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翌日
「涼ちゃん」
「んー?」
「僕、待ったよ?」
「……」
「そろそろ…話してもらおうか」
涼架はしばらく黙った。
やがて。
「元貴のそういうところ、元気にそっくり」
「なにそれ。 僕は僕なんだけど」
「知ってるよ」
涼架は小さく笑った。
「話すよ。約束だからね」
涼架の視線が、元貴の手元へ落ちる。
そこには、あの時計がある。
元気が使っていたもの。
そして、涼架自身の力が込められているもの。
「言葉で話すより、 見たほうが早いかな」
涼架が時計を指差した。
「……これを使うの?」
「うん」
「そんなに簡単に使えるものなの?」
「これを作ったの誰だと思ってるの」
涼架は少しだけ目を細める。
「元気が死んだあとに行こうか」
元貴の表情が変わった。
「……そこから?」
「そう」
そのとき、 後ろから滉斗が口を挟んだ。
「俺も行っていい?」
元貴と涼架が同時に滉斗を見る。
「え」
「いや、二人だけで行くのもなんか嫌じゃん」
「滉斗には全部話したじゃん」
「見てみたいの!あと…」
滉斗は苦笑した。
「さみしいし…」
涼架は目をぱちくりさせた。
「えぇ!ひろとぉ、かわいいこと言ってくれるじゃん」
涼架は滉斗の頭をわしわしと撫でた。
「おい、お前らいちゃつくなよ」
「え?元貴もやってほしかった?」
「なわけないだろ。さっさと行くぞって言ってんの」
「えぇ…甘えてくれてもいいのにぃ」
「うるせぇっ」
しばらくして…
涼架が陣を描き始めた。
「涼ちゃん…それって」
「そう。大森家の時の陣」
「元貴がよく使ってるやつか!」
「そう。滉斗、大正解」
「それで、なんで時の陣を描いてるの?」
「安全に時空を超えるため」
「大森家の陰陽術は時間に関係するものが多いから、時間に関する術を使うときはこの陣で発動させると安全にできるんだよ」
「まぁ、元貴にとっては当たり前だろうけど」
「そりゃぁ、ねぇ?」
「俺は初めて聞いたっ!」
「でしょうね」
「はいっ!描けたよ」
涼架が時計の文字盤に触れた。
金色の光が内部で淡く揺れる。
「ちゃんと、成功するよね?」
「さぁ?」
涼架が笑う。
「時間って、たまに意地悪だから」
「……それ、怖いこと言ってない?」
「どうでしょう?」
「涼ちゃん!」
元貴の声に、涼架が笑った。
そして 時計の針が動いた。
――カチ。
――カチ。
世界が、ゆっくりと歪んでいく。
三人の足元から光が広がった。
視界が白く染まる。
次に目を開けたとき。
そこは、見覚えのない場所だった。
「……ここ」
元貴が辺りを見る。
古い家々。
小さな道。
元気が暮らしていた村とは違う。
けれど どこか似ている。
「元気が死んで、少し経ったころかな」
⸻
元気が亡くなってから。
大森家は、ゆっくりと大きくなっていた。
一方で元気の子どもたちは、それぞれの道を歩いている。
陰陽道を続ける者。
薬を扱う者。
医術を学ぶ者。
農業をする者。
商いをする者。
涼架は、そのすべてを見ていた。
「……あ」
元貴が声を漏らした。
小さな子どもが庭を走っている。
元気の孫だった。
その隣には。
「涼ちゃん! また来たの?」
「暇だったから」
「嘘。昨日も来たじゃん」
「暇だったから」
「絶対嘘だ」
涼架が笑う。
その笑顔は、だいぶ柔らかくなった。
滉斗が小さく笑った。
「……今と変わんねぇな」
「ね」
元貴も笑う。
けれど その笑顔は長く続かなかった。
別の場面が重なる。
さらに年月が流れていく。
家が増える。
人が増える。
陰陽師が増える。
そして 力の強い者たちが中心に立つようになっていく。
「赤眼なら、これくらいできて当然だ」
「その程度の術しか使えないのか」
「大森家の名を背負うなら、もっと力を――」
元貴の顔が曇る。
「……これ」
「うん」
涼架が答えた。
「少しずつ変わっていったの」
「元気さんが作ったものと、全然違う」
「そうだね」
「なんで止めなかったの?」
涼架は答えなかった。
ただ 遠くにいる人々を見つめていた。
「……俺も、最初は何度か言ったよ。 でも、人間の家のことだからね。 しかも陰陽師に妖がいくら話しかけても相手にしてくれないから…」
「それに」
涼架は少しだけ笑った。
「俺は元気じゃないから」
元貴は黙った。
涼架は 元気の代わりにはなれなかった。
元気がいなくなったあと 大森家を導くこともできなかった。
ただ見ていることしかできなかった。
それが悔しかった。
元気がいなくなったあとも、涼架は何度も大森家を訪れた。
子どもたちの成長を見守り、困っている者がいれば手を貸した。
元気が残した考えを、言葉にして伝えようともした。
「力は、誰かを従わせるためにあるんじゃない」
「人間も妖も、最初から敵だと決めつけなくていい」
「自分で選んで、自分で生きればいい」
けれど 涼架の言葉は、元気の言葉にはならなかった。
元気が生きていた頃には、皆がその背中を見ていた。
元気が笑えば、家族も笑った。
元気が間違えれば、皆で考え直した。
けれど、涼架が同じことを言っても。
「あなたは大森家の人間ではない」
「元気様とは違う」
「妖であるあなたに、人間の家のことは分からない」
そう返されるだけだった。
そのたびに 涼架は、胸の奥に小さな穴が開いていくのを感じていた。
元気の代わりにはなれない。
元気の残したものを守ることもできない。
それでも 元気がいなくなったあとも、元気の言葉だけは手放したくなかった。
――好きに生きろよ。
あの言葉を、涼架は最初、自分への許しだと思った。
元気のそばにいなくてもいい。
人間の世界に留まってもいい。
妖の世界へ戻ってもいい。
誰かの期待に応えるためではなく、自分で選んでいい。
そういう意味だと思っていた。
けれど 時間が経つほど、その言葉は別の重さを持ちはじめた。
好きに生きるということは、ただ自分勝手に好きな道を進むことではない。
何を選んでも、その結果を自分で引き受けるということだった。
大森家が変わっていくのを見ながら。
妖たちが人間を憎み、争いを広げていくのを見ながら。
涼架は何度も考えた。
自分は、何を選ぶのか。
何もしないことも、ひとつの選択だった。
見ているだけでいることも、 誰かが傷つくたびに、「仕方がない」と目を逸らすことも。
それは、涼架が望んだ生き方ではなかった。
そして 時間はさらに流れる。
⸻
ある夜。
涼架が一人で森を歩いていた。
月のない夜だった。
周囲には妖の気配がある。
「……またか」
涼架が立ち止まる。
少し離れた場所から、妖たちの声が聞こえた。
「人間どもがまた森に入ってきた」
「昔より数が増えたな」
「人間なんて殺せばいい」
涼架は目を伏せた。
昔なら 妖側にいた。
人間を敵として見ることもあった。
けれど 元気と出会ってから その考えは少しずつ変わっていった。
人間にも。
妖にも。
優しい者はいる。
悪い者もいる。
種族だけで決めつけるものではない。
「……くだらない」
涼架が呟く。
その頃から 妖たちの中でも、涼架と距離を置く者が増えていた。
「金色九尾のくせに、人間ばかり庇う」
「人間に肩入れするなんて」
「妖の恥だ」
涼架は何も言わなかった。
ただ その言葉を聞くたびに。
元気の声を思い出していた。
――好きに生きろ。
けれど その言葉を思い出すたび、涼架の胸には迷いも生まれた。
好きに生きる。
それは、妖たちの望むままに生きることではない。
人間たちの期待に合わせることでもない。
元気の記憶に縛られ続けることでもない。
ならば 自分は何を望んでいるのか。
人間を守りたいのか。
妖を守りたいのか。
それとも ただ、元気が創り上げた世界を壊したくないだけなのか。
答えは出なかった。
だから涼架は、争いが起きるたびに間へ入った。
人間を逃がし、 妖を退かせ、 傷ついた者を助けた。
けれど そのたびに、両方から恨まれた。
人間からは妖の味方だと言われ、 妖からは人間の味方だと言われた。
どちらにも属せない自分が ひどく中途半端に思えた。
元気なら、どうしただろう。
そう考えるたび 涼架は、もう答えを聞けないことを思い知らされた。
⸻
そして。
ある日。
涼架は妖界の奥深くへ足を踏み入れた。
そこには 数え切れないほどの妖が集まっていた。
「……また人間界に行くのか」
「好きにすればいい」
「だが、我々の邪魔はするな」
涼架は何も答えない。
「金色九尾ともあろう者が」
「人間なんかに情を移して」
「昔の九尾様は、もっと――」
涼架の目が冷たくなる。
「……俺のことを、昔の俺と同じだと思わないで」
空気が変わった。
滉斗が息を呑む。
「……これが」
「うん」
涼架が苦笑しながら答える。
「素行の悪いときの俺」
元貴は黙って見ていた。
今の涼架とは違う。
冷たい。
鋭い。
何を考えているのか分からない。
人間を信じていなかった頃の涼架。
「……怖いな」
元貴が呟く。
「でしょ?」
涼架は苦笑した。
「俺も、こういうことするのはあんまり好きじゃないし」
妖たちの声が重なる。
「人間は我々を恐れている」
「恐れられるからこそ、我々は生き残れる」
「人間を許せば、妖は滅びる」
涼架は、その言葉を聞きながら 自分の中に残っている、昔の自分を感じていた。
人間を信じない。
人間に近づかない。
傷つけられる前に、傷つける。
それが一番簡単だった。
元気と出会う前の涼架は そうやって生きてきた。
だからこそ 妖たちの言葉が、完全に間違っているとは思えなかった。
人間は妖を恐れている。
妖も人間を恐れている。
恐怖は、相手を知ろうとする前に牙を剥かせる。
ならば どちらかが消えない限り、この争いは終わらない。
その考えが浮かんだ瞬間 涼架は、すぐに打ち消した。
そんなのは、元気が望んだことではない。
元気は、誰かを消して平和を作るような人ではなかった。
けれど 次の瞬間。
遠くから、悲鳴が聞こえた。
人間の村が襲われている。
妖たちが笑っている。
その光景を見たとき 涼架の中で、何かが切れた。
元気の言葉を守りたい。
誰もが好きに生きられる場所を残したい。
その願いが いつの間にか、別の形に変わっていた。
誰かが誰かを傷つける自由まで、許していいのか。
好きに生きるという言葉を、 他者を踏みにじるための言い訳にさせていいのか。
涼架には、もう分からなかった。
ただ このままでは、元気の残したものが壊れていく。
人間も。
妖も。
そして 元気が最後まで信じようとした、共に生きる可能性も。
「……もう、無理か」
涼架は呟いた。
⸻
それから 大森家もとい、人間と妖の対立は、少しずつ深くなった。
人間側は陰陽道の力を高める。
妖側も、人間への警戒を強める。
そして ある事件をきっかけに 両者の関係は決定的に崩れた。
「……もう、無理か」
涼架は一人、森の中に立っていた。
遠くで人間の村が襲われている。
その反対側では 妖たちが争っている。
誰も止められない。
誰も譲らない。
涼架は、何度も間に入ろうとした。
けれど 止めたはずの争いは、別の場所で繰り返された。
助けた人間は、次の日には妖を討つための術を覚えた。
逃がした妖は、また人間の村を襲った。
涼架が手を差し伸べるほど 争いは広がっていった。
自分がいることで、両者が余計に期待する。
自分がいることで、両者が余計に憎しみをぶつける。
涼架は、疲れ果てていた。
それでも 元気の言葉だけは、手放せなかった。
「……元気」
涼架は目を閉じた。
白くなった髪。
皺だらけの顔。
それでも変わらなかった赤い瞳。
――好きに生きろよ。
あのとき 元気は、涼架に何を託したのだろう。
自由に生きろということ。
自分の選択を恐れるなということ。
誰かのために、自分を殺すなということ。
涼架は、そう受け止めていた。
けれど 今の自分はどうだ。
元気の言葉を守るために 元気の代わりになろうとして 元気がいない世界を、元気の望んだ形に戻そうとしている。
それは本当に、自分の意思なのか。
それとも 元気を失った悲しみから逃げるために、理由を探しているだけなのか。
「……俺は」
涼架が空を見上げる。
「どうすればいいんだろうね」
返事はない。
当然だった。
元気はもういない。
もう、涼架の選択を肯定してくれる声も。
間違っていると叱ってくれる声もない。
だから 涼架は、自分で決めなければならなかった。
好きに生きろ。
その言葉は、好き勝手にしていいという意味ではない。
誰かに決められた役割から逃げてもいい。
けれど 自分で選んだことからは、逃げられない。
涼架は、ようやくそう理解した。
そして 自分が選ぶべきものを考えた。
人間を滅ぼすことではない。
妖を守ることでもない。
どちらか一方を正しいと決めることでもない。
このまま争い続ける世界を、一度止めること。
そのためには 自分が憎まれるしかない。
自分がすべての矛先を引き受けるしかない。
生憎、無害な心優しき妖たちは大森家の陰陽師たちによって全員殺されてしまった。
今の妖を生かしておく必要はない。
妖たちを消せば 人間は、少なくとも妖に怯えずに済む。
妖たちを消せば 人間が妖を討つ理由もなくなる。
そして 自分だけが残れば 自分がすべての罪を背負える。
それは、平和的解決ではない。
元気が望んだ答えでもない。
けれど 涼架には、それ以外の方法が見つからなかった。
「……ごめん、元気」
涼架は、誰もいない空へ向かって呟いた。
「俺、好きに生きるよ」
その声は震えていた。
「でも、そのために……俺は、俺が嫌いだった頃の俺に戻る」
「全部を遠ざけて」
「全部を壊して」
「俺だけが残る」
涼架は拳を握った。
「それでも、誰かが傷つき続けるよりはいい」
その言葉を口にした瞬間。
涼架は、自分がもう後戻りできないことを悟った。
⸻
夜。
妖たちが集まっていた。
そこへ 金色の光が落ちる。
「……なんだ?」
「金色……?」
「まさか」
一匹が顔を上げた。
「九尾……?」
涼架が現れる。
けれど その姿は 人の姿ではなかった。
長い金色の毛並みの 九つの尾。
頭には狐の耳が生えていた。
顔には妖艶な笑みを浮かべている。
涼架が放つ妖気だけで空気が震える。
「金色九尾……!」
涼架は何も言わなかった。
ただ 静かに、ゆっくりとまばたきをした。
その瞳の奥には。
怒りも 憎しみも ほとんどなかった。
あったのは 決めてしまった者だけが持つ、深い諦めだった。
そして 一瞬、 世界が揺れた。
⸻
元貴は目を逸らさなかった。
けれど その後の光景を、すべて理解することはできなかった。
あまりにも大きな力だった。
涼架が放った力が全ての妖のもとへと伸びていく。
妖たちが逃げる。
戦う。
抗う。
それでも 止められない。
「涼ちゃん……」
滉斗が呟く。
涼架は独り だった。
誰にも助けを求めず。
誰にも相談せず。
ただ 自分だけで終わらせようとしていた。
「これで……」
涼架が呟く。
「一度、全部終わらせる」
その言葉には 怒りよりも 疲労があった。
そして ほんの少しだけ。
自分を罰するような響きがあった。
「もう、誰も傷つかないように」
涼架は、妖たちを憎んでいたわけではない。
むしろ慈しんでいた。
妖たちにも、守りたいものがある。
恐怖がある。
生きたいという願いがある。
だからこそ 自分が彼らを消すことが、正しいとは思えなかった。
正しいとは思えないまま。
それでも 止めるために力を振るった。
「俺が悪者になればいい」
涼架は、誰にも聞こえない声で呟いた。
「俺が全部背負えばいい」
「元気が残したものを、これ以上壊させないために」
けれど 力を放つたび。
涼架の中に、別の声が響いていた。
――好きに生きろよ。
それは、こんなことをしろという命令ではない。
誰かを消せという許しでもない。
本当は 自分の心を偽るなという言葉だった。
それなのに 涼架は、その言葉を自分に都合よく使っていた。
「俺は、好きに生きる」
そう言い聞かせながら。
本当は 元気のいない世界で、どう生きればいいのか分からなかった。
だから 元気の言葉を盾にして 自分が選んだ罪から目を逸らそうとしていた。
妖たちが減っていく。
涼架の尾が、金色の光を散らす。
その姿は美しかった。
けれど 涼架の表情は、少しずつ壊れていった。
「……ごめん」
誰に向けた言葉なのか。
元気に向けたのか。
妖たちに向けたのか。
それとも これからも生き残る自分自身に向けたのか。
涼架にも分からなかった。
「ごめん……」
妖界は静かになった。
⸻
「……これが」
元貴は言葉を失った。
「妖一掃事件……」
涼架が頷く。
「うん」
「涼ちゃんが……全部やったの?」
「そう」
「どうして……」
涼架はすぐには答えなかった。
時計の表面に映る、自分の顔を見つめる。
そこには 元気と過ごした頃の自分も。
妖を一掃したときの自分も。
全部、同じ顔で残っていた。
「元気に約束したから」
元貴が振り返る。
「約束?」
涼架は時計を見る。
元気が残した時計。
「好きに生きろって」
「俺は、その言葉を守りたかった」
涼架は静かに笑った。
けれど その笑顔の奥には、長い間隠していた痛みがあった。
「最初は、自由に生きていいって意味だと思ってた」
「人間のそばにいてもいい、 妖の世界に戻ってもいい、 誰かの期待に応えなくてもいい」
「でも、元気がいなくなってから……その言葉が、ずっと重くなった」
元貴は黙って聞いていた。
「好きに生きるってことは、自分で選ぶってことだった。 何もしないことも選べる。 誰かを助けることも、見捨てることもできる」
「でも、自分で選んだなら、その結果からは逃げられない」
涼架の指が、時計の縁をなぞる。
「俺は、ずっと迷ってた」
「人間を守るのか、 妖を守るのか。 どっちも守れないなら、何もしないほうがいいのか。 でも、何もしないでいる間にも、誰かが傷ついていった」
涼架は目を伏せた。
「だから、自分で決めた。 俺が全部の矛先を引き受けるって」
「妖は消えない。一時的にいなくなってもらうだけ。また増える」
「俺だけが残って俺だけが憎まれればいい」
元貴の胸が苦しくなる。
「それって……涼ちゃんが、全部一人で悪者になったってこと?」
「うん」
「でも、それは元気さんが言った『好きに生きろ』とは違うんじゃない?」
涼架は、少しだけ目を見開いた。
その言葉は 涼架自身が、何度も自分に問いかけて それでも答えを出せなかったものだった。
「……そうかもしれない」
涼架は小さく笑った。
「俺も、ずっとそう思ってる」
「じゃあ、どうして……」
「分からなかったんだよ」
涼架の声が、初めて揺れた。
「元気がいない世界で、どう生きればいいのか」
「元気の言葉を守りたかった。 でも、本当は……元気がいなくなったことを認めたくなかっただけかもしれない」
涼架は時計を握りしめた。
「元気が残したものを守るって言えば、俺はまだ元気のそばにいられる気がした。 元気のために選んだって言えば、自分が何をしたのか考えなくて済んだ」
「だから、妖一掃を『好きに生きるための選択』だと思い込もうとした」
涼架は、苦しそうに息を吐いた。
「でも、本当は違った」
「俺は、元気のいない世界で、もう一度何かを失うのが怖かった」
「だから、失う前に全部消した」
元貴は何も言えなかった。
涼架が、妖を消した理由。
それは怒りでも 正義でも 元気との約束だけでもなかった。
大切なものを失い続けた末に これ以上失わないために 自分の手で、すべてを終わらせたのだ。
「……それでも」
涼架は続けた。
「俺は、あのとき自分で決めた」
「誰かに命令されたわけじゃない。 元気に頼まれたわけでもない」
「だから、あれは俺の罪だよ」
「元気の言葉のせいにはしない」
元貴は、涼架を見つめた。
「涼ちゃん」
「ん?」
「元気さんは、涼ちゃんにそんなふうに一人で背負ってほしかったのかな」
涼架は答えなかった。
長い沈黙のあと。
「……分からない」
と、呟いた。
「でも、たぶん違う」
「元気なら、きっと怒る」
「好きに生きろって言ったのに、なんでそんな顔をしてるんだって」
涼架は笑おうとした。
けれど うまく笑えなかった。
「だから、俺はまだ元気の言葉をちゃんと理解できてないんだと思う」
「好きに生きるって、誰かのために自分を壊すことじゃない。 誰かを守るために、全部を消すことでもない
「 たぶん……自分が選んだ道を、自分の意思で歩き続けることなんだろうね」
「その結果が、間違いだったとしても 誰かに許してもらうためじゃなくて、自分で向き合うこと」
元貴は、静かに頷いた。
すると 涼架が少しだけ視線を逸らす。
「……でも」
「全部は消えなかった」
「え?」
「生き残った妖がいた」
その言葉に 空気が変わった。
「隠れてたの?」
滉斗が聞く。
「うん」
涼架は頷く。
「光は届いていたはず。でもその妖は光を自分の力にした」
「涼ちゃんの力を吸収したってこと?」
「まぁそういうこと」
「それから、ずっと隠れていたんだよ」
「そして――」
涼架が一度、言葉を切る。
「今、俺を探している」
元貴の胸に 嫌な予感が走った。
「そろそろ戻ろう」
「涼ちゃん?」
「今は、ここまで」
「でも――」
「元貴」
涼架が振り返る。
「続きは、現代で話す」
その顔には いつもの柔らかな笑顔が戻っていた。
けれど 今度の笑顔は、以前より少しだけ弱かった。
「大丈夫。 もう逃げないから」
時計の針が動く。
――カチ。
三人の姿が光に包まれる。
⸻
次に目を開けたとき。
そこは 元貴たちが暮らす、現代の部屋だった。
窓の外は暗い。
夜になっていた。
「……戻ってきた」
滉斗が息を吐く。
元貴は時計を見る。
針は止まっていた。
「……すごかった」
「うん」
「涼ちゃんが、あんなことを……」
「昔の話だよ」
涼架は笑った。
けれど 元貴には分かっていた。
涼架は、あの記憶を ずっと独りで抱えていた。
そして 元気の言葉を ずっと自分に言い聞かせていた。
「……涼ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「話してくれて」
涼架は少しだけ目を細めた。
「……どういたしまして」
しばらく 誰も喋らなかった。
やがて涼架が立ち上がる。
「もう遅いし、寝よっか」
「そうだね」
「おやすみ」
「おやすみ、涼ちゃん」
「おやすみ」
三人はそれぞれの場所へ向かった。
けれど その夜。
元貴は、なかなか眠れなかった。
布団の中で あの時計を見つめる。
元気。
涼架。
妖一掃事件。
そして。
「……生き残り」
その言葉だけが 頭から離れなかった。
一方 別の場所では 滉斗も眠れずにいた。
窓の外を眺める。
「……なんなんだよ」
自分でも分からない。
胸の奥に 嫌な予感だけが残っていた。
そして 誰も知らない場所で。
一匹の妖が ゆっくりと目を開いた。
「……九尾様」
その声は ひどく嬉しそうだった。
「やっと……見つけた」
夜は 静かに更けていった。
コメント
2件
ひさしぶりなのに結構駄作です。 でもこの話がないと次に進めないので公開しました。内容が重複しているところが沢山あります。読むのも辛いと思いますが、読んでいただけると幸いです。
読み終えました……。涼架の過去、重かったです。「好きに生きろ」という言葉の裏にある、彼なりの必死さと諦めと、それでも選び取った罪の重さがひしひしと伝わってきました。特に「元気がいない世界で、どう生きればいいのか分からなかった」という言葉に胸が締め付けられました。元貴が「涼ちゃんにそんなふうに一人で背負ってほしかったのかな」と問いかけた場面、あれが全ての核心だと思います。生き残った妖の存在も気になります……次が待ち遠しいです。
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