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夜。
仕事を終えたラウールは、珍しく一人で阿部と目黒の家に来ていた。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
玄関を開けた阿部は、ラウールの顔を見るなり少しだけ首を傾げた。
「めめ、まだ帰ってないよ?」
「知ってる」
「じゃあ俺?」
「うん」
「珍しいね」
阿部が笑う。
ラウールも笑おうとしたけれど、たぶん上手くできなかった。
それを見ても。
阿部は何も聞かなかった。
「ご飯食べた?」
「まだ」
「じゃあ食べよ。舘さんが昨日持ってきてくれたのあるから」
「舘さんのご飯?」
「うん。俺、一人だと適当に済ませると思われてるから」
「実際そうじゃん」
「最近はちゃんとしてるよ」
そんな話をしながら、二人でキッチンへ向かう。
温め直した料理を並べて。
向かい合って座る。
ラウールはしばらく普通に食べていた。
阿部も何も聞かず、今日あった仕事の話をする。
佐久間が差し入れのお菓子を全部開けたこと。
康二が撮った写真が少しぶれていたこと。
深澤が移動中に寝落ちして、岩本の肩から一度も動かなかったこと。
どうでもいい話。
なのに。
ラウールは、それがありがたかった。
「……あべちゃん」
「ん?」
「相談していい?」
阿部の箸が止まる。
でも。
表情は変わらなかった。
「もちろん」
「結構、真面目なやつ」
「うん」
「答え出ないかも」
「それでもいいよ」
ラウールは少し黙った。
それから。
テーブルの上に置いていたスマートフォンを裏返す。
そこには。
今日届いた仕事の話が入っていた。
今までとは少し違う仕事。
自分一人で挑戦するには大きくて。
もし受ければ。
しばらく九人での仕事との両立が難しくなるかもしれない。
でも。
ずっと興味があった分野だった。
「やりたいんだと思う」
ラウールが言う。
「でも、怖い」
「九人の仕事減らしたくないし」
「みんなに迷惑かけたくない」
阿部は。
やっぱり。
ただ頷いた。
ラウールが少し眉を寄せる。
「……何か言ってよ」
「聞いてるよ」
「そうじゃなくて」
「じゃあ、何て言えばいい?」
「分かんないけど」
ラウールは少し困ったように笑った。
「あべちゃんなら、なんか答え出してくれるかなって思った」
「俺が?」
「うん」
「なんで?」
「だって、あべちゃんだから」
言ったあと。
ラウールは少しだけ後悔した。
でも。
阿部は怒らなかった。
ただ。
静かに笑った。
「そっか」
それだけ。
ラウールが逆に気になる。
「何?」
「いや」
阿部は少し考えて。
「前の俺なら、たぶん答え出そうとしてたなって」
「……前?」
「うん」
阿部は湯気の立つカップを両手で包んだ。
「条件整理して」
一つずつ。
指を折る。
「その仕事を受けた場合のメリット」
「デメリット」
「グループに与える影響」
「スケジュール」
「将来的な価値」
「……めちゃくちゃやりそう」
「でしょ?」
二人で笑う。
阿部は少しだけ視線を落とした。
「それで、最後に一番合理的な答えを出す」
ラウールは黙って聞いた。
「でも」
阿部は続ける。
「多分、それじゃダメなんだよね」
「何で?」
「ラウの人生だから」
「……」
「俺が正解決めちゃダメじゃん」
ラウールは。
何も言えなかった。
阿部は、ラウールの方を見る。
「やりたい?」
「……やりたい」
「怖い?」
「怖い」
「九人も大事?」
「大事」
「じゃあ、それ全部本当なんじゃない?」
ラウールが瞬きをする。
「どれか一個にしなくていいの?」
「しなくていいでしょ」
「でも決める時は、どっちか選ばなきゃいけないじゃん」
「仕事はね」
阿部は頷く。
「でも気持ちまでどっちかにしなくていい」
ラウールは黙った。
やりたい。
でも怖い。
自分の可能性を試したい。
でも九人の場所も離したくない。
どちらも欲しいなんて。
わがままな気がしていた。
「俺さ」
ラウールがぽつりと言う。
「最近、何やってても言われるんだよね」
「何を?」
「次どうするのって」
仕事。
グループ。
個人。
将来。
「ラウールならもっとできる」
「今のうちに挑戦した方がいい」
「海外も行ける」
「今しかできないことがあるって」
阿部は何も挟まずに聞いていた。
「ありがたいよ」
ラウールは笑った。
「期待されるのも嬉しいし」
「でも」
少しだけ。
声が小さくなる。
「俺、ずっと走ってなきゃダメなのかなって思う時ある」
阿部の表情が。
ほんの少しだけ変わった。
ラウールは気づかなかった。
「止まったらもったいないって言われるし」
「今の自分で満足したらダメな気もするし」
「もっと上に行かなきゃって」
そこで。
ラウールは笑う。
少しだけ困ったように。
「でも、どこが上なのか分かんない」
部屋が静かになる。
阿部はすぐには答えなかった。
少しして。
「俺も分かんない」
ラウールが顔を上げる。
「え?」
「上ってどこだろうね」
「……あべちゃんでも分かんないの?」
「分かんないよ」
「嘘」
「本当」
阿部は笑った。
「昔は、正解があると思ってたけど」
仕事なら。
結果を出す。
求められたことに応える。
できることを増やす。
迷惑をかけない。
必要とされる。
それが正解だと思っていた。
「でもさ」
阿部が静かに言う。
「俺、正解ばっかり選ぼうとして」
少しだけ間を置く。
「自分が嫌だって思ってること、後回しにしすぎたから」
ラウールは黙った。
それ以上。
阿部は以前の話をしなかった。
しなくても分かった。
だから。
ラウールも聞かなかった。
「ラウ」
「うん」
「俺は、やれとも、やめろとも言わないよ」
「……うん」
「でも」
阿部はまっすぐラウールを見る。
「誰かが期待してるラウじゃなくて」
静かに。
「ラウが、どうしたいかは聞く」
ラウールの喉が。
少しだけ詰まった。
「……ずるいな」
「何が?」
「それ、一番難しい質問じゃん」
「そうだね」
「答え出してよ」
「やだ」
「即答」
「だって俺の答えじゃないもん」
阿部が笑う。
ラウールも。
少しだけ笑った。
しばらく二人で黙っていた。
やがて。
ラウールが口を開く。
「……やってみたい」
「うん」
「でも、九人の仕事も諦めたくない」
「うん」
「両方できる方法があるか、まず相談したい」
「うん」
「無理だったら」
そこで止まる。
阿部は待った。
急かさない。
答えを補わない。
ラウール自身が続けるのを待つ。
「……その時、もう一回考える」
阿部が頷いた。
「いいんじゃない?」
「それだけ?」
「それだけ」
「正解?」
阿部は少し笑う。
「知らない」
「またそれ」
「でも」
阿部は言った。
「今、ラウが出した答えではあるでしょ」
「……うん」
「じゃあ今は、それでいいんじゃない?」
ラウールはゆっくり息を吐いた。
胸の奥にずっとあった何かが。
少しだけ軽くなる。
その時。
玄関の鍵が開いた。
「ただいま」
目黒の声。
阿部がすぐに振り返る。
「おかえりー」
「ラウール来てる?」
「いるよ」
目黒がリビングへ入ってくる。
「珍しいね」
「相談」
ラウールが答える。
目黒が阿部を見る。
「解決した?」
阿部は首を横に振った。
「してない」
「え?」
ラウールが笑う。
「この人、何も解決してくれなかった」
「ひどい言い方」
「本当じゃん」
目黒が不思議そうに二人を見る。
「じゃあ何してたの?」
ラウールは少し考える。
それから。
笑った。
「話してた」
「だけ?」
「うん」
阿部も笑う。
「それだけ」
でも。
それでよかった。
答えはまだない。
これから変わるかもしれない。
明日にはまた迷うかもしれない。
それでも。
自分が何を好きで。
何を怖いと思って。
何を手放したくないのか。
それを一つずつ知っていけばいい。
誰かが決めた正解の色ではなく。
自分が選んだ色で。
まだ。
途中でいい。
ラウールは帰る前。
玄関で靴を履きながら、阿部を振り返った。
「あべちゃん」
「何?」
「また分かんなくなったら来ていい?」
阿部はすぐに笑った。
「もちろん」
「今度は答え出してね」
「出さないよ」
「ケチ」
「ラウの答えだから」
ラウールは一瞬黙って。
それから。
「……じゃあ、一緒に考えて」
と言った。
阿部が頷く。
「それならいくらでも」
「うん」
ラウールは笑って玄関を出た。
まだ。
どこへ行くかは決まっていない。
でも。
誰かに決めてもらわなくてもいい。
自分の好きなものを。
自分で選んでいい。
そう思えた夜だった。
群青 YOASOBI
#💛💜
みら

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コメント
3件

🤍の答えだから 急かさない 正解はない様に思います。前なら💚自分の事ほっといて答え探してあげてたのかな。 どの選択をしても間違いではないよな。 どんな答えが出るのか…
うわ、すごく良かった……。阿部ちゃんが「答え出さない」ってスタンスを貫いたのが、逆にめちゃくちゃ効いてる。ラウールの「どこが上なのか分かんない」に「俺も分かんない」って返すところ、あれってかなり勇気のいる返しだと思う。答えを知ってるふりをしないからこそ、本気で向き合ってる感じがした。 「正解ばっかり選ぼうとして自分が嫌だって思ってること後回しにしすぎた」って阿部ちゃんの過去の重みも一瞬で伝わってくるし、ラウールが「一緒に考えて」って言い直したところに、ちゃんと関係性が更新されてるのが見えた。九人がいて個人も大事で、どっちも欲しいっていうわがままを否定しない作品、めちゃくちゃ好きです。