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絵里香の職場であるスーパーの影になっているところに車を停めた。

何となく後ろめたいところがあったためだ。

晃は子どもたちを盾に使うつもりで仲良く右手に瑠美、左手に塁を連れてスーパーの中に入っていく。

こうやって親子3人で絵里香の職場のスーパーに入ってくのは初めてだった。気持ちは新鮮だった。


「お父さん、ここにお母さんいるの?」


「行ってみないとわからない」


「ねぇねぇ、お父さん。僕、マービィのグミ食べたいから、買って」


「えー、私はプリティのグミにする!!」


「はいはい。わかった」


自動ドアを通り抜け、カモフラージュのカゴを持って、中に入る。

特に何を買うってわけじゃない。子どもたちの好きなお菓子を買う目的と絵里香を探す。

野菜売り場から、順番に回って、何か食べたいのは無いかと見ながら棚に商品を並べる店員を見ながら、絵里香がいないかを見る。



ふと、歩いているとバックヤードの方から、店長の加藤と横で一緒に話しながら出てくる女性店員がいた。



「あ!! お母さん!!」


見つけるのは早かったのは、塁だった。


「本当だ、お母さん!!!」


塁に続いて、瑠美も後ろについていく。


「お、なんだ。子どもたちじゃん。元気になったんだな。瑠美ちゃんってこっちか」


店長の加藤が屈んで、同じ目線になり、瑠美の頭を撫でた。


「お母さん、この人だーれ」


瑠美は加藤を指を指す。瑠美も塁も絵里香の両脇にがっしりつかんで離さない。


「瑠美、人を指さしちゃだめ。この人はお母さんの職場の店長さんだよ」

「お母さん、なんで帰ってこないの?」

「えー」


子どもは話のタブーなんて知らない。純粋なんだ。塁は話してはいけないことだったなんて知らない。

空気が重くなった。加藤は、ポケットから棒付き飴を取り出して、瑠美と塁に手渡した。


「あ、僕の好きなやつ。ラムネ味」


「私、いちご味。やったぁ」


ちょうどよく、2人の好きな味だった。すごく喜んでいる姿に晃は嫉妬した。

食べ物で子どもたち2人を笑顔にするのは難しかった。いとも簡単にこなしているのを見て腹立だしい。


「こんにちは。いつも、嫁がお世話になっております。夫の榊原 晃です」


絵里香の隣にいた加藤に挨拶しに行った。



「あぁ。どうも。お世話になっております。このスーパーの店長の加藤龍次郎と申します。昨日は連絡も無しに絵里香さんを病院にお連れして申し訳ありません。彼女が具合悪いというものですから、通院に付き添っておりました」


「あー…ああ、そうだったんですね。わざわざ、すみません。具合悪くしてたんなら、連絡もできませんね。ありがとうございます」


(絶対違うだろ。絵里香はこいつに洗脳されてるな)



声の調子、話し方で嘘をついてると察した晃は、絵里香を誘導したのは店長の加藤だと悟った。絵里香は何となく、気まずい雰囲気で何も話すことはできなかった。少し離れたところに晃は絵里香を引っ張って、小声で話した。


「絵里香、今日は帰ってくるんだろうな?」


「……帰る? 私もいつ帰ってもいいよね? 連絡無しに朝帰りした人に言われたくないから」


「え……根に持ってる?」


「私、いつでもいいよ」


「???」


「緑の紙書く、覚悟できてるから」


「マジかよ!? 朝帰りしただけで離婚するのかよ!?」


「私が怒っているのは朝帰ってきたからが理由じゃないから。あなたのやっている行動全部お見通しだから。ちょっと手を離して!!」


無意識に絵里香の手を掴んでいる晃。掴んでいる手は強かった。


「だったら、お前は自由にやっていいのかよ! どーせ、昨日泊まったのってさっきの店長のところだろ?? タバコなんて吸った事ないのにお前の髪にあいつと同じ匂いついてんだからな!! わかるんだぞ。俺は電子タバコだから紙タバコの匂いくらい。ずるいな、ちくしょう!!」


絵里香は長い髪についた匂いを確認する。バレたなと心の中で舌を出す絵里香。


「きも。そこまでする?」


「き、きもって……」


「帰らないから……」


「ちょ……子どもたちどうするんだよ」


そう言っていると、瑠美と塁は、加藤と戯れあってじゃんけんをして楽しんでいた。意外と子煩悩な加藤の姿を垣間見れた瞬間だった。


「ほら、なついているよ? 何か思うことない?」


絵里香は加藤の様子を指さす。晃は苛立ちを隠せない。父親としての役割が一つ失われたような瞬間だった。頭の中の何かがパキンと割れた。晃はその場にいられなくなって、スーパーから走って逃げた。


「ちょ、これから仕事なんだから!! 子どもたち置いて行かないでよ!!」


叫んだが、もう遅かった。晃が乗る車は東の方向へと走って行ってしまった。

子どもたちも晃のことは全然気にしていない。

2人は今が楽しいことが1番でいつまでも加藤とするじゃんけんに夢中になっている。

絵里香はため息をこぼして、仕事を切り上げることにした。


「え!? お母さん、今日、休み?やった。公園連れてって」


塁は喜んだ。


「グミ買ってくれるってお父さんに約束したのにどこ行ったの?」


瑠美は思い出すように晃のことをいう。


「わからない。どこか行っちゃったね」


絵里香はもう、晃のことを話すのが嫌になり始めた。いつからだろう。夫婦としての歯車が狂い始めたのは。初めからこんなんじゃなかったのに。子どものことを考えることになってからすれ違うことが多くなった。育ってきた環境が違うからか。仕事と子育ては違う。根本的に違うのは、見ているところが違うということ。仕事は基本、自分自身で選んだこと。子育ては次々来る望んでない時に来るミッションのようなもの。

そして、フラストレーション。


それでもサボってはいけないし、やらなくてはいけない。

測り間違うと、育児放棄、虐待だのいろいろ周りに言われる。

体裁整えて、どうにか何も言われない中間点でキープしておかないといけない。

育児をやりすぎると夫婦のさじ加減で喧嘩する。

ほどほどがいいんだろうけど、やってみないとわからないことが

多い。女って大変だ。買い物して、食事作って、洗濯して、子どものことに集中して。パートして。旦那を子どものように扱わないといけない。自分の体のメンテナンスもしないといけないし。男って大変だ。

仕事して疲れて帰ってきても休めない。くつろぎたくても嫁の小言を聞かないと後でしごかれる。母役をバトンタッチして

代わりに育児や家事をやらなきゃない。休日はほぼ、子どもの行事などでつぶれる。休みのようで休みではない。

そして出すもの出したいのに相手もしてくれなくなる。

外でふわふわ遊びたくもなる。

それが当たり前だと思っていてもできないことだってあるんだ。

日本という国で時間に縛られている仕事のせいか休みが少ないせいか。

物価上昇が歯止めをきかないにも関わらず、賃金がなかなか上がらないせいか。

ストレス社会に生きてるからか。

息つく暇もない。


晃は、ストレス発散にキラキラネオンのパチンコ屋に足を運んだ。むしゃくしゃして、財布の中の有り金全部ぶっこんだ。

これが負ければ、短時間で済む。意外にも幸運の女神様は微笑んでくれたようで、何時間も遊ぶことができた。

その分、時間を使ったことによる代償は大きいことは知らなかった。



パチンコ玉が目的地におさまるとスロットが回転する。

演出映像で音楽が流れ始めるとチャンスととらえる。

もちろんいいところまで行ってダメになることもある。


上がったり下がったりを繰り返す。それでも音楽はなり続けて期待は裏切らなかった。そう、この画面はつぎ込めばいつかは答えてくれる。そして、何箱も積み上げては、景品に交換できる。今の晃には、どんなにお金を注ぎ込んでも満たされない心がずっとあった。帰ってたら、ずっと1人。

誰もいない部屋に1人。

ご飯もない。

子どももいない。

夏でも気持ちはあたたかくない。

暑いけど、心は寒い。

愛していたであろう妻もいない。


また、パチンコのスロットが777の数字になってあらわれた。

素直に喜べなかった。

画面を軽くグーパンチした。

こんなん当たっても全然嬉しくない。


むしろ、今日は全財産はたいて負けたかった。

どうして、こんなときに当たってしまうんだろう。

気持ちと反対だった。


負けた自分を追い詰めたかった。酒を飲んで今日は負けたなって慰めたかった。

大量に当たって誰が喜ぶ。

うちには誰もいないんだ。

どんなに今、お金があろうが、なかろうが、あの時、あの瞬間は戻ってこないんだ。

泣きながら、それでもやり続けた。

幸いなことに周りには誰1人お客さんはいなかった。


何も反応しなくていいんだよ。

そう、1人で過ごしたいんだ。

惨めな格好、誰にも見られたくない。

といいつつも店員に終わりますと

パチンコ玉の数を集計してもらわないといけない。

景品交換所の人にも顔を見られる。

もう、元々ぐしゃぐしゃ顔ですとしらをきるしかない。

ポケットに入れていたマスクで顔を隠して、お店の外に出た。

財布の中はホクホクになったが、心はカラカラのからっから。


誰がこの心を潤してくれようというのか。何十時間も、パチンコ店で時間を潰していた晃は、家に着いたのは夜の9時。

誰もいないであろう玄関にただいまと言う。当たり前だけど静かだなと感じた。リビングに行くと相変わらずテーブルの上が乱雑で洗濯物が部屋干しされていて、台所の洗い場はきれいに片付けられていた。

自分は今朝、お茶漬けを作って3人分の器を洗わずに置いて行ったはず。

洗濯物は確か、洗濯機に入れたまま、干すのを忘れてたのだが、ハンガーに綺麗にかけられていた。

物音がガタガタと聞こえた。

誰もいないはずの部屋から物音がした。


「ったく、やっと寝たわよ。あの2人は別なところじゃ絶対寝ないって聞かないんだから」

「……!!」


晃はいるはずないと思っていた絵里香がいると感動した。涙がとまらず、きつく抱きしめた。


「いないと思った」

「……だから、今言ったじゃん。他のところで眠れないって……」

「本当、ごめん。今まで、何もしてなかった。赤ちゃんの時はミルク作るって簡単って思ってやってたけど、大きくなるにつれて自分とギャップを感じるんだ。俺、ずっと1人で過ごしてきたから、無理なんだ、優しく寄り添うのは。だから、ずっと仕事に逃げてた」

「うん……。前から知ってるよ。ずっと仕事だからって断ってきたじゃん」

「改めるから!!! 色々、努力する。離婚するなんてやめて考え直してくれない?」

「は? 離婚するって誰が言ったの?」

「だって、さっき緑の紙って言ったじゃん。だから、離婚届のことだと思って……」

「緑の紙って別に離婚じゃないけど?」

「え……俺、騙された?」

「……子どもたちには負けるよ。お父さん、頑張って慣れないことしてたよって報告されて、少しでも環境変われるかなって思った。晃、店長に妬いてたでしょう。知ってるよ」

「え、あ、うん」

「あの人はお店ではああいう態度。当たり前でしょう。お客さんの前だもん。子ども嫌いですって態度取れないじゃん。本音は知ってるよ。小さい子ども本気で嫌いなんだって。建前で動いてるらしいよ。初めて知って幻滅したわ」

「あれは見た目だけってことね。毎日会わせたら、晃よりも大変なことになりそう。警察沙汰かな」

「俺、店長と比べてるの?」

「だってさ、比較するって大事じゃない? ここにバナナがに2種類ありました。一つは高級なもの。もう一つは安いけど本数多いとか。人も比較しないとわからないことたくさんあるよ」

「俺らはバナナかよ。まさか下ネタじゃないよね……」

「そんなこと言って、晃だって同じでしょう。若い子と……」

「なんで若いってわかるんだよ。あ!? お前、俺のスマホのパスコード解いただろ? ライン交換してるの見たな?!」

「簡単なコードにしてるのが悪いんですぅ。何が、30歳はまだ若いだ。お前はもう33歳でおじさんだわ。そして、年齢変わりないし。逆に気持ち悪い。近くて」

「そっちだって、店長、20代じゃないかよ。そっちの方が若い人狙ってずるいじゃん。何が違うっていうんだよ!! 俺だって経験積んでんだから若い奴に負けてないんだぞ」

「何の経験だよ……。しかも店長の年齢よく調べたわね」

「今日、スーパーの掲示板に貼ってたわ。優秀な人でしたね。エリアマネージャーも経験おありの方のようで?」

「そうね。晃よりも頭良いわ。その代わり、私はいろいろだまされていたけどね」

「頭脳もほどほどがいいんだよ。だろ?」

「はいはい。そういうことにしとくわよ」

「え?! ちょっと待って。比較してここにいるってことは俺がいいってことだよね? でしょう? 違うの?」

「……ハーブティー飲もうっと……」


晃は台所に行く絵里香の後ろに立ち、バックハグをした。


「今日、だめ?」

「そういうふうに聞かないで欲しいけど……」

「んじゃ何も言わないでやっていいの?」

「……」


顎クイして、引き寄せる。大人なキスをした。かなりのご無沙汰で、夫婦として終わってるんじゃないくらいの期間があいていたがやっと2人の中に火がついた。誰かが介入しないと気持ちが入らないとか、結構面倒な2人だった。今後は自然の流れでスイッチが入って欲しいものだ。塁が生まれるくらいの前に仲良しして5年は経過していた。子育てに仕事に追われて、夫婦生活をかえりみていなかった。やっと繋がって気持ちがお互いに合致した。


「あのさ、絵里香、仕事減らしていいよ?」

「無理して、シフト入れなくて良いから。お金のことは気にしないで、家族のための時間作ろう。大きくなったら友達できて俺たちのことなんか気にしなくなるでしょう。それまで少しゆったりした時間あった方いいよね」

「晃は? 課長でしょう? あまり時間の融通聞かないんじゃないの?」

「俺は、うん、残業なるべくしないように帰ってくるから。俺が帰れば部下たちも

早く帰ると思うし。お金稼ぐことより今、一緒にいることの方が

いいなって思ってさ」

「そうだね。てか、むしろ、私、パート辞めてもいい?」

「え? やめていいの? あんなに熱心にやっていたのに?」

「店長とのことあるし、そこまで執着してなかったから。お金のこと気にしなくていいなら辞めるよ。塁が大きくなったら、別な仕事フルタイムで探すから」

「そっか。うん。そうしよう。俺も、絵里香が家にいてくれてた方が安心するよ。ありがとう」


普段滅多に言わない晃がありがとうを言った。絵里香はすごく嬉しかった。晃の頭をゴシゴシと撫でた。話している間、ずっと晃は右手を絵里香は左手を指を絡めて手を繋いでいた。ベッドの上で、横に並ぶ2人は新婚生活を思い出すように、そばに寄り添っていた。額と額をくっつけて付き合い始めたときのことを思い出す。原点にかえって初めて気づく。相手がすごく大事だということ。久しぶりに安心して眠りについた。

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