3話目もよろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
それからというもの、キヨは毎週末、当たり前のように病院へやって来た。
「部活も引退して暇だから」なんて言い訳をしながらも、顔はいつも嬉しそうだった。
学校での出来事を楽しそうに話すキヨの声を聞くのが、レトルトの密かな楽しみになっていた。
レトルトもまた、日々のことを穏やかに話し、二人の時間はゆっくりと過ぎていった。
天気がいい日は病院の庭を並んで歩いたり、人気のない病室でこっそりキスを交わしたり。
穏やかで、だけど少しだけ刺激的な週末。
その日が来るのを、お互い指折り数えて待つようになっていた。
キヨと出会ってから、レトルトの体調は目に見えて良くなっていった。
前のように発作が起きることもほとんどなくなり、血の気の薄かった頬にも少しずつ色が戻ってきた。
白く痩せ細っていた体も、キヨが毎回
「差し入れだよ」と笑いながら持ってくる食べ物と、
二人で歩く病院の庭の散歩のおかげで、少しずつ健康的な姿を取り戻していた。
週末になるたびに病室が明るくなる。
キヨが来ると、空気までも優しくなるようで——
その変化が何よりもレトルトを元気にしていった。
いつものように、レトルトの膝に頭を乗せながら、キヨが独り言の様にぽつりとつぶやいた。
『はぁ。レトさんと……外に行ってみたいなぁ』
その声はまるで子どものように甘えていて、
レトルトは思わず笑ってしまう。
病室の中だけでは物足りないと、そんな風に言ってくれるキヨが愛おしかった。
キヨが帰ったあと、レトルトはすぐに主治医のもとを訪ねた。
胸の奥で、さっきのキヨの言葉がまだ温かく響いている。
「先生、体調もいいですし……外泊の許可をいただけませんか?」
レトルトの真剣な眼差しに、主治医は少し驚いたように目を細めた。
「そうだね。最近の君は本当に調子がいい。顔色もいいし、発作も落ち着いている。心配なさそうだ」
穏やかな声でそう言いながら、主治医は外泊許可の書類にハンコを押した。
その音が、レトルトにとっては祝福の鐘のように聞こえた。
心の中で、キヨにすぐ伝えたいという気持ちが弾けた。
外泊許可の書類を胸に抱え、レトルトは足取りも軽く病室へ戻った。
いつもは静まり返った廊下も、今日はどこか輝いて見える。
ベッドに腰を下ろしながら、思わず頬がゆるむ。
「キヨくん、びっくりするやろなぁ……」
携帯を手に取りかけて、ふと動きを止めた。
どうせなら直接、顔を見て驚かせたい。
そう思うと、にやけた笑いがこぼれる。
「ふふ、キヨくんにサプライズやな」
ルンルン気分で書類を大事そうに棚の引き出しにしまい、
レトルトは胸の奥がくすぐったいような幸福感に包まれた。
待ちに待った週末。
いつものようにドアを勢いよく開けて、
『レトさーん!』と笑顔で飛び込んできたキヨ。
その笑顔を見るだけで、レトルトの胸の奥がふわりとあたたかくなる。
──でも今日は…サプライズもあるし、ちょっと意地悪もしてみたかった。
「ねぇ、キヨくん。ちょっと相談があるんだけど、聞いてくれる?」
レトルトはわざとらしく照れたように視線をおとして言った。
「今度ね、デートに行くんだ。どんな服で行ったらいいと思う?」
その瞬間、キヨの笑顔がピタリと止まった。
空気が一瞬で変わる。
曇りガラスのようにその表情が翳り、
次の瞬間には、瞳の奥で怒りにも似た熱が燃えていた。
『……誰と行くの?』
掠れるような低い声。
冗談のつもりが、レトルトは思わず息をのんだ。
キヨが自分にこんな目を向けるなんて──。
一瞬のことだった。
レトルトが笑ってごまかそうとした瞬間、キヨの腕が伸び、柔らかな身体がベッドの上に押し倒されていた。
『ねぇ……誰と行くの?』
低く掠れた声。
怒りとも、焦りともつかない熱が混じっている。
レトルトは驚きで息を呑む。
仕掛けたのは自分の方だというのに、その真剣な眼差しに思わず身体が震えた。
見下ろすキヨの瞳は、まるで燃えたぎるルビーのようだった。
嫉妬と愛情がないまぜになった深紅の光。
恐ろしいほどに美しく、逃げることもできない。
その瞳に捕らえられたまま、レトルトの唇がかすかに震えた。
「ご…ごめん…そんな顔、しないでよ。冗談やって……」
でも、キヨの指先はもう、レトルトの頬に触れていた。
その強烈な熱量にレトルトの心は煩く高鳴っていた。
「ちょ、ちょっと待ってキヨくん……っ!」
レトルトは必死に体を捩ったけど、キヨの手はびくともしない。
細い手首を片手でまとめられ、ベッドに押さえつけられていた。
『ねぇ、レトさんは俺のだよね? なのに……デートってなに?』
耳元で、唸るような低い声。
その響きが肌を這って、背筋がぞくりと震える。
『許さない』
レトルトの細く白い首筋に噛み付くキヨ。
痛みと一緒に、痺れるような甘さが混ざる。
「キ、キヨくんっ……ま、待って……!」
涙目になりながら、レトルトは必死に言葉を探した。
「ごめん、キヨくん。冗談だってば…」
『……は?』
キヨがぴたりと動きを止める。
「ちょっとからかってみたくなっちゃって」
レトルトは、首筋に残る歯形を指でそっとなぞりながら、少し恨めしそうにキヨを見上げた。
「もぉ……ほんまに噛むことないやろ……」
まだ火照りの残る肌を押さえながら、ふらりと立ち上がる。
キヨが不思議そうにその背中を見つめている間に、
レトルトはベッドの横の棚を開けて、奥から一枚の紙を取り出した。
『……なに、それ?』
警戒半分、興味半分で近づくキヨ。
レトルトは紙を差し出しながら、視線を逸らす。
頬がほんのり赤くなって、耳まで染まっている。
「……外泊届け」
『え?』
キヨが一瞬きょとんとした顔をする。
「キヨくんと出かけたくて…先生に貰ってきた」
レトルトはソワソワしながら唇を噛み、ちらりとキヨの顔を見る。
「――キヨくん、俺とデート……してくれへん?」
一瞬、時が止まったようだった。
キヨの表情が固まり、目を瞬かせる。
そして、理解が追いついた瞬間——
『……え、えっ!? まじで!?!?』
勢いよく立ち上がり、顔をぱぁっと輝かせた。
『やったぁぁぁぁぁ!』
ベッドに膝をついて、レトルトの手を両手で掴む。
『レトさんとデートだぁぁぁあ!!!』
キヨの声が病室中に響き渡る。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!」
レトルトは恥ずかしそうに笑いながら、
そんな子どもみたいに喜ぶキヨを見て、
胸の奥が温かくなった。
キヨはそのまま、嬉しさを抑えきれないようにレトルトを抱きしめた。
『もう二度と、他の奴の名前で“デート”とか言わないでよ』
「ふふ、わかってるよ、キヨくん」
レトルトはくすぐったそうに笑いながら、
キヨの腕の中で小さく「楽しみにしてる」と幸せそうに笑った。
『レトさん、首噛んでごめんね』
怒られた子犬のようにシュンとしてるキヨの頭を撫でながらレトルトはその可愛らしい姿に胸がキュンとなった。
『でも……俺がこんなになるの、レトさんのせいだからね』
——その声は、まだ少し熱を帯びていた。
続く
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