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――あれはそう、今から二、三百年ほど昔のことだったか。
まだこの辺りは今のように栄えてはおらず、田畑の広がる農村だった。
とはいえ、少し歩けばすぐ城下町。人通りは多く、儂らのような獣が暮らしていくにも程よく食い物にありつける絶好の場所だった。
儂は道行く人々に、時に食い物をねだり、時に化かしてからかったり、面白おかしく暮らしていた。
人間ってのは実に面白い生き物でな、こちらが可愛く甘えて見せれば喜んで食い物を分けてくれる。
そいつが男であれば、ちょっと美人の女に化けて誑かせば、ほいほい銭まで渡してくる。
暇つぶしに夜な夜な化け物に化けて驚かすのも楽しかったな。
そうそう、このあたりに伝わっとる、どこまでも追いかけてくる大岩の話は知っとるか?
――そう、その話だ。
その大岩の正体も、実はこの儂、部坂の化け狐だったというわけよ。
先程も少し話したが、儂は他の狐よりも妖力に長けておったがゆえに長命でな、実に多くの人間どもを化かしてきたものだ。
時にはそこらの狐や狸らも巻き込んで、大名の行列に化けてあたりを練り歩いたりもして――いつの間にか、人間の中にも儂らが化けているものとわかったうえで、それを楽しむやつらも現れ始めた。
儂らの為に食い物を用意してくれたり、一緒に通りを練り歩いたり、朝まで踊り明かしたり……
そんなことを何度もしているうちに、ある時思わぬことが起きた。
本物の大名らの行列を、儂らが化けたものと勘違いした男が粗相を働き、斬り殺されたのだ。
殺された男の家族は、その責任は儂ら狐狸にあると泣き叫んだ。
儂はどうしてやることもできなかった。どうしようもなかった。
それ以来、儂は人間らの前に出ることをやめた。関わるのをやめた。
あのようなことが起こってしまったのだ。
その責任は、確かに儂にあると思った。
……やがてしばらくして、ひとりの巫女がこの地を訪れた。
殺された男の家族が儂を封じるために、他方から呼び寄せた術者だった。
儂はその巫女に抗わなかった。
ただされるがまま、封じられることを選んだ。
巫女は本当にそれでよいのかと儂に問うた。
自分の術を使えば、封じたことにして他所へ逃がしてやることもできるのだと。
その申し出はありがたかったが、しかし儂はそれを望まなかった。
それが儂の犯した罪に対する罰だと思ったからだ。
巫女はこの場に祠を建て、そして儂をここに縛り付けて封じた。
その際、巫女はこういった。
「いずれ時が来れば、自分の子孫がこの封を解きに来るだろう」と。
儂はその時が来るのを、大人しくここで待つことにした。
――長い長い年月が流れた。
村は町となり、田畑は消えて沢山の家々が建ち並んだ。
山は消え、そこに背の高い石のような大きな建物がいくつも建てられた。
見知った顔は消え去り、他方から数えきれない人間たちが移り住むようになった。
儂はその変わりゆくさまを、ここでずっと見続けてきた。
この山の上から、ずっとな。
……だが、いつまで待っても巫女の子孫は現れなかった。
この地に移り住んできた他の巫女や術者――例えばほれ、お前の隣におる魔女もそうだ――からも「代わりに封を解こうか」という申し出を何度も受けたが、儂はそれらを断り続けた。
いつか来るであろう巫女の子孫を、儂は待ち続けることにしたのだ。
そしてやってきたのが――お前だった。