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そのポストは、街外れの古い洋館の庭に、ひっそりと立っている。
ペンキの剥げた、空色のポスト。
そこには、切手も住所もいらない。
ただ、この世にはもういない誰かへの「想い」をつづった手紙を入れればいい。
管理人の湊(みなと)は、今日も静かに庭の掃き掃除をしていた。
彼の手元には、常に小さなメモ帳がある。
十年前のあの日から、彼は言葉を失っていた。
「あの……すみません」 震える声に振り返ると、 そこには女子高生が立っていた。
制服の袖で何度も目を拭ったのだろう。目元が赤く腫れている。
湊は、穏やかに会釈をした。そしてメモ帳に素早く文字を書く。
『ここは、空色のポストです。何か、預けたいものがありますか?』
少女は唇を噛み締め、カバンから一通の手紙を取り出した。
「私……お母さんに、ひどいこと言ったんです。あの日……。 それが最後になるなんて思わなくて」
少女の話は、 痛いくらいに切実だった。
ささいな親子喧嘩。
朝、家を出る時に投げつけた「大嫌い」という言葉。
その日の午後、母親は交通事故で帰らぬ人となった。
湊は、少女の言葉を黙って聞き続けた。
否定もせず、過度な同情もせず。
ただ、雨上がりの湿った風のように、そこにあるだけの存在として。
少女が手紙をポストに入れた瞬間。 カタン、という乾いた音が響いた。
「これで、届くんでしょうか」 湊は空を見上げた。
雲の切れ間から、柔らかな陽光が差し込んでいる。 彼はメモ帳にこう記した。
『届きます。ここは、心と心が一番近くなる場所ですから』 少女は深々と頭を下げ、少しだけ前を向いて歩き出した。