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夜道に落ちる二人の影が、街灯の下でひとつに重なる。
肩を抱かれたまま見上げる先輩の瞳は、いつもよりずっと深くて、射抜かれたように動けなくなる。
「……先輩?」
震える声で呼びかけると、先輩の顔がゆっくりと、確実に近づいてきた。
伏せられた長い睫毛、真っ直ぐな鼻筋。
そして、触れそうなほど近くにある唇。
(どうしよう…これじゃあ、本当に……)
私は反射的に目を閉じた。
心臓が耳元で鳴っているみたいにうるさい。
覚悟を決めて、先輩のコートの裾をぎゅっと握りしめる。
けれど。
「……ごめん、ちょっと酔いすぎたかも」
ふっと気配が遠のき、頭の上で先輩の苦笑混じりの声が響いた。
目を開けると、そこにはいつもの「困ったような笑顔」を浮かべた先輩が
少しだけバツが悪そうに私を見つめていた。
「驚かせちゃったよね…君があまりに素直に反応するから、つい意地悪したくなって」
そう言って先輩は、私の頭をまた「ぽん」と優しく叩いた。
それは、昼間のオフィスで美佐子さんの前で見せたのと同じ、完璧な『優しい彼氏』の演技に見えた。
「…いえ、気にしないでください……高橋先輩」
「高橋先輩」と呼び返した私の声は、自分でも驚くほど冷たく響いてしまった気がする。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように痛い。
『つい、意地悪したくなって』。
その言葉が、私の期待を無惨に打ち砕く。
キスされそうになったことも、名前を呼ばれたことも
全部、先輩にとっては「偽装彼女」を楽しませるためのサービスに過ぎないのかもしれない。
「高橋先輩…私、1人で帰れるので…っ」
「…いや、送るよ。女の子をこんな時間に一人で歩かせられない」
再び歩き出した先輩の隣で、私は必死に涙を堪えた。
さっきまであんなに温かかった肩の熱が、今はひどく遠く感じる。
マンションの入り口に着き、「おやすみなさい」と短く挨拶をして背を向けた。
エレベーターに乗り込み、一人になった瞬間、私はその場にしゃがみ込んだ。
「……バカみたい。私だけ、本気にして」
#ワンナイトラブ