功績を称え、プレイヤー達は“彼”をこう呼ぶ――
――『ブレリバの伊能忠敬』、と。
さて、隠しアイテムを無事に見つけ出した俺には、やりたい事がもうひとつあった。
出発前にエレノイアも言っていた通り、この街道周辺には魔物はほぼ出ない。
だがあくまで、それは“街道沿い”だけの話。
道から離れていけばいくほど、魔物との遭遇率が上がっていくのだ。
安全を考えるなら、いったんエイバスの街へ向かい、 剣をある程度習ってから魔物と戦うのが間違いなくベストだろう。
だけど……。
諦めきれない俺は、腰から『手作りの剣』を抜き、サッと振ってみる。
「あ、確かに軽い」
鑑定情報――とても丈夫で軽く、初心者に最適な剣――の通り、初めて剣を触った俺でも無理なく振れるほど、その剣は軽かった。
試しに『ゲーム内で片手剣を装備した時の“通常攻撃モーション”』を思い出しつつ、切り裂くように大きくひと薙ぎ。
「……悪くないかも」
これなら大丈夫そうだと確信した俺は、念のため抜いた剣を右手に構えたまま道を離れ、周囲を見回しながら慎重に森の中へと進んでいくことにした。
薄暗い木々の間を歩いていくと。
少し離れた辺りからガサガサッという物音。
ゆっくり静かに深呼吸。
なるべく足音を立てないよう、音がした方向へ近づいてみる。
物音の主は、魔物『ワイルドラビット』。
名前通り見た目だけは普通の可愛いウサギである。だが意外と凶暴で脚力が強く、人を発見すると牙をむいて襲ってくる可能性が高いため要注意という設定だった。
ゲーム中では「LV1の初心者でも問題なく倒せる討伐対象」となっているうえ、目の前のそれは何かを食べるのに夢中で俺へと背を向けている模様。
おそらく後方で息を潜める俺の存在には、微塵も気が付いていないだろう。
「……絶好のチャンス、ってやつだな……」
そろりそろりと、ワイルドラビットまでの距離を詰めていく。
あと2mの距離まで近づいたところで、そーっと剣を振り上げた。
背後から勢いよく飛び掛かり、斬り下ろすっ!
崩れ落ちて動かなくなるワイルドラビット。
その体はキラキラ光る粒子に変わり、そして静かに消えた。
まるで空気に溶けこんでしまったかのように。
ワイルドラビットが消えると同時に残ったのは、子供の握りこぶしほどの大きさの黒い鉱石。
地面に転がり落ちたそれを拾いあげてみる。
「倒した魔物が消えるってのはゲームと一緒か……違うのは、ドロップ品を自分で拾わないといけないってところかな」
不意打ちとはいえ、初めての戦闘を完全勝利で飾った俺は、手の中の鉱石をしばらくしみじみ眺めていた。
その後もワイルドラビットなどの貧弱な魔物しか出現しなかったこともあり、俺は時間が経つのも忘れ、まるで流れ作業かのように全て一撃&無傷で魔物を葬っていく。
途中までは「何体討伐したか」を数えていた。
だが20体を超えたあたりで面倒になり、カウントするのをやめてしまった。
苦戦することなく魔物達を狩り続け、LVが2にアップしたあたりで、何だか体が重くなってきたことに気付く。
まだ戦いたいという気持ちもあったが、大事をとってエイバスの街へと向かうことに決めた。
「せっかくLVも上がったことだし、1度ステータスを確認しとくか……」
見習い剣士に【偽装】した状態の現在のステータスはこちら。
LVが上がったことで、ほんの少しだけHPや攻撃力などが上がったようだ。
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名前 タクト・テルハラ
種族 人間
称号 見習い剣士
状態 空腹
LV 1→2
■基本能力■
HP/最大HP 20/54→58
MP/最大MP 32/28→32
物理攻撃 20→24+10
物理防御 8
魔術攻撃 10→12
魔術防御 8
■スキル■
剣術LV1、収納LV1
■装備■
手作りの片手剣(物理攻撃+10)、布の服、革のブーツ、ある旅人のマント
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「……ん? なんでHPが減ってるんだ?」
ゲーム中でHPが減るのは、敵からダメージを食らうか、毒などの状態異常になるかした場合のみだった。
今のところ魔物達との戦闘1度もダメージを食らっていないはずだし、状態異常攻撃を仕掛けてくるような面倒な敵もいなかったはず。
首をかしげつつステータス画面を見ていた俺は、見たことがない表記に気付いた。
「……空腹?」
俺の声に反応し、ウィンドウが更新される。
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空腹:しばらく飲食をしていないとかかる状態異常/一定時間毎にHP減少
■神の一言メモ■
地球では、“げぇむ”とやらはあくまで遊びで、あまりにも生活感があり過ぎると楽しむのが難しいと聞いてのう。じゃからワシが気をきかせての、食事や睡眠や掃除や洗濯なんぞの必要性をはじめ、楽しみを邪魔しそうな要素は無くしておいてやったんじゃ。
もちろん現実世界のリバースでは、飯を食わんと死んでしまうし、きちんと洗わねば服の汚れはとれないぞよ!
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ウィンドウ更新。
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■神の一言メモ■
あれ? 言ってなかったかのう?
確かに危険かもしれんの、早く何か食べるがよい。
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「いや、食べられる物持ってないから!」
更新。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■神の一言メモ■
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
呆気にとられる俺を放置し、強制的にウィンドウが閉じた。
「……嘘だろ……」
このままじゃまずい、と無理やり気を取り直す。
いったん何も考えないことにして、エイバスの街へと足早に向かっていった。
数十分後。
時間が経つにつれ段々ふらつき出した頭と体を引きずりつつ、必死に一本道を進んでいた俺の目に、灰色の石で出来た高い塀が飛び込んできた。
「エイバスだ……助かった……」
ようやく希望が見えてきた。
残った体力を振り絞り、街の入口へと走り出す。
そんな俺を見つけてくれた男が1人。
がっしりした体格の彼は、俺の姿を認識するや否や、エイバスの街の門前から、長槍を携えたまま大慌てで駆け寄ってきた。
「あなたは?」
「俺はそこの正門の守衛だ。で、どうした? 何かに襲われたのか?」
「いえ、魔物は大したことなかったのですが……」
「なんだ? 言ってみろ!」
「その……」
正直に言うのは、ちょっと気が引ける。
だけど恥ずかしがっている場合じゃない。
今は“緊急事態”なのだから。
「食べ物を持たずに森に入ってしまって……おなかが、すきました」
言葉に詰まる守衛の男。
「……分かった……とにかく、これを食え」
腰にぶら下げた皮袋の中から包みと水筒を取り出し、俺へと渡す守衛。
「これは?」
「俺の夕飯だ」
「え、そんなの貰ったら悪いです――」
「死にそうな奴が何言ってんだ、いいから食え! かわりなんざ、どうにでもなる」
「……ありがとうございます」
包みを開け、中のサンドウィッチに夢中でかじりついてはむせそうになり、慌てて喉へと水を流し込む。
何かの肉が挟まった濃い味付けのサンドウィッチは、今まで食べたどんな物よりもおいしくて……いつの間にかちょっと涙がこぼれそうになっていた。
食べ終わって一息ついたところで、守衛が気遣うように口を開いた。
「……どうだ?」
「たぶんもう大丈夫です」
「一応ステータスは確認しておけ」
「はい」
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名前 タクト・テルハラ
種族 人間
称号 見習い剣士
状態 健康
LV 2
■基本能力■
HP/最大HP 38/58
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・
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「状態もHPも回復したみたいです」
「そうか、よかったな」
「あの、本当にありがとうございました」
「いいってことよ……うまかっただろ?」
「ええとっても! なんとお礼をすればよいやら――」
「へっ、礼なんざいらねーよ」
「それじゃ俺の気がすみません! ちゃんと何かお礼させてください!!」
守衛は溜息をつき、そして言った。
「……しょうがねぇなぁ……お前ここらで見ねぇ顔だし、エイバスの街は初めてなんだろ?」
「はい」
「しばらくこの町にいるのか?」
「そのつもりです」
「じゃあさ……今度、酒でも奢ってくれや」
「え?」
「オススメの安くてうまい店があるからさ。まぁついでに、この街のことも色々と教えてやるよ」
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