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『勘』の良い人、は珍しくないだろう。
それは、『あ、この子はあの人が好きなんだな』とか、『この二人、くっつきそう』なんてドキドキキュンキュンしちゃうような勘だったり、『あー、それは無理っぽいなぁ』とか、
『やめておいた方が良さそう』なんて雰囲気から察する漠然とした勘だったり、ドラマや映画を観ていて次の台詞やシーンが想像通りだったなんて予知的な勘だったり。
もちろん、『勘』と表現しているだけで、確信が持てる根拠がある場合や、前例や経験がある場合もあるだろう。願望がそう思わせている場合もあるかもしれない。
そもそも、当たるか外れるかは別として、割と日常的に誰もが『勘』のようなものを感じながら生活しているのではないだろうか。
要するに『勘』とは、選択する時の言い分として最も簡単に自分と周囲を納得させられる、最も適当な根拠だ。
『気分』と表現することも出来るだろう。
たいした理由もなく、今日はいつもと違う道を通ろうかな、と思うのは、『いつもの道を通ってはいけない気がする』か『いつもと違う道を通りたい気分』のどちらかだと思う。
そうした結果、いつもの道で事故が起きていたら、『嫌な予感が当たった』と思い、いつもと違う道を通ったことで素敵な人や店を見つけたりしたら、『いいことがありそうな予感があった』と思うはずだ。
選択は常であり、無意識だ。
つまり、人は誰しも無意識に、自分の『勘』を頼りに生きている。
私も例外ではない。
朝、いつもよりも早く目が覚めて、漠然と今日はいいことがありそうな予感がして、お気に入りのスカートを穿く。が、目玉焼きにかける醤油が飛んでしまい、スカートに染みが出来てしまう。肩を落としながら着替えて染み抜きをしていたら出勤時間になってしまい、朝ご飯も食べないまま家を出る。
よくあることだ。
経験から学べばいいものを、なぜか『今日こそは大丈夫』なんて思ってしまうから不思議だ。
だが、私には例外がある。
他人への『勘』はよく当たる。
それも、ほとんどが『悪い勘』だ。
小学生の頃は自覚がなかった。
何か察するものがあったのかもしれないが、それを『勘』だと認知できていなかったのだと思う。
だが、大人になった今は思い当たることがなくもない。
例にも挙げたように、いつも通っている道をどうしても通りたくなくて、一緒に通学している友達にそう告げたことがあった。が、もちろん、小学校で決められた通学路を外れるのは悪いことだ。他の友達に見られて先生に言いつけられたら、叱られる。友達もそう言って、いつもの交差点を曲がろうとした。
私は友達の名前を呼んだが、友達は振り向きも立ち止まりもしなかった。
結果、友達は目の前で自転車とぶつかってしまった。
幸い、腕とお尻を打撲し、掌と太腿をすりむいただけだった。
ある時は、『天気がいいから図工の授業は外に出て写生する』と先生が言い、私はそれがどうしようもなく嫌だった。けれど、小学生の私が先生の決めたことに逆らえるはずもなく、渋々校舎の外に出た。
そして、友達とどんな絵を描こうかと相談している時、先生が蜂に刺されて倒れた。
幸い、そばにいた教頭先生がすぐに救急車を呼んだから、大事には至らなかった。
私が、自分の『勘』が良く当たることを自覚したのは、中学二年生の時だった。
いい加減、認めないわけにはいかないと思うほど、様々な出来事が続いたからだ。
すぐに思い浮かぶのは、当時の親友が好きな男子に告白すると決めた時のこと。
私は、『今日はやめた方がいい』と言った。
もちろん、理由なんて言えない。
『勘』なんかで折角の決意に水を差すなんて、有り得ない。
結果、親友は告白をし、その様子を大多数の生徒に目撃され、冷やかされた相手の男子は親友をこっ酷く振った。
目撃した生徒たちはサッカー部で、いつも使っているグラウンドが整備だからと、その日に限って中庭で練習していた。
明日ならば、グラウンド整備は終わっていて、親友の告白現場を目撃することはなかったはずだ。
それから、クラスメイトが美容室に行くと話していたのを聞いて、『今日はやめた方がいい』と思った。
そのクラスメイトとはそれほど親しくなかったから、言わなかった。
結果、校則違反にならないような緩いパーマをかけるつもりが、昭和を感じさせるソバージュのようなパーマになってしまい、登校するなり生徒指導室に呼び出され、教室に来ることなく美容室に行き、長い髪をバッサリと切らなければならなくなった。
決定的だったのは、両親が親戚の葬儀に出席するために、近所に住む祖父母と共に一泊で出かけることになった時。
それほど親しい親戚でもない上に遠方だから、出席するかどうか自体迷っていたのだが、私の兄が、葬儀の後で温泉でも泊って来たらいいと提案して、行くことになった。
私は行って欲しくなかった。
そんな、可愛いものじゃない。
行かせたくなかった。行かせるわけにはいかないと、強く思った。
だから、私はお腹が痛いと泣き喚いた。
大人になった今となっては、思い出すのも恥ずかしいほど、小さな子供の様に騒いだのだ。
結果、私を心配した四人は葬儀には行かず、予約していた旅館の火事に巻き込まれずに済んだ。
さすがに、火事のニュースを見た時には、家族全員言葉を失った。
私の勘で、ここまで大きな事件はなかった。
火事により、従業員と宿泊客の五名が亡くなり、三名が重傷を負った。
両親と祖父母が泊っていたら、と思うとゾッとした。
足が不自由で杖を突いている祖父は、私のお陰で命拾いしたと、お小遣いをくれた。
その出来事があって、私は、私の『勘』の的中率が異常に高いことを自覚した。
特に、『悪い勘』だ。
だが、私にはどうすることも出来ないことがほとんどだ。いや、九割は何も出来ない。
何とかしようと試みたこともあった。
が、ほとんどは私が頭のおかしな子だと思われただけだった。
それに、私の『勘』が本当に当たったかどうかがわかるのは、身近な人に限る。
すれ違ったサラリーマンに注意を促すことも出来なければ、そのサラリーマンの身に悪いことが起きたか確かめることも出来ない。
ただ、両親の時に感じたような強く恐ろしい『悪い勘』を感じた時は、どう思われてもいいからと声をかけたこともある。
だが、いきなり知らない女に『気をつけて』なんて言われても、大概の人は無視だ。
そうして、高校と大学の頃は足掻いたものの、就職をして一人暮らしをしてからは、他人への『勘』を察知しないように、思考を閉ざす術を身に着けていた。
とにかく、他人を視界に入れない、興味を持たない。
すれ違う人たちを『物体』と捉えるようにして、関心を持たないのだ。
ついでに、自分のことだけを考える。
もしくは、映画やドラマ、漫画や小説のこと。現実以外のことならなんでもいい。
そうやって生きてきた私は、二十九歳の誕生日を一週間後に控えて、独身。八年ほど恋人もいない。一緒にランチを食べる同僚はいるが、一緒に飲みに行く友人はいない。
他人と深く関わることは、その人に対して『勘』が働くことが多くなる。
感じてしまった『勘』に悩まされて振り回されるのは、もう嫌だった。
――はず、なのに……。