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『訪問』
スピードの出しすぎによる単独事故だった。
幸い、というべきかどうかは不明だが三人とも即死だったそうだ。
なぜ、珠奈が川口と一緒にいたのか。
残されたスマホを調べたところ、”話がある”と言って珠奈が川口を呼び出していた。
どんな話があったのかは不明だが、ドライブレコーダーには二人が喧嘩する様子が映っていたらしい。
そのため、ハンドル操作を誤り電信柱にぶつかった。
車は大破し、廃車が確定した。
慌ただしく通夜も葬儀も終わり、珠奈の遺品を片付けながら、俺の心境は複雑だった。
俺があのとき珠奈を一人にしなければ、俺がもっと早く許していれば珠奈は死ななかったのだろうか。
いや、そもそも俺がもっと珠奈と向き合っていれば、寂しい思いをさせていなければ浮気なんかせずに済んだのかもしれないし、今も俺の隣で笑っていたかもしれない。
俺は、どこで選択を間違えたのだろうか。
大好きな珠奈と結婚して、子供ができて、幸せの絶頂にいたはずなのに。
幸せだと思っていたのは、自分だけだった。
俺は、俺は珠奈を幸せにしてやれなかった。
「珠奈……ごめん…」
今さら謝っても意味の無いことだってわかってる。
でも、謝らずにはいられなかった。
「ごめん、ごめん…ごめんよ…」
だが、いくら謝っても許してはもらえない。
一生、俺は許してもらえないんだ。
「ごめん…珠奈…」
「…蒼」
ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、部屋の入口に蛍太が立っていた。
なぜだか、とても悲しそうな顔をして。
「蛍、太…俺…俺、珠奈に…」
「それ以上言わないで」
蛍太は俺の前にしゃがみ込んで、涙をこぼした。
それを見た瞬間、俺の目からも涙が溢れ出る。
「ああ…蛍太…俺は、珠奈を幸せにしてやれなかった…」
ただ、蛍太の手を握って、泣くことしかできなかった。
珠奈との思い出が頭の中を駆け巡るたびに、心が引き裂かれるような思いがした。
喉の奥に鉄さびのような匂いがする。
もっとちゃんと愛していれば、こんな結果にはならなかったはずなのに。
俺はいったい、何をしていたんだろう。
俺はなにを見て、幸せだと思っていたんだろう。
「蒼…あんまり、自分を責めてはダメだよ?」
蛍太が俺の顔を覗き込む。
俺は、蛍太の袖を掴む。
「蛍太は…どこにも、行かないよな?」
「うん、どこにも行かない。ずっと、蒼の側にいるよ」
そして、少し疲れの見える顔で”へらっ”と笑ってみせた。
「ありがと…蛍太…」
俺は改めて、蛍太の存在に感謝した。
そうだ。蛍太が側にいる今なら、アレを開けて見ることができるかもしれない。
俺はヨロヨロと立ち上がり、テーブルの上に投げていた大きな封筒を手に取る。
「蒼、それは?」
「……DNA鑑定したんだ」
「子供と?」
蛍太の問いに俺は、力無く頷いた。
「その…開けて、くれるか?」
「わかった」
蛍太は丁寧に封筒を開け、中に入っていた紙を取り出す。
「あの子は……蒼の子じゃ、ないって…」
見せられた紙には「父子関係は排除された」という、嫌に冷たい表現が使われていた。
「排除って……」
「その代わり、川口和也と”親子である確率は99.99%以上”だってさ」
「そうか……そうなのか……俺の子じゃあ……なかったのか…」
それで安堵している自分が、嫌だった。
自分の子供じゃなくてよかったと、死んでもよかったと思っている自分が許せなかった。
あの子には、なんの罪も無いはずなのに。
「蒼……気持ちが落ち着いたら、墓参り行こうね。珠奈ちゃんと、その子供の」
「……ああ」
「僕も珠奈ちゃんに謝らなきゃ…あんな形じゃなくて、もっと別の形にすればよかったって。ごめんねって…」
「そう、だな……」
俺はそう呟いて、「排除」の文字が書かれた鑑定書を封筒にそっと戻した。
「そうだ。今日、廃車の手続きするのにディーラーが来るっていうんだ」
泣いて腫れた目を冷やしながら、俺は近くにいる蛍太に向かって喋る。
「その…一緒に、手続き手伝ってくれないか?」
「それは構わないけど」
そう言ったところで、玄関のチャイムが鳴らされた。
「はーい」
俺が動くよりも先に、蛍太が動いてくれた。
「あれ?泰輝(たいき)?」
玄関から蛍太の少し驚いた声が聞こえた。
「どうした、蛍太」
俺が玄関に向かうと、紺色のスーツに同色のネクタイをした男性が立っていた。
少し血色の悪い肌に、両目の下に泣きぼくろのあるイケメンだった。
「あ、初めまして…私、ディーラーの高橋泰輝(たかはし たいき)と申します」
高橋と名乗ったディーラーは丁寧に名刺を差し出してきたので、俺は反射的に受け取る。
(両目の下に泣きぼくろがあるって、珍しいな……)
俺はまじまじと高橋さんの顔を見る。
「えーっと、私の顔に何か?」
「あ、ああ。すみません。両目の下に泣きぼくろがあるのが珍しいと思って」
「ははっそうですね。よく言われます。でも、一回見たら忘れないですよね?」
「確かに…あ、自分は珠奈の夫の…野邊蒼(のべ あおい)。えっと、こちらは」
「田中蛍太朗(たなか けいたろう)さん、ですよね」
高橋さんは笑みを浮かべてそう言った。
「え?知り合いなのか?」
俺が驚いて蛍太を見ると、蛍太も少し驚いた顔をしていた。
「そうなんだけど、びっくりしたぁ…まさか、泰輝が担当だったなんて…。あ、高校は別だったんだけど、塾で知り合って」
「蛍太朗さんには勉強を何度も教えてもらった仲なんです」
「そうだったのか……”さん”ってことは、年下?」
「はい。お二人の一つ下になります」
「そうか…世間は狭いな…」
「そうだね」
蛍太は珍しくため息とともに言葉を吐き出した。
「それで廃車の件ですが」
「あ、そうだった」
俺は慌てて高橋さんを家にあげた。
廃車の手続きに必要な書類を渡して、印鑑を捺すところにひたすら捺していく。
「残りの手続きはこちらで行なったあと、廃車になるのですが…」
「なにか問題でも?」
「い、いえ。ただ…」
高橋さんは少し複雑そうな表情を浮かべる。
「警察から事件性の無い事故だとお伺いしましたが、ブレーキが効かないという音声がドライブレコーダーに残っていたとか…」
「そうみたいですね。警察も最初は疑っていたようなのですが、ドライブレコーダーに同乗者が空き缶を運転席に投げ込む映像が映っていて、ブレーキの下に空き缶が入ったことによる事故だと警察は判断したようです」
実際、車にはなんの問題も無かったと聞いている。
「そうでしたか…野邊さんには、車の中に置いてあるぬいぐるみも危ないと説明してたのですが…」
「見てもらったらわかりますけど、車が大破していてぬいぐるみも車外に散乱してしまって…。ブレーキペダルの邪魔をどれがしていたのか、警察でもわからなかったそうです」
「なるほど…もう、その件については調べなくても、よろしいのですか?廃車にしてしまうと、その全部無くなってしまいますし」
高橋さんに言われて、少しだけ考える。
警察が調べても何も出てこなかったのだ。これ以上何かを調べるとしたら、事件性のある証拠が出てこない限り再調査を頼むのは無理だろう。
そう考えた俺の脳裏に、何故かあの一文が蘇ってきた。
”次に殺されるのは一体誰で、何を失うのでしょう?”
もし、このクイズの答えが珠奈の場合、珠奈は”殺された”ことになる。
何を失うのか?という問いの答えはわからないが。
そうなると、これは単なる事故死ではない可能性もあるわけだ。
「蒼、どうしたの?」
隣に座っている蛍太が、不安そうな顔で尋ねてきた。
蛍太はあの事件の犯人ではないと言ってくれたが、全くの無関係とは言い切れない。
もし、一連の事件に蛍太が関わっているのなら、蛍太はこれが事故死か殺人か知っているのではないだろうか。
俺は顔を上げ、蛍太の方を見る。
(だが、今、この場所でそれを問うことはできない……高橋さんの前だし、聞いたところで素直に答えてくれるとは思えない…)
「何か気になることがあるのならスクラップにはせず、永久抹消登録すれば手元に置いておけますが」
高橋さんが、気遣うように説明してくれた。
(もし、珠奈が殺された可能性があると俺が言って、再調査してもらって、もし、なにか見つかったら……。それが、蛍太の犯行だと裏付けられたら?)
珠奈も蛍太も失うことになる。
俺は、手元の資料に視線を戻す。
脳裏を過ぎるのは、珠奈と楽しそうに腕を組んで歩く川口。
最後のドライブレコーダーに残った映像で、珠奈に空き缶を投げつける川口。
「父子関係は排除された」という文字。
自分の心の中に、これ以上この事件を調べる必要性の疑問が湧き上がってくる。
(ああ、俺は何を考えているんだ……)
きっと俺はひどい顔をしていたのだろう。
蛍太も高橋さんも、不安そうな表情で俺を見ている。
そして、俺は震える声で告げた。
「スクラップに、して、ください…」
#ドラマ
柘榴とAI

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羽海汐遠
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コメント
2件
うわ…第21話、読んだよ。めちゃくちゃ重たい回だったね…。 蒼くんの後悔と罪悪感の描写がリアルで、胸が締め付けられた。蛍太がそばにいてくれるのがせめてもの救いだけど、一方で「蛍太はどこにも行かないよな?」って確認するシーンには、もうすべてを失う恐怖が滲んでて辛かったわ。 DNA鑑定で「俺の子じゃなかった」ってわかった瞬間の安堵と、その後の自己嫌悪のループも生々しい…。あと、ディーラーの高橋さんがただの知り合いじゃなくて、なんか引っかかる伏線っぽいよね。クイズの一文も再浮上してきて、物語はまだまだ終わりじゃなさそうだわ。続きが気になる🔥