テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
『預言者のメモ⑨』
あれからホテルに逃げ込んで三日経った。
テレビを点ければ、どのニュース番組も平良徹(たいら とをる)の話題で持ち切りだった。
平良は薬物を日常的に使用していただけではなく、警察の内部情報を横流ししていた可能性が出てきたという。
これで佐々木志保さん以外の被害者が、何かしらの罪を犯していたことになる。
スマホの画面を見ると、珠奈から言い訳とも取れるメッセージがまた届いていた。
蛍太からは一度だけ、”ごめんね”というメッセージが届いたきり何も言ってこない。
(珠奈は、浮気をしてた……)
それはとてもショックなことだったし、それを見抜けなかった自分にも呆れている。
忙しさを理由に珠奈に構ってやれず、寂しい思いをさせてしまったのは自分の責任だ。
だから、一方的に珠奈を攻めることはできない。
(でも、もし、珠奈のお腹の子供が自分の子供じゃなかったら…俺はどうしたらいい…)
蛍太がいつか言っていた言葉を思い出す。
”産まれてきて、その腕で抱きしめたらまた違う未来が見えるかもしれないし。”
あのときは、親父みたいにならない未来がくるっていう意味かと思っていたけど、もしかしたら違うのかもしれない。
(蛍太は珠奈の浮気のことに気づいていて、それで……。なんで、普通に珠奈が浮気してるって教えてくれなかったんだろうか。あんなミステリークイズなんか用意して、遠回しに教えてくるなんて……)
”蒼は優しいから、許すでしょ?”
頭の中にいる蛍太がそう言った。
(そうだな…実際そうだ。浮気したことはショックだけど、珠奈を許せないという気持ちは無い。もちろん、産まれてくる子供にも罪も無いし……でも…)
他人の子を育てる勇気は無かった。
産まれてきて、DNA鑑定をして、自分の子じゃないってわかったら、離婚することになるんだろうか。
(珠奈は俺から離れ、浮気相手の元へ行く。せっかく、一軒家まで買ったのに…なぁ…)
自分の脳裏を過ぎったのは、やはり幼馴染の蛍太の姿だった。
もしかしたら、あの事件の犯人かもしれない蛍太を、俺はどうしても手放すことができなかった。
(いい加減、確かめなきゃ、ダメだよな……)
俺は意を決して、蛍太に電話をかけた。
「…蛍太?」
「蒼、大丈夫?」
いつもの蛍太の声。
こいつはいつもそうだ。誰に対してもこうやって優しく接してくれる。
それが嬉しくもあり、今は少し、怖かった。
「ああ、大丈夫だ。この間は、その、すまなかった…」
「蒼が謝ることじゃないよ。むしろ、謝るのは僕の方だ。もっと、違うやり方があったはずなのに、あんな遠回しなことしちゃって…ごめん」
「いや……その、本当に珠奈の浮気を教えるためにあれを仕込んだのか?」
「そうだよ。ちょっと驚かしてやろうと思ったんだ。珠奈ちゃんも殺すつもりなんて無かったし、ああいう怖い思いをすればもう浮気をしないかなって…」
「荒治療過ぎるだろ」
俺はため息混じりに言う。
「…うん、ほんと、ごめん。それに、ああでもしないと蒼は、きっと珠奈ちゃんを許すだろ?」
「……そうだな。俺にも責任はあるって思ったし」
「そこにも灸をすえたかったんだよ。一回浮気を許したら、絶対また浮気するって」
「経験者は語る、か?」
「そういうこと」
「イケメンでも浮気されるのか」
それは少し意外なことだった。
「美女は三日で飽きると同じ原理だよ」
蛍太は少しげんなりしたような口調で言った。
「浮気してるだけなら僕もこんな過剰反応はしなかったよ。でも、珠奈ちゃんのお腹の子はどっちの子かわからない。血の繋がりの無い子を蒼が育てるのが、その、我慢ならなかったんだ」
「蛍太の気持ちもわからないでもないけど……」
「どのみち、やりすぎたよね。ごめん」
今にも消え入りそうな声で謝る。
「真姫(まき)にも確認を取ったよ。そうしたら、珠奈とはこの何ヶ月も会ってないって」
「そっか…」
「そのことも蛍太は知ってたのか?」
「まぁ、そりゃあ…ずっと調べてましたから」
「そうか……」
何とも言えない沈黙が流れる。
(……だからこそ、聞かなくては…)
俺は、一つ呼吸を入れて”本題”に入る。
「あの『預言者のメモ』は、蛍太が考えたものなのか?」
「そうだよ」
蛍太はあっさりと認めた。
「じゃあ、あの事件の犯人は」
「僕じゃない」
そこはきっぱりと言い放った。
「信じて…いいんだな?」
「当たり前でしょ。珠奈ちゃんの浮気を教えるために人を殺すなんていう馬鹿けたこと、僕がすると思う?」
「いや……でも、だったら、どうして被害者の名前を”予言”できたんだ?」
その問いに、蛍太はすぐに答えなかった。
何か言えない理由でもあるのだろうか。
ならば、それは何なのか聞こうとして蛍太が「あれは…」と声を発した。
「僕一人で考えたものじゃないんだ」
「え……」
「一緒に考えてくれた人がいる」
「それは」
そう言った瞬間、着信音が鳴り響いた。
「え!?な、なんだ!?」
驚いてスマホの画面を見ると、そこには見慣れない固定電話の番号が表示されていた。
(……これ、は?)
嫌な予感がして恐る恐る出ると、若い男性の声で「───警察署の者ですが、野邊珠奈(のべ みな)さんのご家族ですか?」と聞かれた。
「あ、はい…そうですが…」
「野邊珠奈さんの運転する車が事故に遭って…身元の確認を…」
そのあと、どういう会話をしたのか覚えていない。
俺はスマホと財布だけ持って、ホテルを飛び出し、タクシーを拾うと病院へ向かった。
信じたくないと、何かの間違いだと思いながら。
でも、そこで白い布を被された珠奈の姿を見て、
恐ろしく冷たい肌に触れて、それが現実なんだと突き付けられた。
「珠奈……ああ…そんな…」
肌の色も真っ白で、でも、顔は綺麗で、寝ているようだった。
「珠奈……嘘だろ……?俺、まだ珠奈に謝ってない…のに…」
涙で珠奈の顔が歪む。
「寂しい思いをさせてごめんって……謝りたかったのに……こんな、こんなことって……」
冷たい。
閉じられた目は開かない。
もう、自分の声は珠奈に届かない。
「あぁ……」
「……野邊珠奈さんが運転する車は、車道から外れ、電信柱にぶつかって…」
傍らにいる警察官は、淡々と告げる。
「同乗者の男性も」
「同乗者、ですか?」
涙を拭って振り返ると、警察官は「こちらの男性です」と言った。
そこで珠奈の隣に、もう一人安置されていることに気がついた。
白い布に覆われたその遺体は、損傷が激しく見せることはできないと説明されて顔写真付きの身分証明書を見せられた。
その顔に見覚えはあった。
「持ち物から同乗者の方の名前は、川口和也(かわぐち かずや)さんであると判明したのですが、お知り合いですか?」
その問いを、俺は否定したかった。
喉の奥が詰まるような感覚があって、言葉が上手く出せなかったけれど否定は、しなかった。
「…珠奈の、知り合い…です」
小さな声で言うと、警察官は何かを察したのだろう短く「そうですか」とだけ答えた。
ふと、珠奈の体に違和感を覚えた。
大きかった珠奈のお腹が、凹んでいる。
「あ、あの……お腹の子は?」
恐る恐る尋ねると、若い警察官は首を横に振った。
「お子様も、残念ながら……」
「そんな……」
コメント
1件
#ドラマ
柘榴とAI

121
羽海汐遠
11,234